重なりあう時間 | ナノ
屋島編 参





玖拾弐話
 いっぱい抱きしめたい






『……!…………!』


誰かに呼ばれているような気がして、浅水は後ろを振り返った。
だが、広がるのは白い空間のみで、誰の姿も見あたらない。
この空間に存在するのは、四神と浅水だけ。
首を傾げながらも、再び四神の方を見る。


── さて、我らが汝に教えることはあれが全て
── いかなる結果になるかは、その時にならんとわからんであろう
「それでも、教えていただいたことに感謝します」


黒龍の逆鱗の力を防ぐ方法。
確かに、教えてもらった方法を使えば、一時的にでも防げるかもしれない。


── それにしても、先程から汝を呼ぶ声が煩いな


え、と思わず声を上げる。
浅水を呼ぶ声、と四神は言った。
生憎、自分には聞こえない。


── 汝には聞こえなんだか?
── 随分と、汝を心配しているようだな
── アレは朱雀の一人か
── さよう、天の朱雀。熊野が愛でし子


その言葉に、ようやく誰のことを言っているのか理解する。


天の朱雀、熊野が愛でし子。


それが当てはまるのは、自分は一人しか知らない。


「ヒノエ?」


四神は先程から呼んでいると言った。
だとしたら、誰かに呼ばれている気がしたのは、気のせいなんかではなく。
彼が自分を案じているということ。
だが、問題は「どうしてヒノエが案じているのか」だ。


── さて、そろそろ人の子を返すときがきたようだな
── このまま引き留めては、汝にも負担がかかる
── 心配せずとも、我らは約束を違えたりせん
── 来たるべきその時に、再びまみえよう


浅水が悩んでいる間にも、四神たちの会話は続く。
だから、気付いたときには四神の姿が景色と溶けようとしているときだった。


「ちょっ、待ってください!」
── 人の子は、人の世界へ


慌てて声をかけるが、その言葉を最後に四神は消えた。
取り残されたのは浅水一人。
そして、そこでも問題が一つ。


「どうやったらこの場所から出られるのよ……」


ぺたりとその場に座り込み、独りごちる。
以前この場へ来たときは、どうやって戻ったか覚えていない。
気付いたら、梶原邸の布団で寝ていたのだ。
もしかしたらあのときは四神が戻してくれたのかもしれない。


「ヒノエが呼んでるって言ったよね」


顔を上げ、先程聞こえてきた声を探すように、耳を澄ませる。
白一面だけでなく、ほぼ無音なこの場所では、微かな音でも良く聞こえた。


『   !』


しばらくして、ようやく聞こえてきた声に、浅水は立ち上がった。
多分、声のする方に向かえば、たどり着けるかもしれない。
根拠のない予想だが、自信があった。
ずんずんと声の聞こえる方へ向かって歩いていく。
迷いのない足取りは、躊躇することをいとわない。
どれくらい歩いただろうか。
長かったようにも感じるし、短かったようにも感じる。
白一色しかなかった世界に、僅かな光が差し始めた。


ここが出口だ。


そう思った次の瞬間。
浅水は光の洪水に飲み込まれた。










音が聞こえる。
始めに思ったのはそれだった。
風の音、木々のざわめき、虫の声。
そして何より、耳元で聞こえる彼の──。


「浅水、浅水!」


ゆっくりとまぶたを開けば、ぼんやりとした視界に目に慣れた朱が入ってくる。
数回瞬きすれば、しっかりと焦点を結んだ。


「……ヒノエ……」


手を伸ばして、近くにある頬に触れる。
すると、浅水の手の上から、ヒノエも自分のそれを重ねてきた。


「迎えに来てみたら、浅水はこんな場所で倒れてるし。何度呼びかけても反応はしない。どれだけ心配したか、お前にオレの気持ちが分かるか?」
「心配かけて、ごめん」


それ以上の言葉は、何も見付けられなかった。


ヒノエの声があまりにも真剣で。

だからこそ、自分が彼にどれだけ心配を掛けさせたか、分かってしまったから。


それにしても、どうして自分はこんな場所で倒れていたのか。
四神と会っていたあの空間で、もし実体があったのなら、こんなことにはなっていなかったのだろう。
そう考えると、負担がかかると言っていたのも頷ける。
魂が長時間肉体を開けているのは非常に危険だ。
怨霊が現れる、この世界なら特に。
もし、自分の身体が怨霊として動いていたら、と思うとゾッとする。
浅水が僅かに身を震わせたのに気付いたヒノエが、そっと抱き締めた。


「身体の方は大丈夫か?」
「大丈夫、何ともないよ」


そう言って、今の自分の体勢にようやく気付く。
浅水はヒノエの膝に座るような格好で、ヒノエに抱き締められていた。
これでは顔も近くにあるはずだ。


「浅水の大丈夫ほど、信用できない物はないって知ってるかい?」
「……カエスコトバモアリマセン」


グッと言葉に詰まり、明後日の方を見ながら言葉を返せば、ヒノエの顔にようやく笑みが浮かぶ。
それで浅水もホッと息を吐いた。


「ヒノエがここにいるって言うことは、軍議は終わったの?」


自分は確か、軍議が終わったら迎えに来てくれと言ったはず。
そして、ヒノエがここにいるということは、軍議は終わったのだろう。
それでは、早めに陣幕へ戻らねばならないか。


「ああ、軍勢を二手に分けるってことでまとまったよ」


そう、と答えながら起き上がろうとすれば、ヒノエの腕の中に留められる。


「ヒノエ?」
「悪い、もう少しだけ」


しっかりと抱き締められ、肩口に押し当てられたヒノエの頭。
顔の隣にある朱を見ながら、浅水もヒノエの背中に腕を回した。


「心配してくれて、ありがとう」










溺愛
2007/6/12



 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -