そういうとこ

「なんで先に帰んだ?」
「……別に木兎と帰る約束してた訳じゃ……。それに京治にもライン入れてるし」
「計画ダダ崩れじゃんか!」
「え」

 練習着にジャージを羽織っただけの木兎が追いつくなり私を叱咤する。かたや私はどうして木兎に先に帰ることを怒られないといけないのかという気持ちだ。

 木兎のせいで私はモヤモヤしてたっていうのに。それを馬鹿らしいと思わせてくれたのも木兎だけれども。というか計画って?

「計画ってなんの計画?」
「あ」

 大きな手のひらを口に当てて愕然としている木兎。まるで意味不明。どうやら自爆したらしい。

「やっちまった……折角赤葦に協力して貰ったのに……! みょうじのせいだかんな!」
「は? 私のせい?」
「一緒に帰ろうと思ってたのに! 放課後デートしようと思ってたのに! みょうじが先に帰るのがいけねぇんだぞ!」
「一緒に帰、えてかデート?」

 あ、の続きのネタバラシに混乱が続く。嘘でしょ木兎。それ叶うとか思ってたの? 無理でしょ木兎。私、木兎のこと嫌ってるんだよ?

「だって1歩前進だろ? だったら次はデートじゃん」
「……?」

 本気で意味が分からない。木兎にとって私の中の木兎はどの位置に居たんだろう? どういう幅で前進したらデートのコマに辿り着くんだろう。不思議木兎ザ・ワールド。

「計画バラしちまったけどさ、一緒に帰ろう!」
「やだ」
「なんで!」
「嫌いだから」
「え、前進したのに?」
「前進しても嫌いゾーンは出てない」

 歩き出した私の横を当たり前に着いてくる木兎。一緒に帰らないって言ってるのに。なんで着いてくんの。

「じゃあ好きになって!」
「暴論」
「好きゾーンになるまで俺前進するから! な?」
「無理」
「無理かどうかは俺が決める!」
「はぁ?」

 眉をひそめる私に木兎は嬉しそうに笑ってみせる。なんでそんなに嬉しそうな顔が出来るのよ。どうしてここではしょぼくれないの。がんこちゃんですか?

「だってみょうじ、今俺と一緒に帰ってくれてんじゃん!」
「あ」
「ほら! イチ前進!」
「うーーーーん」

 頭を抱える私と、満足そうな木兎。とてもアンバランス。

「この調子で手でも繋「木兎」……じゃ、じゃあメシ! メシ行こう! みょうじはどっちが良い?」

 手を繋ぐかご飯を食べるか。まさかその2つが選択肢として並ぶ場面があるとは。驚きだ。そして人間はクローズドクエスチョンをされると選ばないといけない気がしてしまう。

「じゃあ……ご飯……」
「よっしゃ! 何食べる? 焼肉? 焼肉っちゃう?」
「焼肉は匂い付くからヤダ」
「そっか! みょうじ制服だもんな! じゃあどこ行く?」
「ファミレスで十分でしょ」
「おう! 俺はみょうじとならどこでも良いぞ!」
「はーーーーそういうとこ!」
「?」

 コテンと首を横に傾けて不思議そうにする木兎を見ていると、こっちの毒気まで抜かれてしまう。

「なぁそういうとこってどういうとこ?」
「教えない」
「えー知りたい! 俺今みょうじの中でどういう存在?」
「訊いてくる順番おかし過ぎる」

……ほんと、そういうとこなんだよ。

 歩いてるだけで楽しそうにしてる男子、小学生くらいでしか見たことなかった。高校生になって現れるとは。ほんとに、初対面がアレじゃなかったらなぁ……。

「ヤリ目相手によくここまで出来んね」
「ヤリも……? なんだそれ?」

 木兎の歩みが止まる。声が低くなる。しょぼくれモード……って訳じゃないか。

「だって言ってたじゃん。初対面で“ヤりたい”って」
「だっ、そ、それはっ!」
「ヤりたくてこうやって私に接してるんでしょ? 違うの?」
「違わねぇ……けど……」

 口をもごもごとさせている。ほら、やっぱそうじゃん。最低。そういう所が嫌いだ。雀田さん達には悪いけど、木兎のことはやっぱり嫌いだ。

「別に他の子でも良いじゃん。もしかしたらヤらせてくれるかもよ?」
「なんで……」
「なに?」

 ヤリ目であることを肯定されて、苛立つ私は未だに口をもごつかせている木兎に強く出る。こんだけの年月かけて否定されてんだから、いい加減諦めてよ。

「なんで好きじゃねぇヤツとヤんなきゃいけねぇの!? 俺は! 好きな人と! みょうじと! ヤりてぇの! 俺がす「わー! 木兎ストップ!」

 苛立つ私の遥か上を行く苛立ちで声を荒げだした木兎に慌てて制止をかける。コイツ公道でなんてことを……! 人通りが少ないから良かったものの! どうして私が赤面しないといけないの。やめてほんと勘弁して。

「……んだよ。俺がみょうじを好きで居るの、そんなに駄目なのか?」

 あ。ヤバイ。しょぼくれモードの予感がする。

「だ、駄目とかじゃないけど……」
「でもそういうことだろ? だからみょうじは俺を拒否んだろ?」
「……い、1歩ずつ前進するんじゃなかったの?」
「そうだけどぉ〜……」
「じゃ、じゃあご飯行こう! ね?」
「……うん」

 どうにか木兎を宥めてファミレスを探す。良かった。しょぼくれモード回避できた。……て、なんで私が安堵してんだろ。まじ意味不明。

「あ、知ってる? ここのメニュー表にある間違い探し、結構難しいらしいよ」
「まじか! じゃあどっちが多く見つけられるか勝負だな!」
「私結構得意だよ」

 入ったお店でご飯が来るまでの間に間違い探し勝負をして、いつの間にか勝負を忘れて一緒に間違い探しをして。ケタケタ笑ってお腹いっぱいになって。お店を出た時にある1つの事実に気が付く。

……コレ、木兎の計画通りじゃない?

「うまかったな!」

 しかも本人そのことに気が付いてなくない?

「ほんとにね」

……そういうとこだ。木兎光太郎。
prev top next



- ナノ -