上半期ワーストボーイ

「あっはっは! お前、まじでヤベー! おもしれー! ヒャハハハハ!」
「ちょっと。笑い過ぎ。余計に腹立つからやめて」
「いやだって、あの風間さんに“クソチビ”ってオイ、そりゃ……ヤベェな!」
 
 目の前でお酒を片手にゲラゲラと笑い転げる太刀川に軽い殺意が沸く。スコーピオンで刺してやりたい。けれど相手は生身だ。それが出来ない代わりに殺意を込めて餅ベーコンを口に突っ込んでやる。

「これうめぇな! なんだコレ。もっとくれ、なまえ」
「……ん」

 悪意の塊でしかなかったそれを美味しそうに食べられてしまうと、私の殺意まで食べられた気になる。今度はお裾分けとして餅ベーコンを差し出すと1つを摘まんで口に放り込む太刀川。……元はと言えば太刀川のせいなのに。太刀川がもっとチャンバラが強ければ、私はあのクソチビの力を見誤ることもなかった。太刀川なんか餅川で充分だ。

「大体さぁ、なまえ。お前もっとおしとやかにいけよ。せっかく陰で“美人”とか“強くて上品”とか言われてたんだから。俺だって新入りの株は高い方が嬉しいし」
「はっ、もう今更でしょ。大体、あのクソチビのせいで私の実力なんて大したことないとか言われてるんだから」
「へぇ、そいつらは何も分かってねぇんだな」

 びよーん、と餅が伸びている。餅川……。いや太刀川に戻してやろう。太刀川。良いヤツだな、君。分かってるじゃないか。最高の友人だ。そう、私はクソチビに負けたとは言っても、“木虎藍の再来”なのだ。そう言われたのは私の実力だ。それすらをも嘘だと言うヤツは何も分かってない。そんなんだから、その言葉を聞いた私にコテンパンにやられるのだ。

「そんなこと口にしたら、なまえからボコられるって分かってねぇんだもんな」
「ぐふっ! はぁ!? 何、そういうこと!? ちょっとは良いこと言うじゃんとか思ったのに! バカ!」

 思わず咽てしまった。なんだ、そっちか。しかも太刀川が言ったことを私は実際にやり遂げている。さすが友人。良く分かっていやがる。

「大体さぁ、俺とやったチャンバラを物差しにしてんのが間違いだろ。俺がアタッカーで1位張ってんのは、弧月選択してるからだし。スコーピオンでいや風間さんが現時点ではダントツだぞ」

 餅ベーコンをいつの間にか平らげ、今度は私のコロッケにまで手を出そうとしていたその手を叩き、阻止する。痛っ、じゃないし。食べたいなら自分で頼め。……てか。

「あのクソチビってそんなに凄いの?」
「あぁ、現A級の中でならダントツだろうな。まぁ迅がAのままだったら読めねぇけど」

 手をフラフラと振りながら、諦め悪くも私のコロッケを果敢に狙いに来る。その手を今度は強く叩いてやるとようやく口をすぼめながらメニュー表を広げだす太刀川。最初からそうしろと言ってやりたい。でも、それを言うよりも前に太刀川の後半のセリフに興味を持った。

「迅って……ジンユウイチって人?」
「おう。ソイツ。俺らの1個下で、今はS級隊員な」

――ジンユウイチ

 ボーダーに居ると至る所でちらほらと聞く名前だ。でも私はその人物を見たことがない。ボーダーはジンユウイチで溢れているというのに。一体どんな人なんだろうか。気にはなっていたものの、突き詰めるまでの興味はなかった。だけど、今は違う。

「迅くんは、クソチビよりも強いかもしれないの?」
「今はどうかよく分からんけどな。でも、スコーピオンを開発したのは迅だし。スコーピオンの使い方は抜群に上手かったぞ。まぁ、言うて俺のが対戦成績は上だけどな!」

 最後のどうでも良い言葉は聞き流しつつ、太刀川に迅くんとはどこで会えるのかを訊いてみると「さぁ? アイツ神出鬼没だからなぁ」と当てにならない返事を寄越されてしまった。

「決めた。私、迅くんに弟子入りする! そんで、あのクソチビに勝ってみせる!」
「へぇ。なまえって意外とそこら辺プライドないよな。年下でも構わず弟子入りしようとする感じ、二宮みてぇ」
「何言ってんの。プライドなんてエベレスト並だわ。あるからこそ勝ちにこだわってるんでしょうが! 大体、中学生相手に負けてる方がプライドが許さない!」
「ん? 中学生? ……あぁ、なまえは風間さんの実年齢知らねぇのか。風間さん、21だぜ。俺らの1個上。先輩だぞ」
「……は?」

 持っていたコロッケを皿に落としてしまった。え、あのクソチビ21なの……? 成人男性なの……? え、嘘……。私、てっきり年下かと思ってた……。

「それに、風間さんはボーダー設立時から居る古株だぞ。風間さんのことを呼び捨てにするヤツのが少ないってのに、新入りの、しかも年下のお前が“クソチビ”とか言い放てばそりゃ噂にもなるだろうな」
「……ああもう分かった! とにかく! もう今更だから! 強くなる! で、“生意気で大したことない新入り”って汚名を挽回? 返上? する!」

 そう言って酒をグビりと流し込むと、太刀川が「うっわ、単細胞」と笑ってくる。うるさい。だってもう本当に今更なんだもん。それに、年上だろうが何だろうがやられっぱなしは性に合わない。待ってろ、クソチ……風間く……

「ねぇ、私ってこれからあの人のことなんて呼べば良い?」
「知らねー」

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