重なりあう時間 | ナノ
屋島編 肆





玖拾参話
 追突するお節介






浅水とヒノエが陣幕へもどろうとしていたら、反対側から歩いてくる一人の人影が見えた。


「あ、譲だ。譲もどこかに行ってたのかな」
「そういや、軍議が終わってからどこか行ったみたいだけど。おかしいな」
「何が?」


顎に手を当てて訝しげに呟くヒノエに問いかける。
一人で出て行ったのなら、別段おかしくはないはずだ。
それともヒノエは、自分が知らない何かを知っているのか。
ヒノエは、何かを探すように、首を巡らせている。


「それにしても、随分暗い顔してるね」
「ここ最近、ずっとあんな感じだしね」


俯いて、何かを見ながら歩いている譲は、二人の姿に気付いていないようだ。
譲を取り巻く空気が鎌倉からこちら、どこか沈んでいるのは気付いていた。
だが、理由が何か分からない。
まぁ、譲の雰囲気があからさまに違うとなれば、望美関係で間違いはないのだろうが。


「譲」


すぐ側まで来ても、こちらに気づきもしない譲に声をかければ、ハッとしたようにその顔を上げた。
浅水とヒノエの顔を交互に見ながら、ホッとしたように息を吐く。


「二人して、どうかしたんですか?」
「私たちも今戻ってきたところなんだ」
「そうだったんですか」


譲と他愛もない話をしながら、陣幕へ戻ろうとすれば、何かを探していたヒノエが口を開いた。


「なぁ、譲。確か、お前のところに望美が行ったと思うんだけど、一緒じゃないのか?」
「あ……」
「望美が?」


それは初耳だ、と浅水は改めて譲を見る。
だが、ヒノエの言葉に譲の顔が固くなっている。
これは、望美と何かあったか。
考えられるのは、それしかなかった。


「先輩は、何か用があるとかで、先に戻りましたよ」
「へぇ、望美がね」


ぎゅっと、拳を握りしめた譲だったが、浅水はその手の中に、何かがあることに気付いた。
どこか、含みのある言い方に、ヒノエも何かを感じているのだと悟る。
だが、ここにヒノエがいては聞き出す物も聞き出せない。
そう思った浅水は、そっとヒノエに耳打ちした。


「譲と話があるから、先に戻ってて」と。


その言葉に、一瞬不機嫌そうな表情を浮かべたが、ヒノエは渋々と先に戻っていった。
一人で先に行ってしまったヒノエに、譲が不思議そうな表情を浮かべている。


「ねぇ、譲。少しだけ、話をしようか」
「……俺は別に、何も話すことはありませんよ」


全く、とりつく島もない。
そんな態度に、相変わらずだなと苦笑を漏らす。


「譲にはなくても、私にはあるんだ。少しだけ付き合ってよ」


一人で先に行こうとする譲の腕を、しっかりと捕まえる。
何を、と声が上がったが、そんな物は気にしない。
気にしていたら、いつまで経っても始まらない。
握りしめている拳を、ゆっくりと開かせれば、そこから現れたのは見覚えのあるお守り。
浅水も、これとそっくり同じ物を持っている。


──それは、ヒノエと望美が眠れてない自分たちにと、わざわざもらってきた物だ──


まぁ、もらってきた日は二人の帰りが遅くて、心配しすぎた譲がキレた思い出があるが。


「しっかり持ってるんだ、そのお守り」


ぴ、とお守りを指差してやれば、帰ってきたのはとんでもない言葉だった。


「これは、さっき先輩からもらったんです」


それには浅水も驚いた。
てっきり、望美もあの日に譲にお守りを渡していると思ったのだ。
それなのに、渡したのが今日?
あの日から、どれだけの日数がたっていると思うのか。


「そのお守りの理由、聞いた?」
「いえ……ただ、俺のためにもらってきた物だと」


首を振る譲に、浅水は今度こそその場にしゃがみ込んだ。
どうして望美も理由を教えてやらないのか。
そうすれば、少しは違っていたであろうに。


「翅羽、さん?」


突然しゃがみ込んだ浅水に、どうかしたのかと譲もしゃがみ込む。
それを横目で見ながら、盛大な溜息を、一つ。


「あのさ。望美がそのお守りをもらってきたのは鎌倉にいたときでしょ。それが、どうして今なわけ?」
「それは……」


口ごもる譲に、どうせ頭に血でも上って、ヒノエとのことだけ詰ったのだろう、と当たりを付ける。
昔から望美一筋で、恋愛沙汰にも疎かった譲だ。
乙女心など、ちっとも知ろうとしない。


「どうせ譲のことだから、ヒノエと一緒にいたことに激高して、望美の話も聞かずに突き放したんだろうね」
「…………」


黙っているところを見ると、図星らしい。
我が従兄弟ながら、どうしてこうなのか。
浅水はもう一度溜息を吐くと、自分の懐から、譲のそれと全く同じ物を出して見せた。


「これ……」
「そ。あの日、望美とヒノエがもらってきたお守り。当然、私はヒノエからだけど」


自分の手の中にあるお守りと、浅水のお守りを交互に見る譲に、浅水は理由を話し始めた。
このままでは、望美があまりにも可哀想だと思ったから。
お互い、相思相愛だというのに、些細なことのせいで破綻してしまいそうだ。


「望美がそのお守りをもらってきたのは、眠れないせいで元気がなかった譲を安心させるため。ヒノエは、一人で行く望美が心配だったって言うけど、それだけじゃない」


そこでいったん言葉を句切ると、何か言い足そうな譲の顔が目に入った。
彼のことだ。他にどんな理由があるというのか、と疑問符だらけに違いあるまい。
良い意味でも悪い意味でも、熊野の男は女に弱い。


「ヒノエも望美と同じ理由を持っていた」
「同じ理由、ですか?」
「そう。熊野でも言われたはずだよ。夢で先を知るのは、譲だけじゃない、って」
「……熊野の、神子姫……」


記憶をたぐり寄せて、出てきた名前。
だが、口にすることで、譲はあることに気がついた。


「でも、それならどうしてあなたがそれを持っているんですか?熊野の神子姫は熊野に……」


そこまで言って、譲は目の前の浅水を凝視した。
浅水は何も言わずに、ただ譲を見ている。
普段の譲ならすぐに分かりそうなことだ。


「まさか、あなたが……?」


質問には答えず、笑みを浮かべて見せた。
それをどう取るかは、譲次第。


「譲が悪夢に苛まれてるのは知ってる。でも、望美の気持ちを無駄にするのは別物だよ。あの子の気持ちが誰に向いてるかなんて、普段の譲なら分かるはずだ」
「あなたも……っ。あなたも未来を見るのなら知っているでしょう!」
「……そうだね、知ってるよ。譲が死なない未来も」
「え……?」


その場に立ち上がり、叫ぶように声を張り上げる譲とは裏腹に、普段と代わりのない口調で告げる。
自分の手の中にあるお守りを見ていたから、譲の表情までは知らないが、その口調からどうやら驚いていることを知る。
その場に立ち上がり、固まっている譲の目を見る。
不安と、恐怖。そして、その中に生まれた、小さな希望。


「もう一度言おうか?私は、譲が死なない未来を、夢に見る」
「そんな……」
「信じられない?まぁ、信じるも信じないも勝手だけど。伊達で熊野の神子はやってないからね」


そこまで言って、これ以上は追求されると困るかな、と思う。
どうやったら助かるんですか?と聞かれても、それを断言できるだけの自信はない。
でも、譲を見殺しにすることも、絶対にしたくない。


「本当に……本当に、そんな未来が……」
「あるよ」


動揺しているらしい譲に、駄目押しで肯定する。


「俺、あなたが見る夢を信じてみようと思います。もし俺が死なない未来があるのなら、俺はそれに賭けたい」
「そうこなくちゃ。とりあえず、そろそろ陣幕に戻ろうか。多分、出撃の時も近い」
「そうですね」


真っ直ぐに顔を上げる譲からは、先程までの暗い雰囲気は感じなかった。
これなら、望美が何か話しても、突き放すことはしないだろう。
そして、自分が言ったことを確かな物にするためにも、ここから先は生半可な覚悟じゃいられない。



浅水と譲が陣幕へ戻れば、程なくして出撃の号令が掛けられた。










浅水がいるときは、ヒノエは望美を名前で呼びます
2007/6/14



 
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -