オノマトペを焼ききる太陽

 試合は梟谷の圧勝。木兎の調子がキレキレだったからだ。終始ノリノリだった。1度しょぼくれモードを発動するとインターバルとかあったりするのかな? とか、そういう下らないことを考えている時だった。

「みょうじー!!」
「げっ」

 試合が終わって雀田さんにお礼を言って立ち去ろうとしているとギャラリーの声援に応え終わった木兎が大声で私を呼ぶ。お願いだから大声で変なこと言わないでよ? ただでさえギャラリーからの視線が痛いんだから。

「あ、ちょっ! 無視駄目! ゼッタイ!」
「……お疲れ」

 このまま黙っていても事態は悪化しかねない。無視した場合の未来予測をして、嫌々ながらも木兎の声に返事を返す。投げた言葉に返事が来たことに、満足そうに笑ったかと思いきや木兎は次の言葉を繰り出してくる。

「俺、どうだった!? 俺見てカッケー! ってなった?」
「あー……あぁ」

 今まで私が見せてきた態度を学んでないな、木兎は。というか気にしてない。そのことを学ぶべきなのは私の方なのだろうか。嫌いだと態度で表しても、木兎には関係のないことのようだ。
 そうじゃないと私が木兎を見て“格好良い”という感想を抱くかなんて疑問は浮かんでこないだろう。……でも相手は木兎だ。今もあー……と言葉を濁すだけの私に白か黒かの返事を待っている。

「お願いみょうじさん。嘘で良いから言ってあげてくんない?」
「……カッケーカッタデス」

 雀田さんから頼まれてしまえば仕方ない。木兎にとって待ち望んでいるであろう言葉をたどたどしく口にすれば、木兎は途端に輝きだす。

「俺のこと! 好きになった!?」
「いやそれはない」
「まじかぁー! でも1歩前進だろ? な?」
「……うん」

 今度は雀田さんの頼みは受けてない。自分の意志で答えた。……でも、それは木兎以外の部員の為を思って言っただけだ。決して、そういう意味は含んでいない。断じて。

「おっしゃぁ!! もう1試合だぁ!」
「無理だから。木兎それは無理だから」

 ガッツポーズを浮かべている木兎を同じフロアに居る部員達が回収に来る。ようやく解放されたと安堵する私に、木兎はなおも笑顔を浮かべて手を振ってくる。……木兎は朝日より眩しくて見てられない。

「ごめんね? みょうじさん。アイツ、うるさいでしょー?」
「アハハハ……うん。すっごく」

 隣に居た雀田さんに声をかけられ、愛想笑いからの真顔をキメてみせると雀田さんがケタケタ笑う。同じ人物を相手する身として、親近感を抱いて貰っているようで嬉しい。雀田さん、良い子。

「でもさ、私たちはああいうヤツでも、木兎が好きだからさ」

 笑顔の余韻を残した表情で木兎を見つめている雀田さん。もしかしてライバル視されてる……? まじで?

「あの、私にそういう感情は「応援したくなるんだよねー。アイツのこと」……へ?」

 不穏な雰囲気の予感を勝手に察知して慌てて言葉を紡ごうとした私に雀田さんは予想外の言葉を放つ。応援したくなる? アイツのこと? それは……つまり……。

「第一声がアレだったのは私からも謝る。本当にゴメン。でも、アイツ一途だから。木兎のこと、お願いします!」
「え、あ、ああぁあの」
「じゃあ私はコレで! また試合観に来てね、みょうじさん!」

 予想外の展開に私は予想通りのテンパりを起こす。なんて、なんて返せば……。言葉を探している私に雀田さんはハツラツとした顔に戻って、部員のもとへと去って行く。あ、待って。このエリアに1人にしないで……! ギャラリーの視線が痛い!



 雀田さんの後を追う様にして1階に戻り、そのままひっそりと姿を消そうと企んでいた。もしキラキラ女子ズに遭遇でもしようものならば、私の人生はそこで石と化し固まる。そうならない為にも私は空気に紛れて姿を消さねば。

「なまえさん」
「ヒィッ!」

 泥棒の気持ちを味わっていると後ろから低い声がして肩を震わせる。ギギギと油切れの機械のように首を回すと待っているのは声の主、京治だ。

「もう帰るんですか?」
「だって試合終わったし……」
「一緒に帰りませんか?」
「い、良いけど……」
「クールダウンと片付けがあるので少しだけ待って貰っても良いですか?」
「うん、分かった」

 京治の誘いを断るのも嫌だったので、その誘いを受け私の思考はどこに隠れるか、という問題へと考えを巡らせていた。

「ねーみょうじさん来ないとか言ってなかった?」
「まじそれ」
「結局来てるし。しかも関係者エリアね。まじ意味分かんねぇ」
「てか光太郎から“好き”とか言われてなかった?」
「どうせヤリ目でしょ」

 今度は心臓がドクンという番。首に心臓に。みなさん私の体にダメージ与えるの好きですですね? ええ。なんて、脳内で1人漫才を始めてみても落ち着くなんて到底無理だ。冷や汗が垂れる。しかもヤリ目大正解。山田くん座布団彼女にあげて! ……黙ろう。

「やっぱ……帰ろっかな」

 キラキラ女子の隠れたドロドロ部分は私には刺激が強すぎる。ずっと聞いてるなんて無理だ。キラキラ女子の集団に見つからないようにそっとその場を離れて帰り道を歩きだす。

 ……あー、朝は気持ち良いとか思ったのに。昇りきって夕陽になった太陽を見てふうっと息を吐いてみる。別にどうにもならない。キラキラ女子にぶつけられたドロドロを抱えている私のモヤモヤは無くならない。消えない。減らない。

「なんで今日来ちゃったんだろ……」

 キラキラ女子ズ、お洒落してたなぁ。かたや私は制服ですよ。ご覧の通り。それだけで私が戦闘意欲なんて持ち合わせていないことを悟ってくれないものか。……無理か。

「帰ろ」

 止まっていた足を再び前へと動かす。あぁ、夕陽が悲しい。

「みょうじー!!!!」

 ……木兎光太郎という男は、人に感傷に浸る暇すら与えてくれないらしい。もう私の手に負えなくて、道端で叫び声を上げる男に私は笑い声を遂に上げてしまった。
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