壊滅的な初頭効果

「ヤりてぇ」

 木兎に向けられた初めての言葉はそれだった。

「は?」

 これが私が木兎に向けた初めての言葉。お互い、最低な言葉を向けたと思う。そんな最悪な出会いから早1年。最悪な事に私たちは同じクラスになってしまった。



「おーッス!」

 挨拶は大事だ。けれど、ここは職員室でもないのだから朝からそんなに大きい声をドアの入り口から発さないで欲しい。ただでさえ1日の始まりである時間帯で機嫌が悪いのに。とても耳障りだ。

「はよー」
「なぁ木兎昨日のテレビ見たー?」

 彼が現れるとたちまちクラスの様子が一変する。一気に騒がしくなる。あぁ今日も嫌いなクラスの幕開けだ。

「見てねぇ!」
「まじかよ超おもしろかったのに」
「まじか! 寝てた!」

 ケタケタ、アハハとこれまた耳につく声が教室に木霊する。木兎が居れば例え真ん中でなくてもそこがクラスの中心になる。良い迷惑だ。

「おはよう! みょうじ!」
「……はよ」
「なんだ! 元気ねぇなぁ!」
「……」

 目をギンギンにさせている木兎に対し、私は思いっきり目をひそめてみせる。その語尾のビックリマーク、どうにかなんないの。ウルサイ。

「ね、光太郎。今度試合あるんでしょ? 私達行くから」
「まじか! サンキュ!」

 不細工な顔を向けることで強制終了させた私達の会話を見て、自分たちの話題を入れ込むキラキラ女子にお礼を言いながら自分の世界に戻る。ありがたいけど他所でやってくれ。隣でキンキンうるさい。私は今この本を読んでいるんです。私の世界には入ってこないで欲しい。

「みょうじは? 来ねぇの?」
「……は?」

 私の願い空しくも木兎はズカズカと私の世界に入り込んでくる。その時点で私の脳内は本の世界から離脱した。もうこうなると主人公と一緒に推理なんて出来ない。あー、もう。こういう自分のことしか考えてないヤツが1番キライ。特に木兎は。

「赤葦から聞いてねぇ?」
「聞いてない。行かない。」
「えー! 来てくれよ! 頼む!」
「いやだ」
「なんで!」
「うるさい! 行かない!」

 木兎に負けないくらいのビックリマークを付けて返事をぶつける。途端に体中の体温が上昇しだす。……大声出すのって滅茶苦茶恥ずかしい。木兎はこの声が普通なの? どんだけ精神タフなんだ。

「光太郎もう良いじゃん。みょうじさん行きたくないんだって」
「私たちが応援してあげるから」

 私達の会話が途切れるとすかさず入ってくるキラキラ女子。そうだそうだ。キラキラ女子に応援して貰え。心の中で援護射撃を送り、今度こそ木兎から目を逸らす。頼むからもう私に話しかけてこないで。

「おう! 応援頼むな!」

 キラキラ世界から離れた私にとって、その声は先ほどに比べて膜が張ったようにぼんやりと聞こえてくる。うまく世界から離れられている証拠だ。トップ世界を見上げるくらいの位置が私には丁度良い。だから、お願いだから、私を――

「今週の土曜日、体育館でやっから! な!」

……私を、上から見つけ出さないで欲しい。

 その願いを無視して木兎は私を見つめる。……どうしてこうもズカズカと他人の領域に入ってくるのか。

「なんで……、」

 零れた声は木兎を前に禁句だと、思った時には時すでに遅し。

「お前が好きだから!」

……あぁ、やってしまった。額に手を当てるしかない。このクラスは前のクラスのメンバーが少なくてホッとしていた矢先だったのに。……終わった。……キラキラ女子から目を付けられることがたった今確定した。この単細胞男のせいで。

 ざわざわしだす教室。どうすんのこの空気。どうしてくれんのこの目線。

 責任を押し付けるように目の前の男を見つめてみても、この男はそんな空気も目線もお構いなしだ。

「……どうしても駄目か?」

 木兎が見つめているのはただ1人。私だけ。

「……分かった。行くから」

 諦めの言葉を投げると途端に戻っていく彼の表情。「オッシャア!」って。私、全然色良い返事じゃなかったよね? どうしてそこまで喜べんの。あ、そっか。木兎が単細胞だからか。

「俺、すっげぇカッケーから! 見てくれよな!」

 初めましてがアレじゃなかったらなぁ。そう思っても、初対面がアレだから。

 木兎のことはどうしても嫌い。
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