君と私の歩幅は違う

お 5:44
おはよう!みょうじ!! 5:45

 月曜日。マイルーム、オンマイベッド。6:30分。スマホのアラームを止めて画面を見つめると文面すらうるさい男からのラインが届いていた。

「1回ミスってんじゃん」

 文面だとキンキン声もしないし他人の目も気にしなくて良いからまだマシか。起きて伸びをしながら土曜日の帰り際に当たり前のようにラインを交換してしまったことを思い出す。

「ふるふる? QR?」

 そう訊かれて「じゃ、じゃあQR……」と答えた。あれもクローズドクエスチョンだった。意外と木兎ってやり手なのかもしれない。だけどQRコードの出し方が分からないとまごついていた感じが、そういうことに不慣れなんだと思わせられて、笑ってしまった。

 嫌いだと言っておきながらラインを交換してしまった行為を木兎が“期待していいこと”として捉えたらどうしようと不安になったけど、お互いの名前がラインに入ったのを見て喜んでいる姿を見てまぁ良いかと思った。


6:35 おはよう


 私のラインの時刻の隣に既読の文字は付かない。朝練中なんだろう。木兎は授業中いつも眠りの世界に行っている。何度かそのヤバイ顔を見て笑ったり、引いたりしたことがある。……こんだけ早い時間に起きてたらそりゃ眠くもなるか。

「今度からノート見せてやるか」

 そう呟いて制服をクローゼットから取りだす。ゆっくりもしてられない。学校、私も行かなきゃ。



おはよう!今どこ! 8:15

 次にラインが届けられたのはバスに乗っている時だった。朝練が終わったのだろう。てか、おはようって何回言うの。これ、私もまたおはようって返した方が良いのかな? 少しだけ迷って指をスライドさせる。


8:17 お疲れ。バス降りたとこ


8:20 じゃあ下駄箱で待ってる!


8:21 なんで


8:24 一緒に行こう!


8:25 いや


8:30 えーなんで!

 攻防すること数分。私は学校に到着してしまった。てか木兎文字打つの遅すぎ! ライン届く度に足を止めてたのに結果として私の足はいつも通りのペースでここまで来れた気がする。結局まともなやりとりなんて出来ないまま、下駄箱に辿り着いてしまった。木兎居るのかな……。居たらどうしよう。

「おはよう!!」
「わぁ!?」

 両肩にズドンと衝撃が与えられ、変な声をあげてしまった。その衝撃を発した木兎は私の両肩を押さえて楽しそうに笑っている。うわぁ……朝から元気……。目がチカチカする。

「ラインって結構メンドイよな! 特に文字を何回もトントンすんの、あれメンドイ!」
「フリックしないの?」
「ふりっく……?」
「まじ?……てか時間! やばい! 急ぐよ!」
「おう!」

 どうしてだろう。木兎のこと、ずっと避けてきたのに、こうやって話してみるとなんの違和感もなく会話が出来るのは。これが木兎の持つ周りを巻き込む力なのかな。……いやいや。違う違う。



「うわ! すげー! これすげー!」

 フリック入力について教えてあげてから木兎はずっとキラキラした目でスマホをいじっている。ここまでフリック入力に感動するなんて。携帯会社の企業努力が報われて良かったとしか言いようがない。

「光太郎何してんのー?」
「試合超格好良かったよー!」

 教室に入るなりキラキラ女子が木兎を捕獲する。おっと。忘れてた。キラキラ女子のドロドロを見てしまった私にはキラキラ女子がキラキラとしているように思えない。その証拠に私に向けられる目がギラギラと輝いているように見える。……やめて食べないで。ワタシオイシクナイ。

 目を逸らしてスッと木兎の横から立ち去って自分の机に着席する。途端にバクバクけたたましく鼓動しだす心臓をぎゅっと抑えて呼吸を整える。

 あっぶなー。忘れてた。木兎はトップの位置に居る人間で、私はあくまでもそのトップを見上げる人間だ。木兎と一緒に居て良い人間なんかじゃないんだ。危ない。自重しなきゃ。もうこれ以上目を付けられるなんてゴメンだ。

「なー、お前ら知ってる? これ! すごくね?」
「何のこと言ってんの?」
「だからぁ! コレ! ほら、スって! スって文字が!」
「え、もしかしてフリック入力のこと言ってる?」
「何でお前らもそのカッケーワード知ってんの?」
「やだー光太郎マジー?」

 教室の入り口を中心として騒いでいる木兎を教室の端から見つめる。……うん、私にはこれくらいが丁度いい。1歩前進されても、私が1歩遠のけば良い。

「みょうじにさっき教えて貰った!」
「あー……そーなんだー……」

 1限目の準備をしている私の耳には木兎の言葉は入ってこなかったし、ましてやキラキラ女子ズがその言葉に顔を合わせて私にギラついた目線を送っていることも、私は全然気が付いていなかった。
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