或る夜の星の渡り

 飲み会が終わり、2次会の話が持ち上がったけれど、私と澤村先輩と真矢先輩は辞退した。私と真矢先輩は明日ショッピングデートの約束をしたからで、澤村先輩は昔からの友人とバレーをするらしい。
 2次会に行く人達と別れた私達3人は店先に取り残されていた。

「私、家直ぐそこだから、ここで。みょうじさんは? あれだったらタクシー呼ぶわよ?」
「いえ、私もタクシー使うには勿体無い距離間なんで。歩いて帰ります」
「でも、夜道を1人で歩くのは……。ねぇ、澤村くん?」
「だな。俺が送り届ける」

 うんうんと頷きあっている2人。いやいや、待って下さい先輩方。

「澤村先輩は電車ですよね? 駅反対側だし、本当に平気ですって!」
「うっし、んじゃ帰んべ」
「じゃ、じゃあタクシー! 呼びます! タクります!」
「明日直野と買い物行くんだろ? こんなとこで無駄使いするな。お金は大事だぞ」
「は、はい。すみません……?」

 何故か澤村先輩に説教の様な言葉で窘められてしまい、その流れで謝罪を口にする。そんな私に分かればよろしいとでも言いたげな表情を向けたかと思えば、すぐさま直野先輩へと視線を移す。……おお、私に反撃の余地もくれないとは。澤村先輩、中々の策士。

「直野も本当に大丈夫か? 近いと言っても不安だし、あれだったらタクシー呼ぶぞ?」
「……その言葉はちゃんと自分がお金を払うつもりで言ってるんでしょうね?」
「当たり前だ。じゃなきゃ言わねぇよ」
「ふふ。ありがとう。でも、本当に平気よ。歩いて2、3分だから。じゃあ、そろそろ。また明日ね、みょうじさん。楽しみにしてる」

 手を振りながらヒールをカツカツ鳴らして颯爽と夜道に紛れていく真矢先輩。いやぁ、格好良い。お酒を入れてもあのヒールを履きこなしているのだから。私とは大違いだ。

「うし。んじゃ行くか」
「よろしくお願いします」

 にしても私の隣を歩き出した澤村先輩はさっき私に言った言葉とは真反対の事を真矢先輩に言っていた気がするな? 無駄遣いするなと言った割にはタクシーを呼ぼうとするし。……というか、それならば私よりも真矢先輩を送ってあげた方が良いと思う。それで私は歩いて帰る。それが良いと思う。声をかけられる可能性があるのは真矢先輩の方だ。

「また自分を卑下する様な考えしてんだろ?」
「えっ、いやっ、別に、そういうんじゃ……」

 先輩の瞳がジト目に変わるけれど、今の私には反撃の手札がある。それにお酒だってまだ少し残ってる。……いける。

「……澤村先輩、さっき私には無駄遣いするなって言ったのに、自分はタクシー使おうとするじゃないですか。それなら澤村先輩が真矢先輩を送って帰った方が絶対に良いと思うんですが。私なんかを送るんじゃなくって」
「やっぱり卑下してんじゃねぇか」
「えっ、いや。別に卑下してるんじゃ無くて、適正評価ですよ」
「……まぁ何にしても俺の場合は無駄遣いじゃ無い。それに、俺がしたくてする事だから。良いんだよ」
「えぇ? なんかそれ、正当な理由無くないですか?」
「……んだよ、そんなに俺と帰るのが嫌なのか?」
「や、そういう訳じゃないんですけどっ」
「俺のメンタルやられちまったなぁ〜……」
「……〜っ、」
「寂しく1人で帰るべ〜」
「待っ、」

 反撃の手札は理不尽な盾によって躱され、一気にやり込められてしまう。こうなると私の手元に残ったコマンドは“慌てる”だ。そうして慌てた私は来た道を戻りだした澤村先輩の上着の裾をきゅっと掴む。

「……送って帰って欲しい、です」
「……素直でよろしい」

 意外にもあっさりと私の横に並び直してくれる澤村先輩に安堵し、今度こそ家路を歩き出す。澤村先輩がポケットに手を突っ込んだまま夜空を見上げて「明日晴れると良いな」と独り言の様に言葉を吐いている。バレーは外でするものじゃないし、多分私と真矢先輩を思って言ってくれているんだろう。

「そういえばバレーって今も結構してるんですか?」
「あー、上京してからはあんまりだったけどな。みんなの予定が合う時はたまに集まってやるな」
「そうなんだ。男子のバレーって音がエグいから、結構見るの怖いんですよね。何回か“あ、あの人今腕取れた”って思ってましたもん。体育の授業とか」
「ははは。俺は結構レシーブは得意だったぞ」
「確かに、澤村先輩は受けるの上手そうですよね!」
「……それ、俺の体格見て言っただろ?」

 前にも言われた言葉を視線だけを私に寄越した先輩が放つ。だって先輩、体格良いから……。

「今度先輩がバレーしてるとこ見てみたいなぁ」
「おう。俺がスパイクも打てるって所、証明しないとだしな」
「別に打てないって言った訳じゃ……」
「それに、悔しいくらいに綺麗な音でボールあげてみせるヤツも居んだよ。そういうヤツらの事も見て欲しいしな」
「へーっ! そんな人が居るんですね!」
「おう。俺の長年のライバルだ」
「うわぁ、会ってみたい!」

 ケラケラと笑う私に、澤村先輩も楽しそうに笑う。その時間だけは、私は他の事を考えずに、ただ先輩と話す会話に夢中になれた。

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