いつでもストライクゾーン

 あれから辻くんと私の練習が始まった。練習内容を挙げるとまずは「みょうじさ……なまえさ、ん」私の名前を下の名前で呼んでもらうこと。

「辻くん! 迎えに来てくれたの? ありがとう!」
「い、いえ……、今日は、ど、どこで……食べます……か?」
「今日は天気も良いし、中庭とかどう?」
「は、い……だ、いじょうぶです…」
「うん! じゃあベンチ行こう!」

 そして、お昼ご飯を一緒に食べること。本当は敬語をやめることも練習の1つとしていたけれど、こればっかりはクセ付いてしまっているらしい。まぁ敬語を使う辻くんも可愛いから、これは良しとしよう。

「今日はね、デザートにシュークリーム持って来たんだ」
「! ありがとうございます!」
「いえいえ。はい、どうぞ」

 辻くんの好物であるシュークリームを食後のデザートとして差し出すと、途端に表情を明るくさせる辻くん。あぁ、今日も辻くんが可愛い。

「美味しい?」
「美味しいです、とっても」
「そう。良かった。……あ。口、付いてる」
「え?」

 口の端に付いたクリームを指摘すると反対側をゴシゴシとこする辻くん。お決まりだなぁと笑い、指の腹で口の端に触れるとピキーンと固まってしまった。そして直ぐにぼぼぼと発火音がしそうな勢いでゆで上がっていく辻くんの顔面。うわぁ、初心だなぁ。

「辻くーん」
「ありがとうございましゅ……っ、」
「やだもー! 可愛い〜!!」

 小さな声で「噛んだ……っ」と悔しがる辻くんが可笑しくて、ケラケラと声を上げて笑い続けると「なまえさん、ちょっと笑い過ぎかと……」なんて今度はむくれてくるから、その姿にまた笑って。やっぱり辻くんはイジり甲斐がある。

「辻くんはこうやって女子と2人きりでご飯食べるの、初めて?」
「初めてです」
「そっかぁ。ねぇ、こういう初めてが私とで良かった?」
「……はい、なまえさんで良かった……です」
「……そ、そっか。そかそか!」

 訊いたのは私なんだけども、そんな顔して言うなんて結構ズルイと思う。心臓ギュンってなっちゃった。あぁ、やばい。今の結構胸に来たかも。ときめきレベルが思ったよりヤバイ。死ぬ。

「私もね、辻くんがちょっとずつだけど、私と話す時、ちゃんと話してくれるようになってるの、嬉しいよ」
「俺も、なまえさんとちゃんと会話出来るの、嬉しいです」
「あー……駄目だぁ」
「えっ」
「あ、ううん。何でもない。独り言だよ、ごめんね」
「はぁ」

 辻くんって不慣れだからこそ、時々こういうとんでもない爆弾発言してみせるんだよなぁ。それで私の心臓簡単に爆破してみせる。凄いなぁ、全部ストライクなんだもん。尊敬しちゃう。

「いつか全員とこうやって話せるといいなぁ」

 シュークリームをペロリと平らげ、手のひらをハンカチで拭きながら辻くんがポツリと言う。

―全員と話したい

……確かに、辻くんの願いはそこだ。だからこそ私が練習相手として名乗りを上げたのだから。
 だけどもし、辻くんの女性が苦手という弱点を克服したら……? 辻くんは色んな女の子と仲良くなって、そこから自分の好みの女の子を知って、その子との仲を深めて……え、待って。それって私のお役目御免ってこと……?

「なまえさん……? どうかしましたか?」
「えっ、あ、ううん。なんでもないよ、大丈夫」

 不安そうに顔色を窺ってくる辻くんに作り笑いを返し、教室まで送って貰って別れを告げて深い溜息を1つ。

 私、今のポジションおいしいとか思ってたけど、実は結構どつぼにはまってる……?
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