巻き込まれたのはどちら側?
 体育館に戻ると、赤葦先輩はドリンクホルダーを所定の位置に置いたあと作戦や改善点などの話をしに行くと言って監督のもとへと歩いて行った。先輩に手伝ってくれたお礼を告げ、目の前のコートで行われている試合に視線を移す。今は烏野対音駒の練習試合が行われている最中だ。

「シャアァァァ!」
「スマン、カバー!」
「こぉらリエーフ! 手ぇ! ちゃんと閉じる!」
「ナイスキー!」

 近くで見ると球の速さはモチロン、チームそれぞれの特徴も分かるから見ていて飽きない。烏野はバンバン無理な体勢からでもスパイクを決めていくし、音駒はそんな烏野の攻撃を粘り強く受けてみせる。でも烏野も西谷さんや澤村さんのレシーブは安定しているし、音駒も受けるばかりじゃなくて決める場所はきちんと決めにいっている。すごい、バレーってこんなに面白かったんだ――バレー部に入部してから何度目かの感想を心で抱きながら、まるで失われていた時間を取り戻すかのように食い入るように戦況を見つめていた。だから、“気を付けないと”という意識が低くなってしまっていた。

「危ない!」

 あぁ、ブロックアウトだ――月島さんの手に当たったボールは軌道を変えてコートの外へと向かってゆく。確かこういう状況をブロックアウトって言うんだったよなぁ、と本で読んだワードを思い浮かべていると、そのボールが視界の中で段々と大きくなってゆく。……もしかしてコレ、私に向かってきてる? そう理解し慌てて左手を出したものの、うまく弾くことは出来ず。ボールは左手首を直撃し、そのまま地面に落ちた。

「〜っ!」
「悪い! 大丈夫か!?」

 黒尾先輩の打ったスパイクを月島さんがブロックアウトしたことで試合が終わったらしく、ホイッスルが鳴るなり黒尾さんが慌てて駆け寄って来る。遠くで様子を窺う月島くんにも手を挙げ大丈夫だと告げつつ黒尾さんにも「すみません」と返事をする。その間にも手首はビリビリと痺れていて、バレー部員の力強さを思い知る。ワンタッチされたボールだったのに。てかあれを普通に受ける月島くん凄すぎない?

「試合に集中しすぎて避けるの忘れてました……」
「みょうじっ!」

 戻って来た赤葦先輩が私の姿を見るなり珍しくビックリした表情を浮かべてやってくる。ビックリというか、慌てるといった表情なのを見て申し訳ない気持ちになる。私がもっとサラっと躱せたら良かっただけの話なのに。

「手、赤くなってる。大丈夫? 痛む?」
「いえっ、ほんとに平気です。自業自得なので気にしないでください。ちょっと冷やせばすぐに治りますから」
「駄目。こういうのはちゃんと手当てしないと。木兎さん、俺保健室に「コラコラ、あかーしくん。心配する気持ちは分かるけど、ここは俺が付き添うから。きみは試合に出なさいっての」
「ですが、」
「手当ては誰でも出来るけど、梟谷のセッターは赤葦にしか出来ないデショ」
「……すみません。黒尾さん、みょうじをお願いします」

 そう言って黒尾さんに頭を下げた後、一瞬だけ目線を私に寄越してからコートへと入っていく赤葦先輩。自分がヘマしたせいで先輩にあんな表情をさせてしまうなんて。本当に情けない……。

「なまえちゃん、そんなにヘコまないで。手当てしたら腫れは引くと思うから。早く保健室に行っておいで」
「かおり先輩、すみません」
「なまえちゃん、大丈夫? ドリンクは私達が作っとくから、ゆっくり手当てしてきなね〜」
「雪絵先輩も……本当にすみませんっ」
「じゃあ行こうか、みょうじちゃん」
「……お願いします」



 保健室に辿り着き、湿布と包帯を取り出した黒尾さんによってそれらが手際良く私の左手首に巻かれる。最後にキュッと包帯を結び、「オペ完了」と発する黒尾さんにお礼を言うと、ニッコリと笑ってくれる。

「俺の方こそ打つ場所ミスったせいでみょうじちゃんに怪我させちまってごめんな? 早く腫れ引くといんだけど」
「こんなに手厚く手当てしてもらったんで、大丈夫です。それにそこまで痛みもないですし」
「それならいーんだけど」

 そう言ってもう1度笑いながら黒尾さんは向かいの椅子に腰掛け「みょうじちゃん、バレー好きか?」と問うてくる。その質問に「はい!」と力強く返すと、黒尾さんは満足そうに笑う。

「マネージャーになって、試合を観てこんなにも面白いスポーツだったんだってビックリしました! かおり先輩も雪絵先輩も優しくて、入って良かったって思ってます」
「へぇ。ってことは、マネになってから面白いって思ったってこと?」
「そう、なりますね」
「じゃあマネになろうって思ったのなんで?」
「それは……」

 話していくうちに黒尾さんがある疑問に辿り着き、その疑問を向けられ返球にまごついてしまう。なんで――その疑問の答えは“赤葦先輩”に辿り着く。でも、その答えを自ら言うのは少し恥ずかしい。どう答えようかと考えていると、目の前に座る黒尾さんの表情がいつの日か用具室で見たかおり先輩たちと同じ表情へと変ってゆく。

「赤葦か?」
「へあ!?」

 黒尾さんの口から次いで出てきた言葉もかおり先輩と同じもの。答えになっていない返事をした私に、黒尾さんは確信を得てしまったようだ。こうなると何も取り繕えないことはかおり先輩達で実体験済みである。

「そんなに分かり易いんですかね……私」
「分かり易いといえば分かり易いケド。……まぁでも分かり易いのはみょうじちゃんだけじゃないっていうか」
「えっと……それはどういう……?」
「ん? そりゃあ「みょうじっ!」

 気になる言葉の続きを待っているとたった今黒尾さんの口から出た人物の声が入り口から聞こえ、反射的に振り返る。今試合中のハズじゃ……。

「おー、もう試合終わったのか? はえーな。もしかしてわざと負けたんじゃねぇだろうな?」
「まさか。勝ってきました。それよりみょうじ。手は?」
「この通り、黒尾さんのおかげで無事に手当ても完了しました。先輩、迷惑かけてすみませんでした」
「帰りが遅いから心配したよ」
「あっ、私次の試合得点係だ! 私、先に帰ってますね! 黒尾さん、ありがとうございました」
「おー。マネ業頑張ってな。俺らもすぐに戻るわ」
「はいっ! 赤葦先輩、迎え来てくれたのにすみません。お先です」
「転けないようにね」

 本当は黒尾さんが言いかけた言葉の続きが気になるけど、赤葦先輩が居るのに聞けないし、何よりこれ以上先輩達に迷惑はかけられない。切り替え大事。



「ウチのみょうじが迷惑かけたみたいで。すみませんでした」
「いや? 全然」
「次からは俺がちゃんと面倒見ますんで」
「おー怖いねぇ。みょうじちゃんの保護者さんは」
「そういう類いのものではないです」
「じゃあナニ? 恋人?」
「まだ、違います」
「へー、じゃあ俺が狙っても良いってこと?」
「……本気で言ってないですよね? 冷やかしはやめてください」
「へー、冷やかされてる自覚あるんだ??」
 
 黒尾は目の前に居る、普段は何があっても滅多に動じることのない男がこんなにも分かり易く動揺していることが楽しくてしょうがない。先程みょうじに言ったように、分かり易いのはみょうじだけではないと赤葦を見て心の中で口角を歪める。そういう部分がお似合いでもあるという思いは、黙っておいた方が面白そうなので胸の中に留めておく。

「クロ、次試合始まるよ。早く」
「おー悪ィ。すぐ行く。赤葦も次も試合あんだろ? 早く来いよー」
「……はい」

 そう言って普段どおりの態度を取り繕ってみせる赤葦に見えないようにニヤリと口角を上げていると、「クロって趣味悪いよね」と呼び戻しにきた孤爪から呆れたような声をかけられた。

「そうか?」
「うん。あの2人の間に入っていく気なんてないくせに。それなのに“狙っても良いか?”なんて。悪趣味の極みだと思うけど」
「研磨……お前そんな所から居たのか?」
「面白そうだったから。黙ってみてた」
「はっ、お前も悪趣味じゃねぇか!」
「クロには言われたくない」
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