木兎のことを私側は昔から知っていた。彼は高1からずっとその存在感を眩しいくらいに主張していたから。学校の端にいるような女子生徒の私でさえ木兎光太郎とフルネームを知っているくらいには。というか、私たちは――
「え、なになに。アカシくん。もしかして彼女とか?」
「赤葦です。彼女ではありません。俺の幼馴染のなまえさんです」
京治が木兎と一緒に居る光景に驚いていたのも束の間で、京治が木兎に対して私を紹介している。というか――
「こちらは俺の先輩の木兎さんです」
「あ、うん。知ってる……だって、」
「初めまして! 俺、木兎光太郎って言いま……」
自己紹介をしだした木兎の声が途中で途切れる。そうだよね。いくらなんでも1年の時同じクラスだった相手に自己紹介なんてしないよね。さすがに木兎だって私のこと認識してくれていたハズ。
「ヤりてぇ」
「は?」
私の目を見て言った木兎の初めての言葉。そして、これが私が木兎の目を見て初めて向けた言葉。いやだって元クラスメイトからこんな下卑た言葉を向けられるなんて思ってもみなかったし。ビックリもした。
「おいアカシくん、この子紹介して! 俺めっちゃタイプ!」
「赤葦です」
私を前に堂々とこんなことを言えてしまう木兎に、一気に拒否反応を示す。何コイツ最低。てか“この子”って。私のこと、今初めて認識したってこと? 最低。有り得ない。あの1年間なんだったの。
「赤葦! 俺に幼馴染ちょうだい!」
「俺のモノじゃないので」
「それもそっか! じゃあ付き合ってくれ!」
前半は京治に向けて。後半はあろうことか私に向けて。木兎はこともなげに想いをぶつけてきた。よくもまぁこんだけ眉をひそめてる相手に告白出来たもんだ。
「嫌です」
「えー! なんで!」
「嫌いだから」
「俺のことがか?」
「そう」
ゲェーン! と態度からすらもビックリマークが見える木兎。そんな悲愴な顔するんなら今までの自分の言動を思い出せバカ。嫌われて当然だっての。
「俺は好きなのに!」
「っ、」
簡単に人に好きと言えてしまえるこの男をどうにかして。私じゃ無理。京治を見ても、俺じゃ無理ですと顔が言っている。ああそうか、そうだよね。京治からしてみれば木兎は先輩だもんね。あああもうどうすれば。
「はい木兎てっしゅー」
「うわ! なんだよ! ちょっ、あ、おい!」
困り果てているとバレー部員である面々が木兎を回収に現れ、体育館に強制送還していく。遠くなっていく声に紛れ「ライン交換してくれぇぇぇ!」という木兎の叫び声が聞こえて思わず笑いそうになるのを必死に抑えた。
「……ねぇ、本当にここ入るの?」
「入ります」
「まじで?」
「面白そうじゃないですか」
「……うん、まぁ……うん」
京治が感じている予感を否定は出来なかった。笑いそうになったのは事実だし。どちらかというと共感の気持ちが大きかったけど、それは京治に言わないでおいた。
あれから京治は1年経った今も楽しそうにバレーをしているし、ちゃんとバレー部に自分の居場所を見つけてもいるようだ。あの時の京治の予感は的中しているのだろう。
「昨日はすみませんでしたもう2度とあんなことは言いません許して下さい」
次の日、木葉くん達に連れられて私のもとに現れた木兎はシュンとした様子でこんな言葉を言ってきた。……いや、言わされたの方が正しい。
木葉くんによると事の顛末を京治に教えて貰い、それを聞いたマネちゃんズから怒られ、他の部員からも「それはないわー」とけなされ、散々な目に遭ってきたらしい。だからこんなにもゲンナリしているのか。
「いや、うん……」
髪の毛すら垂れているように見えるこの大男を前に、なんと返せばいいものか。言葉に詰まってしまう。許す、許さないで言えば許すに傾く。別に乱暴された訳でもないし。ここまでしょぼくれられると許してあげた方が良いのかもとも思う。
「……分かった、もう良いよ」
脳内で出した答えを木兎に差し出すと「ほんとか!?」と途端に瞳がキラキラしだす。……え、今まで別に演技してた訳じゃないよね……? そう思うくらいに木兎の態度は一変した。木兎の振り幅について行けなくて、ポカンを口を開ける私に付き添いの木葉くんが片手を挙げて謝罪をみせる。
「コイツ単細胞だから」
「あ、ああ……」
それは1年生の時から見てるから知ってるけど。……いざ目の前でやられるとやっぱり驚いちゃう。
「じゃあさ、じゃあさ! 許してくれたついでに、俺と付き合って!」
「はぁ?」
……ここまで行くと単細胞なんて言葉で片付けられないんじゃ? 許してくれたついでにどうして私が木兎と付き合うなんて話になるの? 木兎の思考回路が分からない。てか、付き合えると思ったの? この過程を踏んでおいて? やばいな木兎。
もう1度木葉くんを見ても木葉も溜息を吐くだけで、もう何もフォローはしてこなかった。
それから1年間。私は廊下や教室や合同集会、ことあるごとに木兎から想いを告げられ続けた。そしてそれらを避け続けた。そのおかげで木兎の好きな人はあまり広まずに済んできた。
「なぁ俺らって運命だと思わねぇ!?」
「思わない」
なのに私達はこうして再び同じクラスの、しかも隣同士になってしまった。これはもう悪夢だ。