ロマンスの素粒子

――木虎藍、再び

 私がボーダーに入隊した時にボーダー内で囁かれた言葉だ。自分で言うのもなんだけど、結構的を射ている言葉だと思う。

 大学で顔見知りになった太刀川に冗談めかして誘われたボーダー。私も記念受験ならぬ、記念入隊をしてみようと試験を受けた。その試験会場で密かにトリオン能力を測っていたらしく、計測値に表示された私のトリオン能力の高さに、まず上層部が色めき立ったらしい。そして9月に設定された正式入隊日を経て、なんの問題もなくボーダーに所属してしまった私は、次に周囲の人間をざわつかせた。

 私に与えられた初期ポイントは3,500ポイント。これは私のトリオン能力の高さが大きい。そして、それだけじゃないことを戦闘訓練で示してみせた。

――記録 10秒

 計測機器が示したタイムに「おまえすごいな!」「何者だ!?」と大騒ぎになった。そして瞬く間にランク戦で周囲を圧倒し、遂には“木虎藍の再来”と言われるようになったのだ。

 藍ちゃんは入隊指導を行ってくれた嵐山隊の一員で、見た目も綺麗で、その上聡明な女の子。藍ちゃんの再来と言われて、気を良くしない人は居ない。年下でもなんでも、そんな女の子に例えられた私はとても気を良くし、藍ちゃんを見つける度に藍ちゃんに絡んだ。

 初めこそクールに躱されていたけれど、「藍ちゃんってほんと可愛いよね!」とか「こないだのB級ランク戦の解説聞いたよ! 的確で凄く勉強になった!」とか褒めまくったおかげか、今では顔を合わせると「なまえさん!」と嬉々とした表情を浮かべてくれるようになった。

 私も負けず劣らずの笑顔を浮かべて「藍ちゃん!」と言葉を返すと、こちらに向かって歩いてきて、「なまえさん。もうB級昇格目の前ですね。どの隊に所属するか決めたんですか?」と世間話を持ち掛けてくる。

「んー、色んな部隊から声はかけられてるんだけどねぇ」
「なまえさんを嵐山隊に入れれないかって、上層部が話出してるらしいです」
「メディア活動は私にはちょっとなぁ……」
「なまえさん顔綺麗なのに」
「うふふ、ありがとう。藍ちゃんも可愛いよ」

 お互いに褒め合って、うへへと照れ合って。気を良くした私が藍ちゃんにグレープジュースを奢ってあげて。

「私としても是非ウチに入って欲しいです」

 ロビーのソファーに座ってもう1度藍ちゃんが先ほどの話を切り出してくる。その気持ちは嬉しいのだけど。メディア活動に全く興味がない訳でもないし、ちやほやだってされたい。でも、それ以上に嵐山くんみたいに公私ともに爽やかで居る自信もなければ、藍ちゃんみたいに冷静に、聡明で居られる自信もない。

「それは嬉しいけど、5人も所属したら綾辻ちゃんが大変だし。私は、太刀川隊に所属するつもり」

 実際、これはほぼ決まっていること。私がB級に昇格次第、太刀川隊へと入隊をするように太刀川と話が進んでいる。だから今まで数々の部隊から入隊の誘いがあったけど、それら全てを断っている。

「そうですか……。まぁ、A級1位ですし。なまえさんにはピッタリの部隊かもしれないですね」
「やだほんと? 嬉しいなぁ。私、太刀川隊に所属したら今以上に活躍するから! 応援してね、藍ちゃん」
「はい。なまえさんと実戦の場で共闘出来るの、楽しみにしています」

 そんな会話に花を咲かせ、その日のうちにC級ランク戦で4,000ポイントに到達し、晴れてB級隊員への昇格が決まった。

 太刀川に連絡して、今日は早めの歓迎会といこうじゃないか。そう思ってスマホを取り出した時だった。

「みょうじなまえ。俺と勝負しろ」

 私にポケモントレーナーよろしく声をかけてきた少年が居た。その少年が私の運命を動かす歯車になることを、この時の私はまだ知らない。

   top   next
- ナノ -