重なりあう時間 | ナノ
屋島編 陸





玖拾伍話
 輪廻転生の真偽はともかくとしてあの人が死ぬのは嫌だということ






しばらく刃を合わせていると、がくり、と忠度がその場に膝を付いた。
致命傷とまではいかないが、身体中至る所に傷を負っている。
忠度も、これ以上は無理と悟ったのか、刀を再び取ろうとはしなかった。


「さすがは平家の勇将、見事な戦いだった」


忠度を視界に入れながら、九郎は刀を鞘に戻した。
こちらも、それほど深くはないが、多少の傷が見受けられる。


「だけどさ……行宮を守るにしては、守備が薄かったかもね。現に、これだけ騒いでも大物の姿が見えない」


周囲を見回しながら、ヒノエは訝しそうに忠度を見た。
実際、忠度以外にも平家の兵が現れたが、その数ですら少なかったように思える。


「囮……?」


ボソリと浅水が小さく声にすれば、ヒノエも小さく頷いた。


「そうとも考えられるね。あるいは、時間稼ぎか。この場合、どちらとも取れるけど」
「全く、武将というのはどうしてこう、散り急ぎたがるんだか。戦で死んだって、偉くも何ともないのに」


くしゃりと前髪を掻き上げながら、悔しそうに言う浅水の姿に、ヒノエは苦笑を浮かべた。
今の言葉は浅水の本心だ。
そして、それは忠度の死を惜しいと思っているのが、ありありと分かる。
例え目の前にいたのが忠度でなくとも、浅水なら同じことを言っていたのかもしれない。
だが、今自分の目の前にいるのは、他の誰でもない忠度で。
それが、自分の大切な人の一人でもある。


もし、こんな戦がなかったら。


源氏と平家に別れていなかったら。


敵同士という形でまみえることにはならなかっただろうに。


「もはや、これまで……早うこの首、落とすがよい」


静かに告げる言葉は、平穏。
まるで、何もかもを悟っているかのよう。


「そんな!勝負が付いたのにそんなことしなくても──」
「それがしに生き恥をさらせと言うかっ?!」


望美が悲痛の叫びを上げたが、それを上回る忠度の声が、望美の言葉を遮った。
それに驚いた望美が、思わず口を閉ざす。
ふう、と大きく息を吐いて気持ちを落ち着かせると、忠度は再び言葉を続ける。


「戦場に出る武士の心得だ。とうに死は覚悟しておる」


その言葉に、ぎゅっとヒノエが拳を作ったのが分かった。
理解は出来ていても、それを認めたくはないのだろう。
そっと、ヒノエの拳の上に自分の手を重ねてやる。
ヒノエがそれに気付かないはずはないが、何も言わずに、ただ忠度を見ている。
だから浅水も、ヒノエの顔は見ずに、忠度の姿だけをじっと見ていた。
もしかしたら、生きている彼の姿を見るのは、これが最後かもしれないから。


「あなたは、覚悟していれば、死も恐ろしくないと言うんですか……」


ふいに続いた第三者の声に、浅水は小さく舌打ちした。
よりにもよって、譲。
今忠度が譲に下手なことを言えば、この先譲が何を考えるか分かったものじゃない。
でも、だからといって忠度の言葉を遮る権利を、浅水は持っていない。


「さぁな……だが、それは恐れようとも、恐れずとも避けられぬもの。ならば、武士は本懐のために戦うのみ」


そこで言葉を止め、忠度がヒノエを見たような気がした。

一瞬の微笑。

微かながらも、確かに、彼はヒノエを見て微笑んだ。
その後すぐに、顔を巡らせて譲を捉える。


「違うか、若武者よ」
「本懐のために……ですか」
「それがしの本懐は成った。早う、討ち取れ」


静かに目を閉じ、次に訪れるであろうことを待つ。
その姿を潔いといえばそれまで。
できることなら、最期まで生にしがみついていて欲しかった。
九郎が抜刀しようと刀に触れたのを見て、慌てたのが一人。


「九郎、待って。そういうのは駄目なんだって!」
「何?」


慌てて仲裁に入った景時に、九郎が眉をひそめた。
九郎だけじゃない。
浅水やヒノエを初めとする八葉たち。
そして、忠度ですら何が起きたのか分からないようで、唖然として景時を見ている。


「景時、今のは一体どういうことだ?」
「実はさ、捕虜にした兵は鎌倉へ送ることになってるんだよ」
「兄上の元へ?」
「そう」


だから、この場は俺に預けてくれないかな?と言う景時に、それなら仕方ないと、九郎はあっさり刀から手を放した。
それに内心ホッとしたのは浅水とヒノエだった。
目の前で忠度が討たれるのを黙って見ているのは、さすがに辛い。


「ヒノエ、良かったね」
「あんまり素直に喜べないけどね」


フン、と鼻を鳴らすヒノエは、鎌倉へ送られた後のことでも考えているのか。
今は一命を取り留めたとして、鎌倉へ行ってはもうどうしようもない。


「……そうか。この身は既にそなたらのもの。好きにするがよい」


諦めたように言えば、景時は部下に忠度を連れて行くよう命じた。
部下に引きずられるようにして行った忠度と入れ違いに、行宮の中を調べに行った部下が戻ってきた。
その顔を見ると、どうやら良くない報告らしい。


「申し上げます!安徳帝と二位ノ尼殿は既に行宮を脱出!屋島の対岸にある平家の隠し港、船隠しへ向かった模様です!」


その報告に、やっぱり、と浅水とヒノエは顔を見合わせた。
忠度は最初からそのつもりで、行宮の守りに残ったのだ。


「忠度殿の本懐とは、このことだったみたいですね」


小さく溜息を吐きながら言うところを見ると、弁慶ですら彼の本懐はわからなかったのか。
だが、その顔に焦りは見られない。
むしろ、どこか納得したようにも見える。


「九郎。今すぐ追えば、平家を伏兵に追い込む機会があるはずです」


行きましょう、と弁慶に先を促され、大きく頷く。
源氏の兵たちをぐるりと見回し、す、と息を吸い込む。


「安徳帝の身柄を保護し、三種の神器を奪還する。急ぐぞ!」


高らかに宣言し、その場から走り出す。
それに続いて、一人、また一人と走り始めた。
だが、ヒノエはその場から動こうとはしなかった。


「ヒノエ、忠度さんのことは、運を天に任せるしかないよ」


そんなのは単なる気休めにしかならないと知っている。
鎌倉へ送られたら最後、どんなことをされるかわからない。


「……分かってる」


ギリ、と唇を噛むヒノエの苛立ちが、自分にまで伝わってくるようだった。


「行こう」
「うん」


大きく深呼吸したヒノエは、真っ直ぐ前を向いたまま、自分の拳の上に重なってる浅水の手を握り返した。
それをしっかり掴むと、先を行った九郎たちに遅れまいと、駆けだした。





そして、浅水とヒノエ以外にも、その場から動かなかった人物が二人。


「みんな、覚悟を決めてここにいる……」


先程の忠度の言葉が頭から離れないのか、譲は何かを考えるように天を仰ぐ。


「この戦場に出てる人たちって、みんな死を覚悟してるの……?」


源氏、平家の武士たちだけでない。
九郎、景時、ヒノエ、弁慶、リズヴァーン。
それだけの覚悟をして、戦場に出ているのだろうか。


「……もしかして、翅羽さん、も?」


望美は翅羽に関しては、余り詳しくなかったことを思い出す。
熊野水軍の副頭領であるということと、ヒノエと限りなく恋人関係にあるということくらいしか聞いていない。
思えば、今は何才なのかとか、どうして副頭領になったのかを聞かなかったようにも思う。
年に関しては、外見年齢とヒノエや敦盛の話を聞いて、だいたい自分と同じくらいと予想は付けているが。
この運命で初めて出会ったのに、翅羽はどうして自分に付いてきてくれたのだろう。


「戦いを終わらせたら、話してくれるかな……」


全てを。
ぼんやりと、ヒノエと共に小さくなっていく後ろ姿を眺める。


「そうですね……戦いを終わらせるためには、前に進むしかない──覚悟を決めて」


固く目を閉じ、再び開く。


「先輩、俺たちも行きましょう」


何かを決意した表情で先を促す譲に、望美は頷くことで返事を返した。










死を覚悟するくらいなら、何でも出来ると思う
2007/6/18



 
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