全部私からでいいよ

 辻くんと歩く帰り道はとても穏やかだった。門の発生が起こることもなく、ただ人気の少ない夜道を2人で帰るだけのイベント。
 本音を言うと、門が発生してネイバーと戦う辻くんを見てみたかったけど、それは諦めよう。実際現れたら私、辻くんの足手まといになっちゃうだろうし。……辻くんに守られてみたかったのも本音なんだけれども。

「てか辻くん、どうしてスーツなの?」
「これは……、あの……、トリオン体っていう……、」
「あ! そういえば犬飼が言ってた! 制服なんだよね、各隊それぞれが決めてるっていう」
「そ、うです……」
「辻くんたちの隊はスーツってことね。選んだのは隊長さん?」
「は、はい……」
「良いセンスしてるよね! 辻くんにスーツ、最高」
「……あ、あの、みょうじさん、前見ないと」
「ん?……おわっ!?」

 私たちの位置関係はボーダーを出た時と変わらずに私が前で、辻くんが後ろ。そして私がひたすらに辻くんに話しかける。そうなると必然的に私は後ろ歩きをする形になっていた。
 人間は後ろ歩きをすることに不慣れだ。前を見ずに前進するのはなんともリスクが伴う。例えば今の私みたいに、地面に転がった空き缶に足を取られるという凡ミスを犯してしまう。

「……言わんこっちゃない」
「ご、ごめん……ありがとう」

 思いきりバランスを崩した私を辻くんの手がガッシリと支えてくれたおかげで私は辻くんの前で醜態を晒さずに済んだ。てか辻くん、今の言葉独り言だったんだろうけど、滅茶苦茶キュンとしちゃった。いつもオドオドしてるのに、本当の辻くんってこんだけハッキリ喋れるんだ…。やっばい、超格好良い。

「あっ……あ、あああああのっスミマヘッ」
「ぷっ、あはは!」
「っ、」

 うーん、やっぱ可愛い。どっちだろ?あぁ、もういいや両方だ。辻くんは格好可愛い。いいなぁ両方持ってるなんて。羨ましい。

「もう大丈夫だよ、ありがとう」
「っ! すみませっ」

 間近で見つめ合っている状況を理解した途端に、いつも通り動揺しだす辻くんをひとしきり笑って、満足したところで辻くんに支えて貰っている腕を解く。そこでようやく自分が私の腕をずっと掴んでいることを自覚し、またしても赤面してみせる辻くん。

「辻くんはさー、女子が苦手じゃん?」
「えと……そうです、ね……はい」
「でも仲良くなりたくない訳じゃないんだよね?」
「出来ることなら、克服したいと、思ってます…」
「だったらさ」

 1度は離れた距離を再び詰め、その顔を見上げる。そうすれば辻くんもチラ見の要領でだけど、きちんと目線を合わせようとしてくれるから、辻くんも私を拒否するつもりはないんだろう。というか、嫌ってたら送ろうとなんてしてくれないだろうし。

「私と練習、しようよ」
「れんしゅう……?」
「そう。沢山スキンシップとって、女子が苦手っていうの、克服しよう」
「す、すきんしっぷ……」
「うん。そういうことに慣れれば、ボーダー活動においても色々と得なんじゃない?」
「それは……、そうですけど……、みょうじさんは……」
「辻くんが良ければ喜んで練習相手になるよ」
「う……あ……、う……」

 至近距離で見つめること数分。う、とかあ、とか短い言葉を発していた辻くんの心がようやく決まったようで、「よろしくお願い……します……」と頭を下げてきた。

「んふふ。こちらこそ。じゃあまずは、はい」
「?」

 辻くんの返事に気を良くした私が満面の笑みで差し出すのは自分の左手。その手をきょとんとした顔で見つめている辻くんが可笑しくて、その左手を使って辻くんの右手を捕まえる。

「まずは触れ合うことに慣れましょう〜!」
「ああああのっ、みょうじさんっ、あっ」
「練習。ね?」
「ハィッッ」

 辻くんの右手がぐっしょりと濡れている。だけど、決して離されることはない私の左手は確実に辻くんの体温を感じている。それが嬉しくて、辻くんとの距離を1歩近づけると右手が硬直するのが分かって、またそれに苦笑してしまう。

「ゆっくりいこうね」
「……すみません」
「いいのいいの。私は辻くんとこうしてるのが楽しいから」

 こういう形で辻くんの側に居ようとする私、まじで男子みたい。でもそれでもいいや。だって辻くんが可愛いから。
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