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次の日、机に座ってると前と同じようにぬっと現れた京谷にビックリする。
「あ、京谷昨日はごめ「今度の日曜、試合11時。体育館」
「え?」
それだけ言うと去って行く京谷にポカンとする。
「来いって事……?」
いつも簡潔に話す京谷だけど、今回のはちょっと意図が掴めない。とりあえず、今週の日曜日に体育館に来いって事かな?
それから数日経った頃、5組の矢巾君に呼び止められる。
「ねぇ、みょうじさん。最近京谷が部活すげぇやる気なんだけど。遅れて来ないし。クラスで何かあった?」
そう聞かれ、思い返すけど特に変わった様子は無い。いつも通りの無愛想で仏頂面だ。
「特には……。ただ、今度の日曜の試合? に誘われたかな?」
「……ええ!」
京谷に関連した出来事を話すと大声をあげて驚く矢巾君。その反応に今度は私が驚いた。
「アイツが……試合に……」
ぶつぶつと呟く矢巾君を不思議に思っていると後ろから物凄い威圧感が。私の後ろに目線を向けた矢巾君の顔がちょっと引きつったかと思ったら「あー、なるほど〜。理由分かったわ、ありがとう、みょうじさん〜!」口早にお礼を告げて去って行ってしまった。
あ、行っちゃった。試合があるか確認したかったのに。私も教室帰ろう。そう思って、バッと後ろを振り返ると凄い顔をした京谷が。
「わぁ! そんな顔してたらビックリするでしょ!」
嗜める声に、ふんっと鼻を鳴らしてソッポを向く京谷。……あれ、なんか今の感じ、見たことあるな。なんだったけ……。考えているうちに予鈴が鳴って思考を中断させる。
「ほら、授業始まるし、行こ!」
そう急かすと後ろからだらだらと着いて来る京谷。うぅ〜ん、やっぱ何かに似てる……。
「あれ、今日は居ないんだ……」
いつも通りの時間に公園に来たけど、京谷の姿が見当たらない。待ち合わせしてる訳でも無いし、部活が長引いてるんだろうと思って通り過ぎようとするけど、タロウがお座りしたまま動かない。
「ほら、行くよ」
リードを引っ張って急かしても、ふんっと鼻を鳴らしてソッポを向くだけ。…………あ! 京谷とタロウ! 似てる!!
ふは、やばい。そう言えば京谷って犬っぽい。それも狂犬。名前も京谷賢太郎だし。なんて1人納得して笑いつつ、動く気配の無いタロウを見てベンチでちょっとだけ京谷を待つことにした。
ベンチに座って数十分すると、京谷の姿が。しっぽを振って駆け出すタロウの後に続く。しゃがんでタロウを撫でる京谷に「試合、頑張ってね。応援、行くから」そう告げると顔を一瞬だけこちらに向けて直ぐに反らす。
「……たりめーだろ」
「ふふ、そうだね。勝負だもんね」
「……試合勝ったら、今度犬連れてどっか行かね?」
まさかのお誘いに言葉が出ず固まってしまった。困ってると思わせてしまったのか「やなら良い」と立ち上がって背を向ける京谷。
「い、行く! 勝たなくても行く!」
しまった。思わず喰い気味に言ってしまった。勢い良く口から飛びだした言葉に口を押さえる。
「言ったからには勝つ」
そう力強く言葉を発し、去って行く京谷の背中を呆然と眺めながら「格好良い……」思わず溢れてしまった本音。
日曜の試合は青城の圧勝だった。周りは「及川さーん!」「及川さん格好良い!」とか及川先輩に対する黄色い声援ばかりだったけど、正直私は及川先輩の事なんて目にも入らなかった。
「……京谷ってあんなに格好良かったの」
私の目はコートを自在に暴れまわる京谷ばかりを追っていた。
その後、約束通り京谷とタロウとドッグランに来た。他の犬も何故か京谷に懐いて、京谷の周りに犬が集まって走り回る犬が居なくなったり、京谷が逃げる為に走ると犬達も追いかけて走り出したりと笑い転げる事ばかりでとても楽しかった。……こんな楽しい時間が、ずっと続けば良いのに。
その帰り道、疲れて腕の中で眠るタロウを抱えた京谷と二人で歩く。
「今日は凄く楽しかった。誘ってくれてありがとう」
「……なぁ」
「ん?」
「お前が良かったら、これからも2人で色んなとこ行きてぇんだけど」
えっと、それって……頭で答えが出る前に「俺、お前が好き」と告げられる。
「……も」
「は?」
「私も京谷が好き」
「え」
固まる京谷に笑ってしまう。
「なっ、笑うとこじゃねぇだろ!」
ムキになってる。こういう所、すっごく可愛いなぁ。
「初めは怖いし、関わりたくないなあって人だった。だけど、犬好きなんだな。あ、この人犬っぽいな、可愛いな、ってなって……。気が付けば好きになってた」
「だから私と付き合って下さい」
目を見て真っ直ぐ伝えると、「俺が告白したんだべや」京谷も少し笑う。
「あ、その顔。やっぱ好き」
顔を覗き込むとずいっと反らされる。その反応が面白くて、尚も顔を近付けるとバチっと目が合う。
「あ……」
思ったより顔が近くて、その距離のまま固まってると近付いてくる顔。思わず目を瞑って待ち構えるけど、何時まで経っても唇が触れ合う事が無くて、チラッと目を開けると京谷と私の間に居たタロウがいつの間にか起きて京谷の顔をペロペロと舐めている。
「……まだ駄目って事か」
タロウに問い掛ける京谷に「はは……そうみたい」私もつい笑ってしまう。今回は少し邪魔されちゃったけど、京谷と接するきっかけをくれたタロウには感謝してる。
「これから色んな思い出を二人で作って行こうね」
そう笑いかけると、少し恥ずかしそうに「……おう」って答えてくれる京谷が堪らなく好きだって思う。
そんな大好きな人と思いが通じ合う事は奇跡だと夕日が眩しいと感じながら歩く帰り道にしみじみと思う。
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