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 部活が始まる時間帯というのはお腹が空く時間帯でもある。現に私のお腹は空腹を訴えて、一生懸命に音で知らせてくる。……大体、自分の体の事なんだからイチイチ鳴らさなくても分かってるっていうのに。その音がまた空腹の呼び水となっている事を自分のお腹に教えてあげたい。要約すると私は今凄くお腹が減っているという事だ。

「……お腹空いた」

 思わず口から出た本音は単なる事実認識をさせられただけで、余計に空腹を実感するハメになるだけだった。口にも教えてあげないとダメかな。そんな事を頭の端で思いながら部活を始める準備をしている時だった。

「……っす」

 京谷がなんて言ったか聞き取れないくらいの挨拶を行いながら体育館を横切って部室に行こうとしていた。いつもだったら「お疲れ」と声をかけるだけだけど、今日は思わず「待った!」と呼び止めてしまっていた。

「んだよ」

 眉根を寄せて思いっきり怪訝そうな顔を浮かべる京谷。そんなにガンつけなくても良いじゃん、と思いはするもののそんな思いは直ぐに吹っ飛んでいき、京谷の手首にぶら下がるビニール袋の中身へと思いを馳せ、京谷のもとへと向かう。

「ねぇ、今手に持ってるのって、“新!かりゃあげ君”?」
「……」
「厚かましいのを承知で言う! 1個欲しい!」
「あ?」
「それ、新発売のやつでしょ? 私すっごく食べたくって! しかも今お腹空いて死にそうで……。お願い! ハミマのチキン買って返すから! ね?」
「ダメだ」
「えぇ! 京谷のケチ!」
「自分の分は自分で買え」

 京谷の言葉はもっともだ。もっともだけど。今から部活だし、買いに行きたくても買いに行けないし。それに新から私すっごく楽しみにしてたんだもん。それが今空腹状態で目の前にあるってなったらどうしても食べたいに決まってるじゃん。大体、1個くらいくれたって良いじゃん。減るもんじゃないんだし。……って、減るもんではあるか。

「どうしても?」
「うぜぇ」

 他人のモノだから、これ以上強請ると本当にうざいヤツだ。私のダメ押しすらも跳ね返す京谷に、諦めるしかないかという思いが沸きあがる。萎んでいく気持ちを胸に抱えて、仕事へと戻ろうとしていると、がさごそと袋を漁り、新からを取り出す京谷。え。もしかして……。京谷……!

「もしかし! て……」

 期待で膨らみを取り戻していた気持ちを新からを刺した爪楊枝でいとも簡単に刺されてしまう。もしかして1個くれるのかも、と思った私を見ながら京谷は爪楊枝を自分の口へと運んだ。その顔つきといったら。勝ち誇ったような、見下したような。そんな顔で。

「ひっどい!」
「ふん」

 私の非難を負け犬の遠吠えとでも言いたげに鼻で笑う京谷。あったま来た。

「あっ! お前っ!」

 もう1個の新からに爪楊枝を刺して、口に運ぼうとするその手を掴んで、そのまま私の口に運んで、新からを強奪してやる。どうですか、負け犬にほえ面をかかされた気分は。あぁ、新から、めちゃくちゃ美味しい。お腹に沁みる。

「てめぇ……」
「うへへ。これめっちゃ美味しいね! ご馳走様!」
「……ハミチキ、絶対奢れよ」
「え? なんの事?」
「うぜぇ」
「ごめんごめん、嘘だって。約束。今日の帰り、奢らせて頂きます」
「絶対だからな」
「カシコマリマシタ!」

 京谷の凄む顔を前に平伏す様に頭を垂れる。だって京谷の顔マジデコワイ。食べ物の恨みは怖いからなぁ。

「はーい、そこの2人。デートの約束するのは良いんだけどさ。部活、始まるよ〜?」
「及川先輩っ! すみません、直ぐ行きます!」
「デ!? 別にそんなんじゃ!」
「京谷、早く着替えに……って、ん? 顔、どうしたの?」
「別になんでもねぇ!」

 及川先輩の注意に京谷は尚も噛み付こうとするから、それを制そうとすると京谷の顔つきがいつもと違う事にが付く。それを指摘するとバツが悪そうに舌打ちをお見舞いしながら部室へと歩いて行く京谷。

「ん? アイツ、なんかおかしくなかったですか?」
「ん〜? どうだろう? おいかーさんは良く分からない。けど、さっきの狂犬ちゃんは見てて面白かったよね」
「へっ? そうですか?」
「うん。すっごく。可愛い所あんじゃん、って思ったね、俺は」
「及川先輩は京谷の事結構受け入れてくれるから助かります。他の皆もそう思ってくれるといいんですけどね」
「なまえちゃんが居れば大丈夫なんじゃない?」
「え? どういう事ですか?」
「さぁね。そのうち分かるよ。よし、今日も頑張りますか!」
「?? はいっ!」

 及川先輩の言葉の意味が良く分からなかったけど、及川先輩が大丈夫って言うんなら、多分大丈夫なんだろう。

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