重なりあう時間 | ナノ
屋島編 伍





玖拾肆話
 肩が凝ってしょうがないのは肩に力を入れて生きているからだということ






総門までたどり着くと、九郎が渋い顔をし始めた。


「平家の連中、随分固い陣を敷いているな」
「当然でしょうね。ここが、行宮を守る防衛戦ですからね」


そんな九郎とは裏腹に、いつものように何を考えているか分からない表情の弁慶が、同意した。
さすがに今は、普段のように笑顔ではないが、その顔には余裕があるようにも感じられる。
まぁ、軍師がそうでなければ、部下にも不安が広まってしまうが。


「さて、どこから崩しましょうか」


まるで、遊びを始める合図のように軽い声。
浅水は思わずぎょっとして、弁慶を振り返った。
顔は笑っているが、目が笑っていない。
そんな弁慶の様子に、数歩、離れる。
自分が知っている限り、ああいう顔をする弁慶はろくなことを考えていない──さすがに戦でそんなことはしないだろうが。


「荒法師のときの弁慶って、多分あんな感じだったんだよね……」
「同感だね」


独り言のはずだったのに、それに同意され、あれ?と声のした方を振り返る。
すると、すぐ後ろに見えるヒノエの姿。


「ヒノエ」
「九郎のヤツ、ホントめでたい頭してるよ。ずっと一緒にいて、弁慶の恐ろしさを知ってるはずなのに」
「まぁ、そこが九郎なんでしょ」


九郎についてはあえて、あまり深く言わなかった。
というより、言えなかった。が正しい。
何せ、口を開けばお互いに口論になってしまうから、九郎のことはよく知らないのだ。


「それじゃ、一気に攻め込みますよ」


前を見れば、すでに九郎たちが戦闘準備を始めていた。
未だに浅水のことを心配するヒノエを宥め、自分も小太刀を抜く。
生者と怨霊。
現れる二つの敵。
浅水が刃を交えたのは、怨霊の方だった。
生者の方は敢えて他の人に任せる。
やはり、いくら戦い方を覚えたとはいえ、生きている人と命の遣り取りをする勇気が出なかった。


「よし、総門の守りは崩した!行宮に向かうぞっ!!」


声高に言う九郎の声に、源氏の兵たちの士気が上がる。
人をまとめることに関しては褒められるのに、どうして一対一だとああなのか。


「先輩。後は行宮を攻めれば、この戦いは終わるはずです。でも、先輩は無理しないでください」


聞こえてきた譲の声に、何事かと耳をそばだてる。
譲の過保護は今に始まったわけではないが、今の状況ではそうも言っていられないと分かっているはず。


「流れ矢……などがあると危ないですから」


流れ矢、と譲の言葉を口に出して言ってみる。
どうして、今になって流れ矢の心配をするのか。
今までだって、いつ流れ矢があってもおかしくはなかったはずなのに。


「何か、ある?」


あるとすれば何だろう?
譲の見た夢では、望美を庇って彼が死んだはず……。
そう思って、ハッとする。
譲の夢と、自分の夢では、見ている物が違うかもしれないと。
内容の一致はあるかもしれないが、どんな夢かまでは知らないのだ。
だからといって、今更それを聞くことは出来ない。
望美も、譲の態度に疑問を感じたのだろう。
何かを探るように、彼の後ろ姿を見つめている。


「望美ちゃん、もし危ないようなら、譲くんと一緒に下がってもいいんだよ?今の譲くんは……オレもとちょっと心配だね」
「景時さん……。ううん、今は何を言っても下がってくれないと思うから」
「そっか」


総門を抜け、行宮へと向かう最中、譲は終始何かを考えているようで黙り込んでいた。


「オレ以外の野郎のことを考えてるなんて、ちょっと妬けるんだけど?」
「あのね……こんな場所でそんなこと言うヒノエもどうかと思うけど?」


ぽん、と肩に手が置かれると同時に、普段の口調でヒノエが話しかけてくる物だから、浅水はがっくりと肩を落とした。
まさか戦場でもヒノエの口説き文句は健在とは。
だが、今のヒノエのおかげで、肩の力が抜けたような気もする。
もしかしたら、ヒノエはそのために軽口を叩いたのだろうか?


「何?じっと見つめて。オレに惚れ直した?」


……前言撤回。
ヒノエはどこへ行ってもヒノエでしかない。
そう思い直し、ヒノエの頬を軽く抓ってやる。


「ちょっ、翅羽。痛いんだけど」


非難の声を上げるヒノエに、フンと鼻を鳴らしてやる。


「痛くて当たり前。痛いようにやってるからね。全く……」
「二人とも。戦場に出ているというのに、一体何をやっているんですか」


浅水の言葉は、弁慶に阻まれて、みなまで言えなかった。
どこか冷気を感じる雰囲気に、冷や汗が流れるのを感じる。
遊んでいたわけではない。
むしろ、ヒノエを注意していた、くらいだ。
だが、今の浅水の姿では、遊んでいるようにしか見えないのも事実。


「えっと……別に遊んでた訳じゃ」
「当然でしょう?どうしたら平家とのこの戦で遊べるのか、見本を見せて欲しいですね」


これは先に謝った方が早いかもしれない。
そう思い、口を開けば、その口をヒノエにふさがれる。
何を、と言いたいが、口を押さえられてしまっては、言葉にならない声しか出てこない。


「翅羽が緊張してたみたいだから、肩の力を抜いてやっただけだよ」
「……今回はそう言うことにしてあげましょう」


アレは絶対に信じてないな。
後からどうやって誤魔化したものか。
弁慶が九郎の側へ行ったのを見てから、ヒノエの手を口から引きはがず。


「いきなり何すんの」
「弁慶は誤魔化せだろ?それに、オレは嘘何てついてないし」


さらりと言うヒノエの言葉に、少しだけ見直す。
やはり、ヒノエは浅水の肩に力が入りすぎていることに気付いていたのだ。
だが、弁慶を誤魔化せたと言ってしまう辺り、何か他の理由もあったのではないかと深読みしてしまう。


「そろそろ行宮につくな」
「そうだね。大人しく行宮にいるとは思えないけど」


例え、この場で平家を倒せなくても、まだ壇ノ浦があるはずだ。
最終決戦は壇ノ浦。


「神子、行宮の前に誰かいる」


行宮は目と鼻の先、という場所まで来ると、白龍が行宮を指差した。
その瞬間、サッと殺気が放たれる。
いつでも刀を抜けるように、誰しもが己の獲物に手を掛ける。


「平家の武将だね。名のある方のようだけど……」


警戒しながら近付くと、相手に見覚えがあるのか、景時が呟いた。
景時と同じように、相手を見ようとした浅水は、その姿を確認して、思わずヒノエを振り返った。
行宮にいたのは、ヒノエの叔母の夫である、平忠度だった。


「ヒノエ……」
「源氏と平家の戦いに手を貸すんだ。いつかこうなることは分かってた」


真っ直ぐに前を見つめているヒノエの声は固い。
例え頭では分かっていたとしても、感情を抑えることは出来ない。
熊野別当であったとしても、ヒノエはまだ十代なのだ。


「遠からんものは音にも聞け、近くばよって目にも見よ!我は、平忠盛が一子、薩摩守忠度なり!」


高らかに宣言する忠度に、九郎が感心したように頷いた。
そのまま隣にいる望美を見下ろす。
望美の方は、どうすればいいのか分からず、そのまま九郎を見返している。


「平家の大将が、武士の本分を尽くすため、自ら源氏に挑戦してきているんだ。ここは受けて立つのが礼儀だろうな」
「わかりました。九郎さん、この挑戦、受けましょう」
「ああ」


何かを決意した望美が、ぐっと拳を握った。
これは、避けられない戦い。
そして自分は、それを回避する術を持たない。


「平家の御大将、薩摩守忠度殿とお見受けします。私は白龍の神子、春日望美。貴方に勝負を挑みます」


忠度の側へ歩み寄りながら言うと、望美は忠度から少し離れた場所でしっかりと見据えた。
そんな望美の態度がいたく気に入ったのだろう。
忠度が満足気な表情を浮かべている。


「おお、その潔い態度。そなたはまさしく、もののふの魂を備えている。相手にとって不足はない、いざ尋常に勝負!」


すらりとお互い武器を構える。
ピリピリとする空気が流れる。
忠度の言葉が終わると同時に、望美はその場を蹴った。










毎度の如く、いろいろとスルーしてます(爆)
2007/6/16



 
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