倉持番外編の話有り


「よーちゃん! 遊ぼう!」

 懐かしい声を思い出して今アイツ、どうしてっかな。なんて物思いに耽る。そーいや、昔良く公園でキャッチボールしたっけな。アイツ、全然うまくなんなくて。キャチボールなんていえたものじゃ無かったけど。それが妙に楽しくて。毎日アイツと遊んで、泥だらけになって、笑ってばっかの毎日だった。



 中学に入ると気難しい時期っつーか。なんつーか。なまえから「洋ちゃん」って呼ばれるのがむず痒くて。「洋ちゃん」と話しかけてくるなまえに「その呼び方止めろ!」って良く怒ったっけな。
 それでもアイツは無意識なのか知らねぇけど、俺の事「洋ちゃん」って呼ぶのをやめなかった。周りの奴らから「洋ちゃんとみょうじ、出来てんの?」とかいじられるし、何度「幼馴染だっつてんだろ」と言ってもあの年頃の男ってのは誰かと誰かを何故かくっ付けたがるしで、こっ恥ずかしい思いをさせられたモンだ。
 それでも2人でバカやって帰る時間は楽しかったし、なまえから「洋ちゃん」と呼ばれるのは何か心地良いし、なんだかんだで好きな時間だった。そういえば、あん時「甲子園がどんなモンが見せてやる」って約束したんだっけな。なまえは「洋ちゃんってロマンチスト?」とかバカにしてきたけど。「頑張ろうかな」と答えるなまえの顔は夕日に照らされて、いつもより綺麗だった。

……約束叶えられないまま東京に来ちまったな。



 その約束をしてから数ヵ月後、俺はちょっとした事件を起こして推薦の話を白紙にしてしまった。自分のやった事には今でも後悔してねぇ。だけど、俺がなまえに一緒に行こうと言っていた高校に一般で行くには、俺の頭じゃ到底無理なレベルだったし、こんな事件起こした俺が受験しても受かるかも危うい状態だった。あんな風に格好付けて言った手前、なまえに合わせる顔が無くて自然となまえを避ける様になっていった。……ほんと、格好悪ぃ。



 そっからの毎日は辛かった記憶しかねえ。ずっと続けられると思ってた野球が出来るかも分かんねぇ、憧れだった稼頭央の様な選手になる夢すらも叶えらんねぇかもしれない。そんな事、考えた事も無かったし、俺の人生から野球を取ったら何が残んだ? って。毎日、色味の無い生活を過ごしてた。



「あなたならなれるわ。青道のリードオフマンに」

 その言葉が俺の生活に色を取り戻してくれた。これで、野球が続けられる! その事が嬉しくて、嬉しくて堪らなかった。まずは心配してくれたやつらに報告して、んでそっからなまえにも報告してやらねーと! それと、なまえにきちんと謝りてぇ。そう思って、暫く顔を出してない部室へと足を進めた。



“ぶっちゃけ、他の高校行ってくれた方が助かるよな”
“付き合うのしんどいって”

 あはは、そうだよな……。結局、皆にとって俺は他人でしかねぇよな。何1人で浮かれてんだ……俺。アイツにとっても俺なんてそんなモンだよな。……甲子園なんて。たかが野球なんて。



 あん時の俺は本当に腐ってた。結局なまえと話す事も、会う事も無く東京に来ちまった。青道に来た事は間違いじゃ無かったと思ってる。どいつもこいつもギラギラしてて、野球に対してクソ真面目で、バカばっかで。

 失ってた野球に対する気持ちも取り戻せた。中学と違って尊敬できる先輩も出来たし、それなりに信頼できる仲間も出来た。(ムカつく奴も居るけど)だからこそ、なまえの事だけが気がかりで。

 アイツ、俺と約束した高校に進学したんだっけ。人伝いでしかなまえの事は知らない。……結局約束叶える事も出来なけりゃ、謝る事も出来てねぇな。もし、またどこかで会えるのなら。

 今度こそ逃げずに向かいあいてぇ。

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