甘い時間
「あ」
「どうしたの?」
「かおり先輩からメッセージが届きました」
「なんて?」
「木兎先輩は尾長くんに任せたから、心置きなく楽しんでおいで! だ、そうです」
「そっか。じゃあその言葉に甘えよう」
「尾長くんにプリン買って帰ろうかな」
「うん、そうだね」
「それじゃあ、早速スポーツ店に行きましょう」

 かおり先輩からのメッセージに返事をし、木兎先輩の誕生日プレゼントを求めてショッピングセンターの中を歩きだす。土曜のこの時間は中々人が多い。平日の部活終わりに寄る時に比べて、人口密度が倍以上違うショッピングセンターに若干の驚きを感じつつ、足を前へと踏み出す。

「みょうじ、大丈夫?」
「はい。こういう時はさすが東京って思っちゃいますね」
「郊外とはいえ、休日ともなると人も増えるんだろうね。……っと、大丈夫?」
「っ、すみませっ、」

 通行人と肩がぶつかってしまい、バランスを崩す私を咄嗟に先輩が支えてくれる。初めて会った時もこうやって支えてくれたんだよなぁ。あの時と変わらずに眠そうな瞳をして、髪の毛はくるくるフワフワさせている。出会ったその日に先輩に恋をして、まさか今こうやって2人きりでどこかに出かけることになるなんて。人生って分からないものだ。

「こんだけ人が多いし、手でも繋ぐ?」
「えっ、良いんですか!……あっ、でもやっぱり良いです!」
「どうして?」
「……繋いだら、心臓が止まっちゃいます!」
「そんな簡単に止まらないよ。試してみる?」
「……う、で、でも」
「うん?」
「繋いでもらったら、離したくなくなるので……やめときます」
「……どんだけ可愛い理由なんだ」
「えっ? すみません。人が多くて聞き取れませんでした」
「じゃあ、はぐれないように俺の腕、掴んでて。それだったら良いんじゃない?」
「はいっ! そうします!」

 先輩に腕を差し出され、その腕を遠慮気味に掴むと柔らかく微笑んでくれる先輩。その顔が腕を掴んでいる分、いつもより近い場所で向けられてきて心臓がギュンっと脈打つのが分かった。……やっぱり、心臓止まりそうだ。



「結構品揃えがあるんですね……!」
「サポーター1つ取っても色んなブランドから出てるからね」
「木兎先輩ってサポーターはロングタイプでしたよね? どのブランドが好きとかありますか?」
「木兎さんなら多分……」

 初めてスポーツ店に立ち寄り、その品揃えの良さに驚きつつも赤葦先輩に助言をもらいながら買い物を進めていく。無事に買いたい物を見つけてレジへと向かう途中。Tシャツコーナーを通ったら、木兎先輩がいつも着ているTシャツを見つけて思わず立ち止まる。

「“根性を笑う者は根性の前に泣く”いわゆる“こんわら”Tシャツですよね」
「木兎さんよく着てるよね。これと“エースの心得”Tシャツ」
「あぁ、着てますね! 前に言ってました。“俺のレギュラーTシャツだ!”って」
「今年の春高で見つけて、俺も薦められたんだけどね。さすがに」
「ふふ。あっ、これ! “セッター犬”って赤葦先輩のポジションだ。なんかこの犬、先輩に似てるかも」
「それは……。あまり嬉しくないなぁ」
「そうですか? 私はこのTシャツ可愛いと思いますけどね〜。あっ、私会計してきますね!」
「うん。分かった。俺、ここら辺に居るから」
「分かりました! じゃあまたここに来ます!」
「……セッター犬、か」





「お待たせしました。無事にラッピングまでしてもらえました」
「良かったね。あとは木兎さんに渡すだけだ」
「はいっ! 先輩も、一緒に選んでくれてありがとうございました。助かりました!」
「良いよ。俺もみょうじと一緒に見るの楽しかったし。じゃあ、なんか食べて帰ろうか」
「良いんですか?」
「お腹空かない? 甘い物でも食べよう」
「あれ。先輩、甘い物好きでしたっけ?」
「どちらかというと辛い方が好きだけど。デザート食べた方がデートって感じする気がして」
「デッ…… 」

 まさか先輩の方から“デート”なんて言葉が出てくるとは思わなくて。先輩もそういう気持ちで今日を迎えてくれてたんだ……。顔に熱が集まっていくのが分かる。熱い、体がじんわりとしてくる。

「みょうじ? 行かないの?」
「い、行きます!」
「調べてみたら、1階のお店に人気店があるらしいね」
「調べてくれてたんですかっ!」
「俺もそれなりに楽しみにしてたからね」
「先輩……!」
「みょうじは何食べたい?」
「なんでも美味しくいただけそうです……!」
「ふっ、木兎さんみたいな発言」
「えへへ……。確かに今は木兎先輩みたいに全てのことを楽しめそうです」
「それは俺もそうかも。行こう」

 自然と差し出される腕をしっかりと掴んで、先輩を見つめると満足そうに口角を上げて見つめ返してくれる。幸せによって殺されるのであれば、私はもう幾度となく昇天しているであろう。
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