一進一退ストラテジー

「君、誰?」

 挨拶もなく私に勝負をしかけて来た目の前の少年にほんのりとしたイラ立ちを感じ、慇懃に微笑み返す。“家、どこ?”と迷子の子に尋ねるような口調で。それでいて、なるべくバカにした感じで。

「俺はA級3位風間隊隊長、風間蒼也だ。最近長期任務から帰還した。ちなみに、アタッカー2位」

 私のバカにした態度をものともせず、自己紹介を行う風間くん。それにしても自己紹介の割には自分の強さアピールの割合が強い気がする。……意外と負けず嫌いか? このチビ。

「それで、どうしてそんなに強い君がB級なりたての私なんかに勝負を?」
「木虎の再来と謳われ、実力も確か。そんなお前がどこまで通用するのか、確かめたい」

 今度は確実にイラついた。どうしてこのチビはこんなに上からなんだ。攻撃手2位がそんなに偉いのか。どうみても中学生かそこらのチビにここまで舐められてそのままでいられる程、私は大人じゃない。……私、やっぱり嵐山隊に所属しなくて良かったかも。

 自分の喧嘩っ早さに苦笑しつつも、「良いよ。その話、乗った」と返す。私がまだ冷静を保てて、風間くんを見下せているのには理由がある。

「へぇ、スコーピオンなんだ」

 訓練室に入って換装した風間くんはスコーピオンを装備している。私がそれを口に出したのは、

「そうだ。お前と同じ、スコーピオンだ」

 風間くんが言った通りだ。ちなみに、私がスコーピオンを選択したのは、前に太刀川と酒を入れた状態でおふざけでしたチャンバラが理由。チラシを丸めて短剣にして行ったチャンバラ。それで私は太刀川に圧勝した。

 その後、ボーダーから支給されたのがスコーピオンで、それがあの時の短剣と同じように手に馴染んだ。これをそのまま自分のメイントリガーとするつもりだ。太刀川は「スコーピオンじゃ斬った気になんねぇ」とか言っていたけれど、私はこれが良い。

 そういえば「なまえも弧月にしろ。そうすりゃ俺の強さが分かるから」とかもほざいていた気がする。まぁ、負け犬の遠吠えだろう。

「それでは、行くぞ」
「はい。いつでもどうぞ」

 風間くんが戦闘態勢に入ったのを見て、私もスコーピオンを身構える。私は、おふざけのチャンバラでだけど、攻撃手1位の太刀川に勝っているのだ。それも圧勝。しかも、実際ボーダーでも藍ちゃんの再来といわれるくらいには強い。それが私の自信となっている。

 と、いうかあの太刀川に勝っているということは今、私は実質1位なのでは……?

 そこまで考えてニヤつく表情を必死に抑える。模擬とはいっても戦だ。油断は禁物。そういう気配りにも抜かりがないからこそ、私は藍ちゃんの再来と呼ばれているのだ。いくら目の前のチビが生意気だったとしても、気を抜いていれば殺られる。相手は仮にも2位なのだから。

「随分余裕だな?」
「っ!?」

 試合へと意識を向けた私に、風間くんはすうっと目を細めて、そうしてそのまま姿まで消した。何が、何が起こったんだ? どうして、チビは目の前から消えたんだ!?

 とにかく状況を探る事に必死になっていると、急に目の前に風間くんが現れて、目を見開く。

「っ、」

 どうにか初撃は受け太刀することが出来たけど、続けざまに向けられた刃を躱すことが出来ず、気付けば“みょうじ、ダウン”とアナウンスされていた。

「……っ、何、一体どうなって……!」
「カメレオンを初見で躱すのは大したものだな。次、行くぞ」
「はっ!? カメ、えっ!?」

 早々にダウンを喰らって状況が掴めていない私に、風間くんは第2戦目を宣告し、また姿を消す。そうして何戦か重ね、私は1度も勝てないまま模擬戦を終了する結果となった。

「何……なんなの……! B級昇格したてのひよっこをここまで叩きのめして何が楽しいの!?」

 最後の試合でダウンを喰らった後、私は半泣きに近かった。得体の知れない年下に勝てなかったことが凄く悔しい。しかも、見下していた相手となればより一層の悔しさが私を襲う。

「お前、腕は確かに良いが。太刀川隊となると、鳴り物入りになるぞ」
「……ハァ〜!?!?」

 泣きべそをかいてる人に向かって言う言葉か!? ムカつく! なんなのあいつ! めちゃくちゃ強いし! ムカつく……ムカつく! 今すぐにでも殴りかかってやろうかと思ったけれど、チビは言いたいことだけ言って換装を解いてさっさと訓練室から立ち去ってしまった。

「なんなの……あのクソチビ!!」

 ボーダー内を騒がすことになる私の咆哮を、クソチビは知らない。

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