巻き込まれ酒は呑まれるもの

 パッツンの事が片付いた後、新型の撃破に当たっているといつも通りの感覚が戻って来て、「みょうじさんさっきまで“女子”って感じだったのに。また狂犬になってる」と菊地原くんに小言を言われるまでになっていた。

 私が早めに狂犬感を取り戻せたのも、風間隊の皆が私の側に居てくれたからだ。まぁ狂犬感を取り戻すっていうのは不服だけど。

「空が……」
「晴れましたね。敵が撤退したんですかね」

 新型を倒したと同時に曇天が晴れ渡って行く。空を3人で見上げていると内部通信によって敵が撤退した事、敵戦力の追加はない事、C級隊員が何人か連れ去られた事、そして三雲くんが意識不明の重体に陥っている事を知らされ、大規模侵攻は幕を下ろした。

 後から聞いた話によれば、これは迅くんが予知していた未来のうち、最高から2、3番目の出来らしい。確かに、民間人に死人が出ていないこの結果は良い方なのだろう。それでも、三雲くんは重症を負った。その結果を手放しで喜べないのもまた事実。



「え、お母さんなんですか? すみません……てっきりお姉さんかと!」
「ご足労おかけしてごめんなさいね」
「ごそく……ろう……?」
「こちらこそ、本来ならばもう少し早めに伺うべき所でした。色々と処理に手間取ってしまい、幾分の日数を要してしまいました。申し訳ありません。これ、もしよろしければ」
「あら、良いの? 気まで遣わせてしまって……ありがたく頂くわ」

 三雲くんが入院している総合病院には風間隊を代表して、大学生である風間さんと私の2人で見舞いに行った。そこで出迎えてくれた三雲くんのお母さんの若々しさに動揺する私と、お母さんが使った難しい言葉にサラリと対応してみせる風間さん。
 ベットに横たわる三雲くんは、酸素マスクを付け眠り続けている。その姿を見つめていると、胸がズキズキと痛んだ。






「三雲くん、大丈夫ですかね……」
「あぁ。迅の予知では死にはしないそうだ」
「そうですか……でも、三雲くんの姿を見るのは少し……辛いです」
「三雲のおかげで被害の拡大を大いに防ぐことが出来た。三雲は大丈夫だ。そこまで柔じゃない」
「……はい、そうですね」

 長居するのも悪いと、お母さんとの会話を切り上げて退室したその帰りに風間さんとそんな会話を交わす。……どうしてだろう。三雲くんが強い子だってことは分かってるし、風間さんの言うことはその通りだと思うのに。何故だか私の心は風間さんが三雲くんのことを自分の弟子のように思っている様子にモヤモヤしてしまう。

「どうしたみょうじ」
「あの……いえ。……三雲くん、早く目覚ますと良いですね」
「あぁ、そうだな」

 どうしてこんな時に“風間さんの弟子は私だけですよね?”なんて問いかけてみたくなるんだろう。



 大規模侵攻から5日が経った。三雲くんは未だに意識不明のままだし、市街地の建物被害に対しても処理が続いている。3日後の昼には防衛戦の結果報告が行われることになっている。今回の大規模侵攻で、ボーダーに感謝する人も居れば被害に遭ったことを嘆き怒る人も居る。

 それでも、私達ボーダー隊員に出来ることは三門市を守ることだ。それは大規模侵攻が始まる前も、終わった後も変わらない。

 今日も防衛任務を終えて帰宅しようとボーダー内を歩いていた時、大規模侵攻ぶりの諏訪キューブさんに出くわし声をかけられた。

「諏訪キュ……諏訪さん!」
「おーみょうじじゃねぇか。……つーか。てめぇも俺のことキューブとか呼びやがって。そのせいで俺ぁ“トリオンキューブ=俺”みたいな扱い喰らってんだよ」
「あらら。それはそれは」
「ほかにキューブになったヤツがいじられんのは可哀想だからよ、俺がいじられる分は構わねぇ」
「諏訪キューブさん、男気溢れますね」
「けど風間隊となりゃ話は別だ」
「えっ」
「というわけでみょうじ。覚悟しろ」
「えぇ〜? 私任務終わりで今日はもうランク戦する元気残ってないんですけど……」
「ばっか、違ぇよ」

 歯を見せて笑う諏訪キューブさんにハテナを浮かべていると、ガッシリと腕を捕獲されそのままボーダーの外へと連れ出されてしまう。私は一体どこに連れて行かれるのか、状況が読み込めないままその後ろをついて行っていると諏訪さんの足がパタリと止まった。

「そういやお前。“諏訪キューブ”ってなんだよ?」
「あ」

 固まる私を見て「……ったく」と溜息を吐く諏訪キュ、諏訪さん。どうやら私はこのまま大人しく連行されるほかないようだ。

「おう、俺だ。みょうじと先行ってるからな。風間も早く来いよ」

 私の腕を離し、再び歩き出した諏訪さんが電話をかけた相手はどうやら自隊の隊長のようだ。電話を切った諏訪さんを見つめていると、その視線に気が付いた諏訪さんと目が合う。

「お前ら一級戦功あげてんだろ? 今日はお前らの奢りでとことん飲むぞ」
「あぁ、なるほど。でも、諏訪隊も二級戦功あげてませんでした?」
「その金は自分の隊の為に使うんだよ。で、人の金で飲む酒を味わう。最高じゃねぇか」
「諏訪さんって男気あるのか、大人気ないのかよく分かりませんね」
「……風間隊のヤツって、マジで可愛げねぇな」

 よーし、今夜はとことん付き合ってもらうからなー。と目を細める諏訪さんに寒気が走る。……うわぁこの人絶対お酒強いじゃん。私明日1限なんだけど。そんなことを諏訪さんに言っても無駄だと、楽し気な姿を見て察するのだった。

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