すべてを暴く権利をちょうだい
土曜日。澤村先輩が祈ってくれていたのか、昨日見上げた夜空と同じくらい澄んだ空を綺麗な青色が覆っている。晴れて良かった。
「昨日、澤村くんはちゃんと送り届けてくれた?」
「はいっ! エントランスまできちんと見届けてくれました」
「そう。そこでホイホイ家まで付いていくような男じゃ無くて良かった」
「……ですね、本当に」
真矢先輩と買い物をして、海辺のカフェで一息吐いている時にそんな会話を行う。本当に、私の後先考えない言葉にも先輩はきちんとした返事をくれた。私とは大違いだ。
「そういえば葛原とは連絡取ってないの?」
海風に綺麗な黒髪を攫われている先輩が髪を耳にかけてそれを阻止している。そんな先輩が口に出すのは正臣さんで。その言葉に反応してスマホの電源を入れてみるけど、通知は無い。悪あがきの様にラインを立ち上げてもやはり正臣さんとのラインの上に澤村先輩や洋子、真矢先輩とのラインが重なっている。
「一応昨日の夜おやすみって送りはしてるんですけど……」
「そう。……いつかは話さないとね」
「ですね。私もそう思います。……あの、」
少しの間を置いて言葉を重ねた私に、コーヒーカップを口元へと運んでいた真矢先輩の目線だけがこちらに向く。真矢先輩に今まで訊きたくても、訊けなかった疑問を投げてみる。
「どうして正臣さんと別れたんですか……?」
「まぁ……、色々あってね」
「そうですか……。あの、こんな言い方したくないんですけど、私と真矢先輩っていわば元カノと今カノじゃないですか。それで、今カノである私とこうやって話したりするの、嫌じゃないですか?」
カチャリと静かな音を立ててコーヒーカップを受け皿に置く先輩。その瞳は海へと向いていて、どこか逡巡している様だ。
「全く気にしないってタイプじゃ無いんだけどね、私。でも葛原に関しては別件かな。葛原には私から別れを告げたの。……理由は簡単には言えない所もあるから。ごめんね。……でも、本当に今はただの同僚よ。だから、みょうじさんとこうして2人で出かける事になんの抵抗も無いわ」
あの時、エレベーターで話をした時と全く同じ言葉をもう1度告げてくる真矢先輩。…あの時と同じ様にハッキリと言い切る先輩は、昨日までの私だったら“怖い”という印象で終わっていたのだろう。だけど、澤村先輩の言葉と、私自身が接してみて分かった真矢先輩の人柄も相まって、今は違う感情がこみ上げてくる。
「私も、真矢先輩とこうして2人で買い物して、お洒落なカフェで美味しいコーヒーが飲めて、嬉しいです」
「……そう。それは良かった」
今感じている気持ちを素直に口に出すと、真矢先輩も同じ様に笑ってくれる。やっぱり、真矢先輩は良い先輩なんだ。私がそれを見ようとしていなかっただけだ。事実は見ようとしなきゃ、現れてくれない。
「あの……。私、正臣さんと話をしてみようと思います」
「ええ。頑張って。何かあったら私や澤村くんに言って。みょうじさんの味方だから」
「ありがとうございます」
だから、正臣さんの事も、ちゃんと見ないと。
「真矢先輩、お願いがあるんですが」
「なに?」
「もし良かったら、今日、正臣さんのマンション近くに降ろして貰えませんか」
「……今日、話をするつもり?」
「はい。今まで話し合う事をしないでズルズル来ちゃったので。行く時は行かないと、と思いまして」
「そう。分かった。じゃあこれ飲んだら出ましょうか」
「はい。ありがとうございます」
「……ふふ」
「?」
コーヒーを喉に流していると、真矢先輩が私を見つめて微笑む。その美しい顔に、私がきょとんとした顔を返すと、「みょうじさんは本当は強い子なんだなぁっと思って」と嬉しそうな顔をしてそんな事を言う。
「強い? 私がですか?」
「ええ。強いわ。とても。そういうみょうじさんが私達は好きよ」
「っ! あ、ああありがとうございます」
まさか真矢先輩から“好き”と言って貰えるなんて思っていなかったから。動揺が隠せなくて、コーヒーが口から零れてしまった。
「澤村くんがからかいたくなるの、ちょっぴり分かる気がするわね」
嬉々とした表情を浮かべた真矢先輩はそう言って、またおしぼりを渡してくるのだ。
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「昨日、澤村くんはちゃんと送り届けてくれた?」
「はいっ! エントランスまできちんと見届けてくれました」
「そう。そこでホイホイ家まで付いていくような男じゃ無くて良かった」
「……ですね、本当に」
真矢先輩と買い物をして、海辺のカフェで一息吐いている時にそんな会話を行う。本当に、私の後先考えない言葉にも先輩はきちんとした返事をくれた。私とは大違いだ。
「そういえば葛原とは連絡取ってないの?」
海風に綺麗な黒髪を攫われている先輩が髪を耳にかけてそれを阻止している。そんな先輩が口に出すのは正臣さんで。その言葉に反応してスマホの電源を入れてみるけど、通知は無い。悪あがきの様にラインを立ち上げてもやはり正臣さんとのラインの上に澤村先輩や洋子、真矢先輩とのラインが重なっている。
「一応昨日の夜おやすみって送りはしてるんですけど……」
「そう。……いつかは話さないとね」
「ですね。私もそう思います。……あの、」
少しの間を置いて言葉を重ねた私に、コーヒーカップを口元へと運んでいた真矢先輩の目線だけがこちらに向く。真矢先輩に今まで訊きたくても、訊けなかった疑問を投げてみる。
「どうして正臣さんと別れたんですか……?」
「まぁ……、色々あってね」
「そうですか……。あの、こんな言い方したくないんですけど、私と真矢先輩っていわば元カノと今カノじゃないですか。それで、今カノである私とこうやって話したりするの、嫌じゃないですか?」
カチャリと静かな音を立ててコーヒーカップを受け皿に置く先輩。その瞳は海へと向いていて、どこか逡巡している様だ。
「全く気にしないってタイプじゃ無いんだけどね、私。でも葛原に関しては別件かな。葛原には私から別れを告げたの。……理由は簡単には言えない所もあるから。ごめんね。……でも、本当に今はただの同僚よ。だから、みょうじさんとこうして2人で出かける事になんの抵抗も無いわ」
あの時、エレベーターで話をした時と全く同じ言葉をもう1度告げてくる真矢先輩。…あの時と同じ様にハッキリと言い切る先輩は、昨日までの私だったら“怖い”という印象で終わっていたのだろう。だけど、澤村先輩の言葉と、私自身が接してみて分かった真矢先輩の人柄も相まって、今は違う感情がこみ上げてくる。
「私も、真矢先輩とこうして2人で買い物して、お洒落なカフェで美味しいコーヒーが飲めて、嬉しいです」
「……そう。それは良かった」
今感じている気持ちを素直に口に出すと、真矢先輩も同じ様に笑ってくれる。やっぱり、真矢先輩は良い先輩なんだ。私がそれを見ようとしていなかっただけだ。事実は見ようとしなきゃ、現れてくれない。
「あの……。私、正臣さんと話をしてみようと思います」
「ええ。頑張って。何かあったら私や澤村くんに言って。みょうじさんの味方だから」
「ありがとうございます」
だから、正臣さんの事も、ちゃんと見ないと。
「真矢先輩、お願いがあるんですが」
「なに?」
「もし良かったら、今日、正臣さんのマンション近くに降ろして貰えませんか」
「……今日、話をするつもり?」
「はい。今まで話し合う事をしないでズルズル来ちゃったので。行く時は行かないと、と思いまして」
「そう。分かった。じゃあこれ飲んだら出ましょうか」
「はい。ありがとうございます」
「……ふふ」
「?」
コーヒーを喉に流していると、真矢先輩が私を見つめて微笑む。その美しい顔に、私がきょとんとした顔を返すと、「みょうじさんは本当は強い子なんだなぁっと思って」と嬉しそうな顔をしてそんな事を言う。
「強い? 私がですか?」
「ええ。強いわ。とても。そういうみょうじさんが私達は好きよ」
「っ! あ、ああありがとうございます」
まさか真矢先輩から“好き”と言って貰えるなんて思っていなかったから。動揺が隠せなくて、コーヒーが口から零れてしまった。
「澤村くんがからかいたくなるの、ちょっぴり分かる気がするわね」
嬉々とした表情を浮かべた真矢先輩はそう言って、またおしぼりを渡してくるのだ。