愛おしさが溢れた
 2日間に及ぶ合宿も無事に終了し、烏野と春高までに合宿で会えるのはあと1回らしい。そのことを寂しく思うような、楽しみに思うような。ちょっと不思議な気持ちになりながら烏野が宮城に帰るのを見送る。

「みょうじーっ! また今度なー!」
「うん! 日向も元気でねー!」
「おう! 次会う時は新速攻ももっと完成させて来るから!」
「楽しみにしてる!」

 今回の合宿で烏野や音駒のメンバーとも仲良くなれたし、私も次の合宿までにもっとバレーの知識を深めておこう。そう思いながら、私も自分達の学校へと帰る為にスクールバスへ荷物を収納する作業へと取りかかる。



「んじゃ、クローさん。俺らも帰るわ。次はまたどっか練習試合とかで会うことになるだろうな」
「だな。そん時は今回の合宿よりも勝ち数分捕ってやるからな」
「それはこっちのセリフだっての! いつでも俺らが最強なんだからな! な! 赤葦!」
「いつでも最強かどうかは分かりません」
「赤葦たまにはノッてきて!」
「……黒尾さん。2日間色々と、お世話になりました」

 木兎の締めの言葉だといつまでも帰れないと思った赤葦が代わって挨拶を行うが、その赤葦の言葉にもどこか引っかかりを感じるものがあり、黒尾はクスリと笑みを零す。

「試合に関しては俺らのがコテンパンにやられってからなー。お世話なんて別にしてないっつーか」
「次は、次も、俺が勝ちます」
「はは、そうかよ。それは楽しみだなぁ。……ま、もっと強くなって、みょうじちゃんを春高に連れて行ってやれよな。お前が最高に格好良い瞬間を見せたら、みょうじちゃんも誰かになびくなんてこと、絶対ねぇだろ」
「言われなくてもそのつもりです。黒尾さんこそ、負けないでくださいね」
「ま、春高で戦うのを目標にお互い頑張ろうぜ」
「はい」



 荷物を片した後、スクールバスの昇降口手前で赤葦先輩と木兎先輩が帰ってくるのを待っていると、黒尾さんとの会話を終えた2人がこっちに向かって歩いてくる。

「みょうじちゃんもー! またなー!」

 2人が居るさらに向こう側で黒尾さんが私に向かって手を振ってくるから、私も振り返していると戻って来た赤葦先輩から「みょうじ。もう車出るから、早く乗りな」と腕を引っ張られバスに連れ込まれた。黒尾さんには手当てしてもらった恩もあるし、ちゃんと挨拶しておこうと座席に座ってから窓を覗き込む。目が合った黒尾さんに手を振りながら会釈をしていると、私の右隣の席が軋む音と共に重みを増した。その重みの原因を確認する為に右を向くとそこには赤葦先輩が居て、赤葦先輩も黒尾さんに向かって会釈を返してみせる。

「先輩……?」
「自分の席行こうとしたら、木兎さんから“疲れたから爆睡したい! 席貸して”って追い出されちゃって。他に空いてる場所ないから、隣座っても良い?」

 そんなの願ってもないことだ。その思いを込めて首を何度も縦に振ると「ありがとう」と笑ってくれる先輩。これは2日間合宿を頑張ったご褒美なのかもしれない。ありがとう、神様。

「あとごめん。西日が眩しいからカーテンしても良い?」
「モチロンですっ!」
「ありがとう」

 言いながら先輩自ら体を乗り出してカーテンを閉める。その距離は今まで私が体験した中で1番距離が近くて、思わず息が止まってしまう。もしかして私、この後とんでもない災難が待ち受けているとかかな。もしそうだとしてもこのご褒美は甘んじて受けよう。神様、本当にありがとう。

「あー。カーテンまで閉めちゃって。俺、ドシャット喰らってる?」
「仕方ないんじゃない? あんなこと言ってるんだし。そりゃ警戒されるでしょ」
「はー、赤葦って意外と独占欲あるのね。おもしれー」
「余計なことに口を挟むの、やめときなよ。そんな度胸ないくせに」
「なんで俺をそんなに殴んの? ま、でも確かに。変なちょっかい出した気がしないでもない」



 音駒を出て、梟谷へと向かって車を走らせている道中。隣に居る先輩は録画していたムービーを見て、今回の反省点などを復習していた。先輩の邪魔をしてはいけないと思い、私も窓側を向いて今回の合宿を思い返す。
 バレーって、特徴というか、各校それぞれに強みみたいなのがあって、相性みたいな、そういうものもある。どの試合も楽しかったけど、やっぱり自分のチームの試合を観ている時が1番面白かったかも。本当に充実した2日間だったな。あぁでもマネージャー仕事もその分大変だった。たくさんの高校が集まってる分、仕事量も倍だった。烏野の谷地さんも新人マネだって言ってたっけ。マネージャー業は疲れるけど楽しいとも。その言葉、分かるなぁ。疲れる。だけど、楽しい。……でも、確かに、ちょっとだけ……座って揺られてると……眠気が来るかも……。
 物思いに耽っていた頭が眠気という白いモヤに包まれてきだして、そのまま体もモヤに包まれる感覚が襲ってくる。そしてそのまま感覚に身を委ね、私は意識を手放した。





 トン――トン――。
 イヤホンをして動画に集中していた赤葦の耳に、イヤホンの外から小気味良いリズム音が届き、意識を動画から外す。その音は隣に座って、うたた寝をしているみょうじから発せられているものだった。窓に頭を寄りかからせ、意識を夢の中に預けているみょうじ。その頭が運転の振動で揺れている音だった。
 初めての合宿で、多少なりとも緊張していたのだろう。今になって疲れが出たらしいみょうじはその振動すらも気に留めず、深い眠りの中に居た。その姿をじっと見つめた赤葦は動画を閉じ、みょうじの頭を掬い上げて自分の左肩に寄せる。トン、と頭を預けたみょうじは1度だけ頭を動かしたが、赤葦の肩が落ち着くのか、そこからは微動だにせず、また夢の中へと落ちてゆく。そんな姿を見て赤葦は思わず笑みが零れてしまう。
 みょうじが自分を追ってバレー部に入部したであろうことは、見学の時からみょうじから送られる視線で薄々感じ取っていた。それでも、マネージャー業はしっかりとこなしているし、一生懸命取り組んでもいるので別段咎めるようなことはないと思う。それに、みょうじが入部したことによってチームはより華やかになったとも思う。みょうじが入部してくれて良かったとさえ思っている。そして、そんなみょうじが自分を見つめる時だけ他の人とは違う視線に変わることも、決して悪い気はしない。正直に言えば嬉しいと思うようになっている。優越感と言っても良いだろう。
 そんなみょうじのことを黒尾が“狙っても良いか?”と尋ねて来た時、赤葦は得も言われぬ焦燥感に襲われた。確かに、今は優越感に浸れていてもそれはみょうじの気持ちが“今の所”揺らいでいないから浸れるものであって、人の気持ちはいつ変わるか分からない。そんなことは今までの人生で何度もあった。そう考えると、今のままではいけないと思った。だからこそ赤葦は黒尾のアプローチを必死に防いでみせた。
 その結果、今自分の左肩でスヤスヤとみょうじが眠っているのであれば、自分の行動は間違っていなかったと言える。他人から見る自分はもしかしたら滑稽に映るかもしれない。いつの間にこんなにみょうじに嵌ってしまったのだろうか。みょうじが自分に惚れてくれたはずなのに。今ではどちらから惚れたのか分からないくらいだ。でも、みょうじが自分の方を向いてくれているのなら、そんなことはどうでも良いことだと、みょうじの寝顔を見て思い直す。

「みょうじ、ありがとう」

 そう囁いてみょうじの髪を梳くように撫でる赤葦の顔は、愛おしさで満ち溢れていた。赤葦の感情を知らないのは、みょうじと木兎だけ。
prev top next



- ナノ -