飽きないからこそ好きなの

 ボーダー隊員じゃない人間が、ボーダーに足を踏み入れることは滅多にない。だからこそ一般人である私には、この広大な敷地の中に足を踏み入れているこの状況がとても新鮮な出来事に思える。

 犬飼に渡しそびれた書類を届けて欲しいと担任によって白羽の矢を立てられ、犬飼に連絡を取るとボーダーに来て欲しいという返事だった。いくら帰り道だからといっても、途中の駅で降りて歩くのは面倒だなぁと思ったけど、テレビでしか見たことがない敷地に行けるというのが心を擽った。あと、辻くんに会えるかもという期待もあった。というか、そっちの方が大きかったかも。

 とにかく、言われた通りボーダーに足を向け、指定された玄関ロビーのソファに腰掛けて犬飼を待つこと数分。私の期待は早々に応えられることになった。

「あの、」
「辻くん! 本当に会えた!」
「い、犬飼先輩に……、た、頼まれて……、」
「……まさかパシられたの?」
「違うくて……っ、そのっ、」

 一生懸命話してくれる辻くんの話を翻訳すると、こちらに向かおうとしていた犬飼は自隊の隊長に呼ばれて次のランク戦?の打ち合わせに入ったこと、そして私と面識がある辻くんに代わりにプリントを貰って来てと頼んだということらしい。

「そうなんだぁ、じゃあ仕方無いか」
「す、スミマセン……」
「えー、謝らないでよ。私は辻くんに会えて嬉しいんだもん」
「っ、あっハイっ」

 にっこりと笑ってみせると途端に顔を真っ赤にする辻くん。あー、ごめん。その顔が可愛くてわざと顔近づけてみたんだ。だって赤面してる辻くん超可愛い。堪らない。

「辻くーん?」
「ひぅ、」
 
 辻くんが可笑しくて、より一層顔を近づけると悲鳴に近い声をあげながら顔を逸らされてしまう。その初心な反応が私のイジりたがり心を刺激するってこと、気付いてないのかな。まぁ気付いてないから今の辻くんのポジションが出来上がってるんだろうけど。

「ごめん、ちょっとイジり過ぎちゃった。じゃあ私はこれで帰るね。犬飼にもよろしく言っといて」
「あ、あのっ!」

 これ以上やると泣いちゃうかもしれないと自重して、辻くんと距離を取って手を振ると辻くんが意を決したように声を張り上げてみせる。その姿はさながら今から告白をする女子のようだ。え、てことは私、今から告白されるの……? うっそ、やだ嬉しい喜んで。

「良かったら一緒に帰りませんか!」
「はいよろこんで! て、え……? か、帰……?」

 まぁ無いよなと思っていた告白はやっぱり無かったけど、それでも予想外の言葉が辻くんから飛び出したことに、今度は私が反応に困る番。一緒に帰るって……どうして?

「ここ、一応警戒区域なんで……みょうじさん暗闇1人は危ない……し、その……、」
「もしかして心配してくれてる……? 辻くんが……?」

 真顔で尋ねるように顔色を窺うと、真っ赤に染まった頬は変わらないけれど、確かにしっかりと頷く辻くん。……どうしよう。滅茶苦茶嬉しい。

「よろしくお願いします」
「あ、はい……」

 ペコリと頭を下げると小さく返事をしたのが聞こえた。その声を聞いて顔を上げると辻くんの表情には少しだけ困惑が混ざっているように見えて、思わず苦笑してしまう。誘ったはいいけど、どうしようって感じなんだろう。可愛いなぁ、もう。

「じゃあ行こうか」
「はい」

 一緒に帰ろうと言ったのは辻くんなのに、結局私が先を歩いている。そして辻くんはその半歩後ろを迷子の子犬のようにしてついてきている。……辻くんの可愛さ、全っ然飽きないや。
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