ウィークエンドは無重力

 流れで直野先輩と澤村先輩と一緒に飲み始めた酒の席。話せば話す程、私は直野先輩について色々と勘違いしていた事が分かり、直野先輩と一気に打ち解けていた。

「みょうじさんは自分に自信が無さ過ぎるのよ。もっとシャキっとしなさい。顔も可愛いのに、いっつも溜息吐いて。そんなんじゃ見てるこっちが心配になるじゃない」
「……真矢せんぱいぃ〜!」

 泣きの声で直野先輩に抱き着く私を直野先輩――いや、真矢先輩がよしよしと抱き留めて頭を撫でてくれる。

「おいおい。打ち解けるの早くねぇか? 俺よりも直野に懐いてるぞ、みょうじ」
「何ですか澤村せんぱい。もしかして可愛い後輩が別の先輩に懐いちゃって、嫉妬してるんですか?」
「いや別にそういう訳じゃ……」
「あらそうなの? 澤村くん。男としてみっともないわね?」
「いやだから、」
「分かりました。じゃあ大地さん! これで良いですか?」
「……あー。俺トイレ行ってくる」
「あー、逃げたー。真矢先輩〜、大地さん逃げましたよ〜!」
「ふふ。顔でも洗ってきた方が良いかもね。澤村くん」
「お前なぁ!……まぁ良い。みょうじの事頼むな」

 いつも私を覆っている居心地の悪いもやとは違う、心地の良いもやが私を包み込んでいる。そのもやに身を任せていた私は真矢先輩と澤村先輩がそんな会話をしているなんて事を知らずに、真矢先輩の腕の中に身を任せていた。

「真矢先輩ー……」
「大丈夫? 酔いが周り過ぎてるんじゃない?」
「……うぅ〜。真矢せんぱいぃ〜……」

 頭を撫でてくれる真矢先輩の手が心地良いのと、久しぶりに味わう人肌に、酔った脳はつい隠していた寂しさを露呈させる。それが涙となって真矢先輩の洋服を濡らしている事に気が付いた私は直野先輩から離れて机に突っ伏す。

「……色々溜めてるんでしょ? 酒のせいにして良いから。吐き出しちゃいなさい」
「うぅ〜……わ、私っ、ずっと不安で……、正臣さんが会ってくれなくなった事も不安だったし、でも、確証も無いのに、疑うのは、だ、駄目だって思って、ちゃんと、信じ、なきゃって、分かってるのに、正臣さんが、いつもと、違う香水付けてたのとか、予定より大幅に遅れて家に来た事とか、次の日も、す、ぐにかえ、ちゃった事とか、そういう、ので不安が、ぐわって、堪らなくなっちゃってっ、……でも、私が出来る事は、正臣さん、を信じ、る事だからっ。……でも、それが、出来な、くて……っ、そんな自分も、い、嫌でっ、……どうしたら良いのか……、わ、分からなくって……っ」

 1度吐き出すと次から次へと溢れる私の不安。必死に堰き止めていた防波堤が無くなった今、口からも瞳からも不安が流れ出て行く。そんな私を真矢先輩は再び抱き寄せて頭を撫でてくれる。

「……アイツって本当に変わらないのね」
「へっ?」
「……ううん。何でもない。とにかく、確証が無いうちは、信じるのもアリだけど。状況をちゃんと見つめて。――自分が感じた不安を信じてあげるのも大事よ」
「……はいっ」
 
 再び溢れ出す涙を真矢先輩がおしぼりで拭ってくれる。その優しさにまた涙が出るけれど。真矢先輩。

「……それ、澤村先輩のヤツですぅ……」
「あっ、ごめんなさい。澤村くんが使ったおしぼりなんて嫌よね」
「おいおい、戻ってくるなり俺の悪口か〜?」
「当たり前でしょ? 本当だったら澤村くんの役目なんだからね?」
「えぇ!? 俺か?……いや、まあ、そうかもだけど……俺は……その……」
「何よ。ハッキリ言いなさい。男でしょ?」

 真矢先輩の追撃に頭を掻くしかない澤村先輩。その姿が可笑しくて、私は泣きながら笑い声を上げる。

 私は私が出来る事。それは正臣さんを信じる事。だけど、それでも不安が残るのならば。私はその不安を信じてあげる事も大事なんだ。それも私が出来る事。その事に気づかせてくれたのは今、ここに居る真矢先輩と澤村先輩だ。

「先輩、本当にありがとうございます」
「良いのよ。みょうじさんは頑張り過ぎるんだから。時々はこうやって甘える事も大事」
「いや待て直野。今のお礼は俺に対する言葉だろ?」
「何言ってるの澤村くん。今の今まで誰がみょうじさんを慰めたと思ってるの? 自分は顔を真っ赤にして逃げてたクセに」
「なっ!? お、おまっ! それはズルいべ!?」
「何がズルいのよ。私何か間違った事言ってる?」
「い、言って無いけどっ、普通は言わないだろ!?」
「さぁ。私そういう人の機微に疎いから」
「おまっ!」

 そうやって言い合いをする澤村先輩と直野先輩を見て、私は涙を引っ込めて、ゲラゲラと声を上げて笑うのだ。そうすれば2人も同じ様に笑ってくれるから。

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