私だけが持つ特権

 男にも、女にも二言はない。行くと言ったからには行く。それが私のポリシー。

 格好付けた所で今日は何にも予定がなかったというのが本当の大きな理由だ。つまる所私は結構楽しみに今日という日を迎えた。

 スポーツを観るのは好きだ。選手が競技に向ける顔がとても好き。観ている私ですら巻き込んで一緒に臨場感を味合わせてくれるから。それはテレビで観るよりも、生で観た方が何倍も臨場感を与えてくれる。

 それを知っているから、私は正直言って今日の練習試合を心待ちにしていた。……京治には恥ずかしくて言ってないけど。もちろん、木兎には今日のことを触れてすらない。
 だけど、土曜日が近づくにつれて隣の席に座る私を見ては嬉しそうに笑う木兎は気配からもう可笑しかった。何度噴き出しそうになったことか。必死に耐えた私を誰か褒めて。

 そうして乗りきった1週間。ついに迎えた土曜日。いつもの土曜日に比べて早起きをして、制服に腕を通し、シリアルをスープカップに入れているとお母さんから当たり前の疑問が飛んでくる。

「京治の練習試合観に行ってくる」
「なんだ、そういうことね。アンタが土曜日に早起きなんてビックリしたわ」

 今日学校だっけ? という質問に返事をしたらこんな失礼な言葉を返されるなんて。なんて失礼なんだ。事実だけれども。言い返せない悔しさを口に入れたシリアルと共にバリバリと咀嚼する。あ、ヤバイ。これ食べたら出ないと間に合わないかも。

「こういう日でも制服登校しないと駄目なの?」
「……さぁ。どうだろ」

 お母さんの問いに今度は曖昧な返事を返す。生徒手帳を読み返せばそこら辺の規則も乗ってるのかもしれないけど、面倒くさい。制服着て行けば間違いないでしょ。そんな考えで制服を選んだ。

「ふうん? 帰りに京治くんとデートでもすれば良いのに」
「しないしない」

 あらそう? なんて言いながらお母さんは洗濯物を抱えて姿を消す。あらそう? って。私たちがそういう関係じゃないことくらい、長年かけて知ってるでしょ。てか京治が学校で秘かな人気を博してること、京治のおばさんとか知ってるのかな。今度言ってみよう。

「あ、ヤバ」

 いつもとは違う追われない優雅な朝を少し楽しみ過ぎたらしい。出ないとまずい時間を数分はみ出していることに気が付いて慌ててシリアルを掻き込む。牛乳にふやけたシリアルは掻き込み易くて助かる。

「行ってくる!」
「気を付けてねー! もし夕飯京治くんと食べることになったら連絡ちょうだいね!」
「はーい!」

 声を張り上げ返事をし、ローファーを履いて外へと飛び出す。うわお朝日、超気持ちいい。お日様の陽気は人を落ち着かせるなぁ。こんなにも心地の良い朝はいつぶりだろうか。

 太陽に向かって伸びをして、思わず緩くなる頬に手を当てそこで腕時計が目に入って、先ほどまでの優雅さを早々にぶん投げて。「やばいやばい」いつもの朝の口癖を吐きながら通学路を走る羽目になった。



 ぜぇぜぇ、と息切れしながら辿り着いた体育館には既に人だかりが出来ていた。なんとか試合時間には間に合ったけど、この人だかりじゃ見やすい場所で観戦は出来ないかも。折角来たんだし、どうせなら良い位置で観戦したい。どこか良い席ないかな……。

「あー! みょうじ来た! おっせぇ!」
「ご、ごめん、」

 ギャラリー席を見ていた私の近くで大きな声がして、思わず反射的に謝ってしまった。おっせぇって……。誰の為に来てあげたと思ってんのよ。……あ、いや別に木兎の為じゃ、

「もうギャラリー埋まってんぞ?」
「みたい……だね」
「みょうじが早く来ねぇから!」
「う、うるさい。来ただけ感謝してよね」
「うん! ありがとう!」

 別に木兎の為じゃないけど、真っ直ぐに感謝されると言葉に詰まる。そんな嬉しそうな顔しないでよ。別に木兎の為じゃないから!

「俺、みょうじにはすっげぇ良い席で観て欲しいんだ!」
「でも、」

 見たカンジ、特等席と呼べる位置は全部女子で埋まっている。……ど真ん中とかキラキラ女子ズじゃん。めちゃくちゃ陣取ってるじゃん。私あそこに混ざるのは無理だからね?

「じゃあさ! じゃあさ! ベンチ! どうよ!?」
「はぁ!? 無理だから! てか駄目だから!」

 閃きの言葉を口にする木兎。全然妙案なんかじゃないから!

「雪っぺ! みょうじ、隣に座らせても良いか?」

 ベンチに腰掛けている白福さんに声をかけている木兎にぎょっとして、慌てて後を追う。やめて木兎。部員でもない私をベンチメンバーにしないで!

「私は良いけど〜監督は駄目って言うよ〜?」
「監督ぅ〜! 良いだろ?」
「駄目に決まってんだろ」
「えぇ〜!?」
「もう、ちょっと! 無理だって!」

 ゴネだした木兎の腕を引いて止めさせようとするけど、駄々は収まらない。どんだけ子供なの。これ試合大丈夫?

「俺今日無理……」
「え〜」
「は?」
「……うわぁ」

 これが京治から聞いていたしょぼくれモードか。学校生活でもたまに見るけど、これ試合で発動したらヤバいんじゃ? しょぼくれモードを発動した木兎を前に、白福さんと監督と共に悲愴な声をあげてしまう。木兎がしょぼくれたら結構メンドイ。

「監督、雀田さんの隣だったらどうですか?」
「……まぁそこなら。特別だぞ」
「マジで!」

 騒ぎを察知した京治がやって来て、すかさず代替案を打ち出してくる。雀田さんの隣とは、ギャラリー内で部員のみが立ち入りを許されているエリアだ。そこで雀田さんは今日の試合を録るのだという。…確かに、そこなら特等席と言える。でも、私は部員でもないのに……。

「やったな! みょうじ!」
「え?……えー……あー……うん」

 京治や白福さん、監督の視線に気圧されて頷いたなんてことに木兎は気付かずに、瞬く間に復活を遂げる。万歳単細胞。

「シャア! やるぞぉ!」

 元気よくコートに向かって行った背中を見て、溜息1つ。……どうやらとても良い試合が観れそうだ。
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