バ川と諏訪キューブの娯楽

「おい諏訪。お前も見ただろう? みょうじの実力を。さすが、俺の隊の隊員だ」
「……諏訪さん、私前にも1回風間さんが飲んでる所見たんですけど……結構お酒弱いカンジですか?」
「まぁ良く飲みに行く中では最弱だな」
「おいみょうじ。俺が褒めてるんだ。聞け」
「あーはいはい」

 私もそこまでお酒に強い方ではないけど、風間さんはどうもそれ以上に弱いらしい。前は迅くんに返り討ちに遭った時だったし、それが原因だと思ってたけど、どうも違うみたいだ。

「というか風間さんって酔うと人のこと褒めまくるんですね。……褒め魔?」
「確かにコイツ、酔うと隊員のことめちゃくちゃ褒めるな」
「そうなんですね」

 おいみょうじ、聞いているのか? なんてグラスに向かって言っている風間さんを見つめてまたしてもモヤっとする。いやいやいや。なんで物足りないとか思ってんの。褒めてもらえるだけありがたいことじゃん。なのにどうして素面の状態で褒めて欲しいとか、そういうワガママなこと思うんだろ。私も結構酔いがまわってるんだろうか。

「あったあった。これ、大規模侵攻終わりすぐくらいに同い歳のヤツらで飲み行った時のやつ」

 スマホを操作していた諏訪さんがスクロールしていた指を止め、私に向けてきた画面。そこには今と同じくらい赤ら顔をした風間さんが居て、その真ん中に再生ボタンがある。

「見てみ」

 諏訪さんが顎でしゃくるので、再生ボタンを押すと居酒屋ならではの騒がしさと共に風間さんの声が流れてきた。

―黒トリガーとの対戦はみょうじが言った“ウイルス”というワードが原因究明に繋がったんだ。あの発言のおかげで気体に化けることが出来るんじゃないかと見当付けることが出来た。良いか? 今回の黒トリガー撃破は誰がなんと言おうと俺のみょうじが1番の立役者だからな

―俺の隊員は全員可愛い。可愛くてしょうがない。俺を悪く言われて熱くなる隊員を隊長の俺がどうして叱らねばならん

 動画はそこで止まっており、その動画を見終えて呆然とする。そんな私を笑いながら諏訪さんは反対側からスマホを操作して、次の動画の再生ボタンを押す。

 そこは先ほどの居酒屋とは打って変わって静けさが伴う夜道だった。そこで街灯の下にひっそりと佇むポストに向かって眉を顰める風間さん。しばらく無言状態だったけれど、「……おい。お前」と風間さんがポストに向かってようやく口を開く。

―ウチのみょうじを“ブス”と言っていたな? あれは一体どういう了見だ?

「了見って……なんですか?」
「太刀川とおんなじこと訊いてくるんだなお前。……“考え”っつー意味だよ」

―みょうじ程綺麗な女を俺は知らんぞ。お前、本当に悪趣味だな。まったく、見る目がないヤツはこれだから困る

「……え、あの……これ……太刀川にも見せたんですか?」
「あぁ。俺と一緒に酒飲み行ったヤツは大体。にしてもこれ、何回見ても笑えるよな」
「諏訪さん! これ、私買い取ります! 言い値で! だから他の人に見せるのは勘弁して下さい……!」
「あー? なんでだよ? お前だって隊長からこんだけ褒められてる動画、もっと色んなヤツに広めたいだろ?」
「……や、これは、広まらなくていいヤツです」
「なんで「良いから!」……お、おう。そこまでみょうじが嫌がんのなら消すわ」

 買い取らなくて良いよと付け加えて、動画を削除しようとする諏訪さん。慌ててその手に「待って!」と制止をかける。

「け、消す前にっ、私のスマホに動画、下さい」
「この動画嫌なんじゃねぇのか?」
「い、嫌ってわけじゃ……い、嫌です」
「はぁ?」

 首を傾げる諏訪さんの顔面をぶん殴りたくなってしまう。良いからさっさと寄越せ! と強盗紛いの言葉が口から吐いて出そうになるけど、それをどうにか押しとどめて「風間さんの弱みとして! 取っておきたいんです!」と建前を持ち出す。

「はぁ、なるほどね。女ってこえー」

 諏訪さんがどこまで分かっていて、どこまで分かっていないのかは分からないけれど、諏訪さんは笑いながら私とライン交換をして2つの動画をくれた。

「おし。俺のスマホからは消したぞ」
「ありがとうございます」

 動画を消してくれた諏訪さんにお礼を言い、これでほかの人にこれ以上動画を見られる心配がないことに胸を撫でおろす。にしてもさっきの動画、やたら私に対する褒め言葉が多かったような気がする……。

「さて。このままだと風間、スリープモード入るからな。ここら辺で切り上げるか」
「あ、ほんとだ。目がだいぶ虚ろってる」
「おい、風間。そろそろ帰るぞ」
「俺は迅に言われなくとも充分みょうじを褒めているぞ」
「おら。しっかりしろ、隊長だろうが」

 諏訪さんの呼びかけにもなんと言っているか聞き取れないような言葉で返事している風間さんをちょっとだけ可愛いと思ってしまう。諏訪さんが動画を録りたいと思う気持ち、分かるかも。



 結局、今日の飲み会は「風間に出させるつもりだったけど。コイツこんなだし、お前から巻き上げるわけにもいかねぇし。ここは俺に奢られとけ」という言葉によって諏訪さんの奢りとなった。

 諏訪さんには風間さんの介抱をお願いして、私は家が近いので歩いて帰ることにしたその帰り道。2つ目の動画の時みたいな静寂さを保った夜道に自分のスマホの通知音が響いた。

―本当に1人で平気か?

 差出人は諏訪さん。諏訪さんってああ見えて意外とマメだなぁとそのラインに返事を打ち込んでいると続けざまに諏訪さんからのラインが届けられた。

―あー、それと。これも送り忘れてたから送るわ

「っ!? これ……いつ!」

 メッセージと共に送られてきた写真は先ほどの居酒屋での写真で。そこには真っ赤な顔をした風間さんと、同じくらい真っ赤な顔をした私の姿が映っていて、絶句してしまう。

―どっちも酔っ払いみてぇで笑えんだろ?
―消して下さい! 今すぐ!

 すぐさま抗議の返事を送ると“了解”と聞きわけの良い返事が来る。大体、こんなのを撮って何が楽しいんだろうか。……まぁ、さっきの動画と併せてきちんと保存はするけれど。

―あ、それと。“俺のスマホからは”消すけど。ほかのヤツらのはさすがに無理。悪いな

 諏訪さんとのやり取りに胸を撫でおろしたのも束の間、すぐにわけの分からないラインを寄越す諏訪さんに首を傾げる。

―写真、保存した?

 そしてその疑問はすぐに太刀川から届いたラインによって解決する。アイツら全員グルってことか……!

―覚えてろバ川!!!

 太刀川のラインに返事を打ち込みスマホを鞄に乱雑に仕舞う。バ川も、諏訪キューブも。……全員、覚えてろ!

 あぁ、やっぱり諏訪さんに送ってもらわなくて良かった。夜道といえど、街灯の下に来たら私の顔があの写真と負けないくらいに真っ赤だってことがバレただろうから。

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