うざくて可愛い

 部活の一環で行われていた練習試合も1セットが終わり、及川先輩の「10分休憩したら次のセット開始するからね〜」という呼びかけによって、コートに居たメンバーが私の下へと集まってくる。

「お疲れでーす」

 労いの言葉と共に各々にタオルやドリンクを手渡していく私。私の差し出す言葉や物を「おう」とか「サンキュー」といった言葉と共に受け取る部員。部員と私との間で行われていたルーティンが1人の人物によって途切れてしまう。

「京谷もお疲れ」
「……要らねぇ」

 その人物とは8月末から戻ってきて、チームの一員となった京谷で。戻って来たは良いものの、京谷はチームに馴染めないままだった。と、いうか京谷本人にその気がないように思える。

「水分補給はちゃんとしとかないと! ね?」
「要らねぇっつってんだろうが」
「意地張らない! ほら!」

 グリグリとドリンクホルダーを京谷の体に押し付けると「うぜぇ!」と威嚇しながらそのドリンホルダーを奪い取っていく。そしてそのドリンクホルダーを持ったまま外へと出て行く京谷。

「あいつほんとまじで……」
「矢巾くん。……強情だよねぇ、京谷って」
「みょうじさん、腹立たない?」
「うーん。腹立つ、立たないでいうと、腹は立つけど。そういうヤツだからねぇ、京谷は」
「ふぅん。みょうじさんは優しいなぁ」
「矢巾くんこそ、なんかゴメンね?」
「なんでみょうじさんが謝んのさ。気にしなくていいよ。悪いのは京谷なんだから」

 矢巾くんの言葉に曖昧に笑って、コートのワイピング作業へと取り掛かる。



 京谷が青城のバレー部に戻って来たのは私が京谷を連れ戻したからだ。京谷のあの性格は、入学当初から先輩との軋轢を生んだ。京谷はプレーは確かに上手かったし、他人に指摘する事も的確だった。しかし、言い方がとても不味く、結果として先輩からも同級生からも孤立してしまい、部活に顔を出す事は次第に無くなっていった。そのまま私達が1年の時に居た3年は卒業して、及川先輩達が最上級生となってからも京谷は半年以上姿を見せなかった。
 勝手に出しゃばるのは良くない事と分かっていた。それでも、IHで白鳥沢に負けて、春高だけが今居る3年生と一緒に出場出来る全国大会となった今、京谷の力が必要だと思った。青城は今のままでも充分強い。だけど、このままでいくとまた白鳥沢に負けてしまうかもしれない。だから私は、京谷が居る町民体育館を訪れて、説得して京谷を連れ戻した。だからこそ、京谷がこうやってチームに溶け込めないのをみると、罪悪感を感じてしまうのだ。

「アイツは本当に強情だねぇ。まさに狂犬って感じ?」
「及川先輩……。すみません、チームの雰囲気悪くしちゃって」
「大丈夫だよ。本当にマズい時は俺ら3年がどうにかするからさ」
「……ありがとうございます」
「安心して? 岩ちゃんが居るんだよ? だから、ね?」
「まあ、確かに」
「それにさ、狂犬ちゃんも全く練習してきてないって訳じゃ無いみたいだし。戦力には違い無いよ。なまえちゃん、連れ戻してくれてありがとうね」
「そう言って貰えるとありがたいです」
「うん。じゃあなまえちゃん、悪いんだけどそろそろ次の試合始めるからさ、狂犬ちゃん呼び戻して貰っても良いかな?」
「はい!」

 及川先輩に励ましの言葉を貰って、気を取り直した私は出て行った京谷を探す為に体育館を後にした。



「あ、居た。京谷、次の試合始まるって!」
「……次俺が出る番じゃねぇだろ」
「でもアンタ得点係だから」
「行かねぇ」
「もー。駄々捏ねるの止めてよ。部活に参加する以上はコート以外でも働かなきゃ」
「うぜぇ」

 体育館裏に座り込んでいた京谷を見つけ、声をかけるけど、こっちを見もしないで突き放すような言葉を返される。京谷はあくまでも一匹狼を気取りたいようだ。

「私、責任感じてるんだよ。京谷のこと呼び戻したの私だし。せっかく部活に戻ったんだからさ、部活らしい事しようよ。やってみたら楽しいかもじゃん」
「じゃあお前がやれ」
「なんでそう捻くれるかなぁ〜。京谷だって私の説得に納得したからここに居るんでしょ? だったらもうちょっと皆とうまくやって欲しいんだけどなぁ」
「……お前」
「ん?」
「なんでそんなに一生懸命なんだ? 見ててうざい」
「うざいって……。ひっどいなぁ。だってさ、京谷ってバレー好きでしょ? そこは見てたら分かる。バレーってさ、チームプレーの競技じゃん? 京谷には皆と協力して、もっと楽しいって思えるバレーをして欲しいし、そうする事でチームが強くなるから。だから、私は京谷に協力して欲しいって思ってる」
「……周りの為に、とかそういうの、やっぱうざいわ」

 グサリと突き刺すような言葉を投げかけてくるけれど、のそりと立ち上がって歩く京谷の足は体育館へと向いているから、思わず口元が緩んでしまう。素直じゃないんだよなぁ、京谷って。説得をしに行った時も「うざい」と言い放って去っていかれて、ダメかと思った次の日に京谷は顔を出してくれた。
 うざいうざいと言いながらも、応えてくれる京谷には感謝する気持ちだってある。だから、私は本心で京谷と皆がうまくいって欲しいと思ってる。その為にはまず、私が京谷に向きあう必要があるんだ。京谷がチームを見てくれるように。チームの皆が京谷を見てくれるように。私はそのキッカケとなりたい。

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