これが私たち

「あー! 新型撃破ランキング、太刀川もやっぱり参戦してきたぁぁ!」
「うるさいなぁ、やっぱり界隈が騒ぐんだから」

 歌歩ちゃんに教えてもらった撃破数ランキングに太刀川の名前が挙がり、悲痛な声を上げていると隣に居た菊地原くんがまたしてもぶつぶつと小言を言い出す。アイツが参戦したってことは、もうそれはほぼ私に勝ち目がないってこと。だってアイツ、こういうのマジでガチでやるんだもん。だからチャンバラで勝てた時、私がどれだけ自信を持ったことか。

「みょうじ、訓練室に急いで向かえ。先ほどの人型が本部に侵入したようだ」

 本部に辿り着くなり、すぐさま風間さんから次の指示が飛ぶ。パッツン野郎め。基地内には一般職員だって居るのに。まったく、とことん歪んだ性格してる。

「ねぇ、ほんとに迅くんってここまで性格悪いの? セクハラ野郎なのは知ってるけど」
「まぁ。張るんじゃないんですか?」
「うわぁ、まじかぁ……」

 迅くん、菊地原くんにめっちゃ嫌われてるじゃん。……もしかして。

「菊池原くんも迅くんにセクハラされたクチ?」
「……は?」



「来いよミスター黒トリガー。お望みどおり遊んでやるぜ」

 訓練室に辿りついた時、そこには諏訪さんの姿があってまずは胸を撫でおろす。良かった……諏訪さん、諏訪キューブから解き放たれたんだ……。

「みょうじ、お前たちはしばらくカメレオンのままで居ろ」

 戦況を指揮している風間さんからの指示によって、しばらくは諏訪隊の交戦を見守ることになった。諏訪キューブさん、さっきはやられたばっかで戦ってる姿見れなかったけど、こうやって生で見ると諏訪隊の連携も中々だ。ランク戦で見るのとはわけが違う。

「弱点見つけたぜ!!」

 撃った弾丸に手ごたえを感じたらしく、諏訪キューブさんがニヤリと笑う。これでウロチョロしている弱点を捕らえられる。

「さすが諏訪キューブさん!」

 そう思ったのも束の間、またしてもパッツンの体は再生し諏訪キューブさんの体内からパッツントリガーが発生する。

「また!? まじで意味分かんない!」
「これでハッキリしたな」
「……へ?」

 パッツンの攻撃に頭が混乱していると、風間さんがパッツントリガーの仕組みを教えてくれる。固体、液体さらには気体って……。どんだけ変化出来るわけ? 改めて自分たちの敵対する相手の厄介さを嘆きたくなる。

「それじゃあ迂闊に近付けないってことでしょ? ……合成弾ぶっ放すか、ダミー作る暇与えないくらい高速で攻撃するかってこと? でも、スコーピオンだと間合いが……」

 自分なりに理論立てて戦略を練ろうとするけれど、風間さんのようにはいかない。あぁもう、一体どうすれば……。

「みょうじ、俺たちの部隊のコンセプトを忘れたのか?」

 そっと諭すような声で風間さんが私に呼び掛ける。

「コンセプト?」
「1人でどうにかしようとするんじゃない。これはチーム戦だ。」

 チーム戦、それは“連携”が要となる戦い。風間さんから口酸っぱく言われていることだ。

「今そっちに本部長が向かっている」
「忍田本部長が!?」
「お前が考えた戦術を実践するぞ」
「えっ!?」

 ハッとした私に風間さんが軽く笑い、次に告げてきた言葉達は私を驚かせるのには充分過ぎる程だった。忍田本部長が戦線に出ることも驚きだし、なにより私の戦術を……!?

「今回、役割は笹森に担ってもらうつもりだ。諏訪隊と忍田本部長には俺が話を通しておく。……いいか、連携が大事だからな。」
「……はい!」

 ここであの戦術を使う時が来るなんて。うまく行くか心配だ……。

「みょうじさん考え事なんて余裕だね」
「みょうじさん、大丈夫です。練習は重ねてきたんです。きっと、上手く行きますよ」
「そうだね! ありがとう、2人とも!」

 誰かが不安に思っている時、それをフォローし合う。風間隊はそんな隊だ。藍ちゃん、私も自分の隊がすごく良い隊だって自慢出来るよ。



 忍田本部長は事前に風間さんから話を聞いていたらしく、本当に頼まれた通りダミーを含め全てを斬ってみせた。それで決まれば万々歳ではあったけれど、パッツンといえど黒トリガー。ギリギリで弱点をカバーから外したらしく、またしても気体に化けたトリガーで忍田本部長を体内から攻撃してみせた。というかパッツン、いまいちスカっとしないとかなんとか言ってたくせに。めちゃくちゃ気体トリガー使ってんじゃん。

「おサノ!」

 堤さんの呼びかけに応じて小佐野ちゃんがスタアメーカーを適用させる。これで私たちの決める形は整った。

「消えるトリガーはもう見た。気付かねーとでも思ったか? クソガキ」

 笹森くんのステルスを見破り、笹森くんをこちらの狙い通り攻撃するパッツン。パッツンは勝ち誇ったようなこと言ってるけど、これは私たちの手中だ。

「弾を集中させろ!!」

 諏訪キューブさんの張り上げた声に気を引かれたパッツン。勝てると思い込んでいる相手程狙いやすい相手はいない。今度は私達が裏をかく番。

「トロいぜ!!」
「そっちがね」
「伝達脳と供給機関を破壊。任務完了」

 パッツンの弱点を今度は確実につき、パッツンを倒すことに成功した。……本当に私の戦術が……。まさかこんな場面で使うことになるなんて。どうしよう、すごく……すごく嬉しい。

「みょうじさん顔怖かったよ。今日のはまさに“狂犬”って感じだった」
「菊地原くんは素直に“みょうじさん凄いですね”とか言えないのかなぁ?」
「みょうじさんの戦略上手く行きましたね。オレ、とても嬉しいです」
「歌川くん〜! 君のそういう所、大好きだぁ〜!」

 2人と勝利後の軽口を交わしつつも、内心では最後の攻撃の時に力みが出たことを悔やんでいた。力んでいると隠密行動が上手く行かないことがよくある。風間さんからいっつも怒られてる所なのに。またやってしまった。

「諏訪、笹森に伝えろ。“いい陽動だった”……以上だ」

 風間さんが笹森くんの囮行動を褒めている。……確かに、笹森くんの陽動はすごく良かった。あの陽動がなければ私達が真打ちとして動くことは不可能だった。笹森くんのおかげで私の“おとりのおとり作戦”が上手く行ったんだ。

「それとみょうじ」
「ハイッ!」

 笹森くんへの賛辞の言葉を聞いていると今度は私の名前を風間さんが呼ぶ。あー、絶対怒られる。最後の隠密はなんだとか、あんな隠密だったらとか、あぁまた訓練室行きだ。

「お前の考えた戦略。良かったぞ。俺が戦線を離脱した時も2人を引っ張ろうとした姿勢は大したものだ。よくやった」
「……風間隊長〜っ!」
「うわ、みょうじさん。泣いてんの? キモ」
「……歌川くん〜!」

 風間さんと菊地原くんから別の意味で泣かされた私が歌川くんに縋りついているのを横目で見ながら、菊地原くんが目線をパッツン野郎へと向ける。

「どうします? こいつ。さっき通信室でこいつに何人か殺されてますよね?」

 その声色は私に“キモ”と言った時よりも何倍も低くて。まさに怒っている時のソレだ。忍田本部長の「捕縛しろ」という指示にも「ちぇっ」と返す菊地原くん。菊地原くんの残酷さが垣間見えた気がしたけれど、菊地原くん達はその歳で遠征を経験しているのだ。殺られたら殺り返すくらいの気持ちじゃないと務まらないのだろう。

 ただ、私は今まで戦闘で出た死人を見たことがないし、ましてや殺すなんて経験も勿論ない。だから正直“捕虜”という選択肢にはホッとした。……それなのに。

「……え、た、助けに来たんじゃないの……!? どういうこと……!?」

 パッツン野郎と再び対峙した瞬間、またしても門が開き中から人型近界民が現れ、その人型近界民はあろうことか、パッツン野郎の腕を斬り最後にトドメを刺して帰って行ってしまった。

 ドサリと音を立てて動かなくなるパッツン。辺りには血が流れ出て独特の匂いが鼻につく。これは――

「救護班を呼べ。人型近界民を収容する」
「いっ!? こいつを……!? もう死んでますよ本部長!」

 忍田本部長の指示に反応する諏訪さんの声が脳にダイレクトに響く。……さっきまで戦っていた相手はもう動かない。死体だ。それを認識した瞬間、胸がドクンと大きく脈打つのが分かった。

「風間隊。そいつの所持品を調べろ」
「了解です」
「うえー……やだなあ。血キライなのに……」

 死体を前に的確な指示を飛ばす忍田本部長の声に、私は2人のようには動けなかった。手が震え、足が竦んでしまったからだ。こんなことは遠征に行けばいくらでもある。……慣れないと。2人のように動かないと。頭では思っているのに、体が動かない。死体を前に、私は“怖い”と思っているのだ。

「みょうじ。それは菊地原たちに任せろ」
「……は、い。すみませ、」
「良い。その感情は間違ってないんだ。自分を責めるなよ」
「……っ、」

 風間さんの声がいつも以上に優しくて。その声に縋るように返事をした時、自分の中にある恐怖心が少しだけ和らいだ気がした。

 誰かが不安に思っている時、それをフォローし合う。

 風間隊はそんな隊だ。

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