梟谷サイドストーリー
 先輩に言われた通り体調もしっかり管理しつつ、昼休みには何故か私の体に触れない尾長くんと社交ダンスの練習を重ね、ようやく待ちわびた土曜日がやって来た。先輩に言われて無理矢理にでも睡眠の時間はとっていたけど、昨日の夜ばかりはどうしても眠れなかった。

「なまえちゃん、欠伸多いね?」
「すみません……」
「昨日寝れなかったんでしょ〜?」
「はい……。さすがに昨日は」
「だって部活終わりに行くのに、着ていく洋服とか考えてたんでしょ? 聞いた時笑っちゃったもん!」
「その話はもう……! 恥ずかしいので……!」

 ただの買い物――その暗示は全く聞かず、意識しないようにしていることが余計意識に繋がってしまっていたのだろう。今日を迎えるまでの私を振り返ると、完全に舞い上がっていた。……買おうか迷ってたワンピース、買わなくて良かった。

「午前練を乗り越えたら待ち焦がれた時間が待ってるよ。頑張ろう」
「はい!」
「デートまでもうちょっと〜」
「デ、デートなんかじゃ……! うへへ」
「なまえちゃん、表情筋〜」
「雪絵、今日ばかりは無理だよ」
「それもそうだネ〜」

 無理です。ごめんなさい。楽しみすぎる。2人の会話すら私のお花畑な脳内には響いて来ていない。デート。もうデートだよ。最早今の時間でさえデートだ。



「ヘイヘイ! あかーし! 今日も自主練やってこうぜ!」
「すみません。今日は用事があるので、お先に失礼します」
「えー!? まじで! 用事ならしょうがねぇか! 誰か練習付き合ってくれー!」
「あー俺もムリ。帰って勉強」
「適度に動いて、適度に休む。これが俺のポリシーだ」
「俺も〜、木兎の練習付き合うの部活よりキツイからパス〜」

 木兎先輩の呼びかけに3年の先輩が全員首を横に振り帰り仕度を始める。そんな先輩方の傍らで「えー! なんだよ、みんなノリ悪くねぇか? あかーしも付き合ってくれねぇしよぉ……」といじける木兎先輩。

「みょうじ、行こうか」
「あっ、はいっ!」
「お? なまえちゃんと赤葦一緒に帰るのか? 珍しいな」
「あ、その……えと、」

 木兎先輩の疑問になんて返そう? と逡巡している私よりも先に「察しろ木兎」「これだから木兎は……」「アホだな」「ほんと、単細胞〜」「ミミズクヘッド」そんな言葉をぶつけてみせる先輩方。

「なっ……! 俺、そんなにアホなのか……? アホで間抜けで単細胞でミミズクヘッドなのか? なぁ、尾長」
「あー……いえ。そんなことは……」

 味方を失った木兎先輩が助けを求めるように尾長くんに寄りかかる。尾長くん、返事に困ってる。なんか……本当にごめん。

「みょうじ、今のうちに行こう」
「あの、でも……木兎先輩が」
「大丈夫。他のみんながなんとかするから。それに、木兎先輩の為に今から買い物に行くんだし。これくらいは良いよ」
「そう、ですかね……?」

 背中を赤葦先輩に押されつつも、気になって後ろを向くとこちらに手を振ってくれる先輩達。そんな先輩達に見送られながら、赤葦先輩と一緒に歩みを進める。……あぁ、これから待ちに待った時間がやってくるんだ……! ただの買い物って分かってるけど……私にとってはやっぱりデートなんだ。ワクワクを通り越して、ドキドキしてきた。






「あー、なまえちゃん、本当に可愛い」
「ね〜。ずっとソワソワしてるし。一生懸命に恋してる感じが可愛いよね〜」
「赤葦は幸せ者だよな。俺、なんか悔しいもん」
「サルにもそんな感情生まれんだな!?」
「木葉はいっつものその感情しかねぇもんな?」
「小見やんうるせぇ!」
「なー、お前ら帰らねぇならバレーやろーぜ!」
「……帰るぞ」
「あっ、鷲尾が帰るんなら俺も帰るわ!」
「んじゃ俺も!」
「かおり、帰りにクレープ屋寄ってかない〜?」
「おっ、良いね! 賛成! 行こう!」
「えっ、あっ、おい! なんだよ〜……俺1人ぼっちかよ」
「……お先失礼しまース」
「尾長ぁ〜」
「……な、なんでしょう?」
「お前まで俺のこと1人にするのか……?」
「…………付き合います」
「ヘイヘーイ! それでこそ俺の後輩ってモンよ!! しゃー! やるぞー!!」
「頑張れ、俺……」
prev top next



- ナノ -