複雑怪奇乙女心

「なまえさん」
「京治」

 次の日、中庭でもそもそと弁当を食べていると京治から声をかけてきた。「良いですか?」と尋ねる声に片側に詰めて席を空ける。少し軋んだベンチでお弁当を摘まむ私と、指を遊ばせている京治。京治は私が弁当を食べ終わるのを待っているのだろう。

「これ、食べる?」
「良いんですか?」
「好きだったでしょ? お母さんのハンバーグ」
「頂きます」
「ん」

 蓋に昨日の残りであるハンバーグを乗せ、京治に差し出す。「やっぱりおばさんのハンバーグ最高だ」と真顔で言う京治の顔は昔と変わらない。表情変化が乏しいように見えて、京治は結構感情豊かだ。だからこそ、木兎と京治は結構良いコンビなのだと思う。

「木兎さん、喜んでました」
「なにを」
「なまえさんが試合に来てくれるって」
「……やっぱり」

 京治から“今どこに居ますか?”とラインが届いた時点である程度会話の内容は推測出来ていた。このことを話す為だろう。

「京治も大変だね」
「ええ。まぁ」

 京治の声には切実さが詰まっている。私にはそれがどれだけのものか理解出来る。だって相手はあの木兎なのだから。その点においてはもしかすると京治より深く理解しているかもしれない。

「でも、それが木兎さんの為ですから」
「京治までいつの間にソッチ側についたのよ」
「……すみません」

 軽く頭を下げる幼馴染に短く息を吐き、「ちゃんと行くから。安心して」と求めている言葉を贈る。

「インハイ予選に向けての試合なんでしょ?」
「はい。木兎さんの調子を今から上げておきたくて」
「……うん。分かった。京治とか、他の人の為に足を運ぶよ」
「木兎さんの為ではないんですか」

 京治の言葉には直接的な言葉を返さない。だって、京治だって知ってるはずだ。私が、木兎を嫌う理由を。

「あの場に居たでしょ」
「まぁ、そうですね」
「だったら私の気持ちだって分かってくれるよね?」
「分からなくもありません」
「何その含んだ言い方。木兎の肩持つつもり?」
「肩を持つとかじゃないんですけど、」

 けど、……何よ? 目線で続きを促す。その視線を受けて京治は再び指遊びを再開させる。そして、その指を絡ませたまま京治はとても言いにくそうに口を開いた。

「……木兎さんの気持ちも分かるなって」
「は?」

 弁当箱を片付けていた私の手が止まる。ボクトサンノキモチモワカル……。木兎さんの気持ちも分かるって、それって……。えっ。まさか……京治……。

「あ、違いますよ。俺は別になまえさんのことが好きとかじゃなく」
「そんな必死に否定しないで。なんか傷つくから」
「あ、すみません。そういう訳じゃないんです」

 じゃあどういう訳よ、と心の中でだけ悪態をつく。私と京治はあくまでも幼馴染だ。とりあえず、お互いの認識にズレがなかったことの方を一旦喜ぼう。それから京治の言葉の真意を聞こうじゃないか。

「相手を良いなって思うのって、極論を言ってしまえばヤりたいか、ヤりたくないかみたいな所じゃないですか」
「……は、はぁ」
「この子可愛いな、胸大きいな、仕草が可愛いな。そう思うのって結局その相手をモノにしたいって欲求な訳で」
「はぁ」
「それはつまり、ヤりたいに繋がると思うんです」
「……ほう」
「だから木兎さんが初めてなまえさんを見た時“ヤりたい”って言ったのは、そういう感情をオブラートに包まな過ぎた結果だと思うんです」
「へぇ」
「だから、あれは木兎さんにとって“可愛い”と同意義というか……て、俺、何言ってんスかね」
「ほんとにね」

 昔はそんなことを思うような子じゃなかったのに。京治もちゃんと男子として成長してるんだなぁ、なんて。私こそ何思ってるんだろ。でも、男子ってそういうもんなのか。そうか。そうなんだ。……でも。

「でも、例えそうだとしても“ヤりたい”とか下卑た言葉ぶつけられて気を良くする人なんて居る?」
「……居ませんね」

 そういうことなのよ、京治クン。だから私は木兎が嫌いなの。

「それならまだ“好き”って言われた方がマシだったわ」
「それなら言われてるじゃないですか。耳が腐るくらいに」
「……順番、段階、場所。ぜーんぶ不合格な“好き”にトキメキなんて出ますか?」
「出ませんね」
「はいそういうことです」

 そういうモンですか。と京治は未だに納得のいかなそうな顔をしている。そういうモンですって。京治クン。乙女心は面倒なのよ。

 分かってるの? 木兎光太郎。
prev top next



- ナノ -