あれから、2年の月日が経って、季節も巡りめぐって、もう12月。私はあの約束の日から頑張って勉強して、なんとか洋ちゃんと約束した高校に進学する事が出来た。
 授業に着いていくのでさえ、大変だけどそれでも私はどうしても野球から離れた生活をしたくなくて。野球部のマネージャーとしても毎日を慌しく過ごしていた。洋ちゃんが行った青道は部員数も多くて、レギュラーに入るのでさえ大変だって聞いてる。
 そんな中でも洋ちゃんなら絶対レギュラー勝ち取ってるに違いない。だって、色んな選手を見てきたけれど、洋ちゃんが1番だって今でも思う。

 洋ちゃん、今年は帰ってくるのかな? 高校生になってから洋ちゃんは一度もこっちに帰って来ていない。元気にしてるかな……。



 キツい冬の練習もようやく終わり、明日から休みに入る。「疲れた……」学校が冬休みになっても朝早くから学校に行き、クタクタになって帰る道。昔はこの帰り道が楽しくて楽しくて。大好きだったなぁ……。昔を思い出して星がちらほらと瞬きだした空に向かって白い息を投げる。

 洋ちゃん、今何してるの? 元気にしてる? 風邪引いてない? 

――洋ちゃんに会いたい。



―洋一くん、帰って来るって! 今洋一くんママからラインがあったわよ

 おせち料理の買い足しを頼まれたスーパーからの帰り道に届いたお母さんからのラインに胸がドクンと大きく脈を打つのが分かった。

―洋一くんママ、「あの子ったら、ほんと急なんだから!」って怒ってた

 続けて届いたラインに“そうなんだ”とだけ返信し、携帯の画面を消す。……ほんとだよ、洋ちゃん、急だよ。そりゃ会いたくて会いたくて堪らなかったけど、心の準備ってものがあるんだよ。

 洋ちゃんに対してブツブツと心の中で文句を言うけれど、足早に歩く帰り道は昔の様にドキドキがとまらなかった。帰ったらまずちゃんとした洋服に着替えて、それから軽くメイクもしよう。こんなだらしない格好では会えない。いつしか頭の中では家に帰ってからする事リストを組み立てていて。考る事に集中していたみたいで、いつの間にか団地の公園まで辿り着いていて、はっとする。

 こんな所まで来てた……。てか、ここ。懐かしいなぁ。洋ちゃんと良くキャッチボールしたんだっけ。

 最近はめっきり顔を出すことも無くなってしまった公園。ここも私にとって思い出深い場所。そしてあの夜、洋ちゃんから逃げた場所。しばらく公園をじっ、と見つめていると「あ、」と漏れる声が聞こえて、ふっとそっちを見る。

「洋、ちゃん……?」

 え、どうして……なんでもうここに居るの……。聞きたい事は沢山あるのに、言葉が口から出て行かない。私と洋ちゃんの間を寒い風と共に沈黙が流れる。

「その、元気……だったか?」

 沈黙を破ったのは洋ちゃんで。

「あ、えと……うん」
「……そっか」

 短い言葉を交わした後、洋ちゃんは意を決した様に白い息を吐き出し、「あのよ……良かったら、あっこで座って話さね?」そう言いながら昔よく遊んだブランコを指差す。

「う、ん」

 さっきから、私“うん”しか言ってない。ちゃんと。ちゃんと話さないと。洋ちゃんから逃げずに。



「ほら」
「ありがとう」

 ブランコの傍に荷物を置くなり、「ちょい待ってろ」とどこかへ行ってしまった洋ちゃんが戻って来たかと思ったらその両手にはミルクココアが2つ。……洋ちゃん、今でも甘いのが好きなんだな、なんて口が緩む。

「学校、あっこに行ってんだってな」
「うん。野球部のマネもしてる」
「……そうか。野球部のマネとかキツイだろ? ウチにもマネ居るけど、毎日大変そうだし」
「まぁ、それなりにね。でも、野球好きだし。楽しいよ」

 ちょっとぎこちないけれど、こうやって洋ちゃんとまた話せる事が嬉しくて。あぁ、今隣に洋ちゃんが居るんだ。夢みたい。なんて洋ちゃんの事を考えていると「悪かった」と唐突に謝ってくる洋ちゃんに目を見開く。

「俺、なまえにあんなでっけぇ事言ったクセにその約束叶える事も出来てねぇし、それにずっと謝れて無かった」

 だから、本当に悪い。もう一度今度は目を見つめて謝ってくる洋ちゃんに、私は堪らなくなってしまった。

「な、んで……。なんで謝るの。……謝るのは私の方だよ……」

 目から溢れてくる涙に洋ちゃんの姿はぼやかされ、こみ上げてくる気持ちに言葉は押しつぶされて。

「私っ、洋ちゃんが辛い思いしてる時、何にも声かけてあげれなかった……っ。逃げたのっ、私。洋ちゃんから、逃げた……っ! ごめん、ごめんね、洋ちゃん……!」

 本当はこんな風に泣いてばっかじゃなくて、ちゃんとしっかりと謝りたいのに。一度溢れた涙と気持ちはもう止まってはくれなくて。……これじゃ洋ちゃんを困らせちゃう。そう思ってゴシゴシと腕で目を擦っているとマメだらけで、ゴツゴツとしていて、それでいて温かい手にガッシリと掴まれる。

「泣くなよ。……頼むから」
「ご、ごめっ、」
「なまえに泣かれるのはきついんだわ」
「えっ、」
「お前に会わせる顔がねぇって勝手に理由付けて逃げたのは俺の方だ。お前は何も悪くない。だから、そうやって自分を責めて泣くのはやめてくれ」

 あぁ、思い出した。昔、泣いた時こうやって洋ちゃんから良く腕掴まれて“泣くな!”って怒られてたな。ふいに小さい頃の記憶が蘇って来て「……ふはっ」と吹き出してしまう。

「なっ!? お前、泣いてたかと思いきや今度は笑うのかよ!?」
「ごめん、ごめん。昔もこうやって洋ちゃんから怒られてたなぁって」
「俺、怒ってねぇし!」
「あはは、そうだね」
「ったく、人が意を決して謝ったってのによー」
「ごめんごめん」
「お前がごめんを2回を言う時、本当に思ってない時だろ」
「っ!」
「やっぱりな。なまえのクセだぞ。それ」
「うっそだー!」
「ヒャハ! マジだって!」

 良かった。洋ちゃんとまた前みたいに笑える日が来るなんて。2年の隙間なんて会ってしまえばあっという間に埋めてしまえるのだから、やっぱり洋ちゃんは凄い。

「こっちにはいつまで居るの?」
「そんなには。年明けてから直ぐ帰る」
「……そっか。じゃあ、帰る日見送るね」
「や、いいよ別に」
「いいの! 私が見送りたいの!」
「……お前、強くなったな」

 ジト目で見つめてくる洋ちゃんの肩を軽く叩く。そしたら洋ちゃん「いってぇ!」だって。大袈裟。そんな洋ちゃんに笑って。そしたら洋ちゃんも笑って。そんな楽しい時間を久々に過ごした。だいぶ暗くなってきたし、今日はそこでお別れした。洋ちゃんに会って話せて本当に良かった。洋服もメイクも何にも出来てなかったけど、もうどうでもいい。今はもう全てがキラキラ輝いて見える。

 その数十分後“遅い!”とお母さんに叱られた事を除いて。



 洋ちゃんが東京に帰る日。私は前みたいな事にならない様にお気に入りの洋服を着て、メイクもきちんとして洋ちゃんとの待ち合わせ場所に向かった。

「見送りなんてホントいいっつーのに」
「だから、私が洋ちゃんの事を見送りたいの!」
「そーかよ」
「そう!」
「……てか、お前、今日のその服……なんつーか、その……似合ってる」

 そんな言葉が洋ちゃんの口から出てくるなんて……! それだけで朝から気合入れた甲斐があるよ、洋ちゃん。

「ありがとうとか言えよ……」
「あ、ありがとう! 洋ちゃんにそう言って貰えて嬉しい」
「……」

 や、洋ちゃんこそ何か言って? 何この恥ずかしい空間。

「あっ! てか青道、甲子園行くんでしょ?」
「おう! 秋大優勝したからな!」
「凄いなぁ! おめでとう! 頑張ってね!」
「……あの、よ」

 ぼそりと言葉を吐く洋ちゃんにハテナを浮かべて待つ。

「良かったら、応援、来てくんねーか。ちゃんと約束を叶える事はできねぇけど、甲子園。なまえにどんなモンか見て欲しい」
「え、応援、行っても良いの?」
「なまえに来て貰えるなら、俺は100%以上の力を出せる気がする」

 洋ちゃんなりにあの約束、叶えようとしてくれてる事が嬉しくて。ついつい口が緩んでしまいそうになるのを必死で隠す。

「分かった。応援、絶対行くから。甲子園で活躍する洋ちゃんの姿、目に焼き付けて帰る!」

 そう力強く笑ってみせると洋ちゃんは「おう!」と眩しい笑顔を返してくれた。

 甲子園、応援行くから。頑張れ、洋ちゃん。



 太陽が熱く照り、マウンドを、グラウンドを、そしてこの甲子園を見つめる。そーいやなまえと初めてキャッチボールしたあの日もこんな天気だったけな。そんな遠い日を思いつつ、俺は甲子園のグラウンドに立つ。応援に来てくれてるなまえに恥ずかしい所は見せらんねぇ。そう自分に喝を入れて前を見据える。

「ヒャハ! いこーぜ!」


――プレイボール!

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