重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 拾陸





百拾玖話
 続きはないよ






激流の流れに逆らうように浅水たちは時空を越えていた。
浅水にとっては十年振り、将臣は三年振りとなるこの体験。
そして、望美たちはつい最近時空を越えたばかり。
十年前に時空を越えたときは、ただ激流に流されるだけで、それに抗うのに必死だった。
けれど今は違う。
この時空の狭間を通り、自分たちがどこへ行くのかを知っている。
だから、わざわざ抵抗する必要もない。
どこまでも続くかと思われた移動は、目の前に光が現れると同時に終了した。
地に足がつく感覚。
それと同時に、周囲の音が耳に入ってくる。
目を開ければ、そこはあの日と全く同じ光景があった。



雨の降る冬の学校。



浅水たちが、白龍によってあちらの世界へ飛んだ日と、全く変わっていなかった。
雨のせいで日がかげっているせいか、今の時間はわからない。
けれど、あの日と全く同じなら、まだ昼間のはず。
それなのに、生徒の姿が一人も見えないのは、授業中だからなのだろうか。


「荼吉尼天は?」

 
朔の言葉に、望美は周囲を見回した。
現代に戻ってきても、それを喜ぶ余裕など今はない。
今は朔の言うとおり、荼吉尼天を探す方が先か。
そのとき聞こえてきた異音に、思わず空を仰ぐ。
望美につられて、他の面々も空を仰げば、何基ものヘリコプターが一点を目指して飛んでいる。
こう何機も一度に同じ場所へ向かうことなど、そうあることではない。
そう考えた現代組は、顔を見合わせ、一つ頷いた。


「多分、あの先なんでしょうね」
「だろうな、じゃなきゃあんだけ何機も飛ぶわけがねぇ」
「けど、追うなら早くしないと見失うんじゃない?」
「うん、行こう」


きょろきょろと物珍しそうに辺りを見回しているみんなをよそに、簡単に話をまとめる。
話がまとまったら、後は進むだけだ。
雨の降る中、浅水たちはヘリを追って駆けだして行った。





空を一直線に飛んでいくヘリを追いかけるというのは、容易なことではない。
何せ、空と違ってこちらは直線ではないのだ。
しかも、洋服ではなく着物という、走りにくい服装でもある──一部そうでない人もいるが──。
いろいろと回り道をしながら、ようやく辿り着いたのはとある神社だった。
鳥居を通り過ぎ、境内へと走る。
途中、望美が転びかけたが、そこは朔が上手くフォローした。
先についているはずのヘリと、人の姿が見えないのは、着陸出来る場所が近くになかったせいだろうか。
境内に入り、荼吉尼天の姿を探す。
一刻も早く、あの神をどうにかしなければ、こちらの世界もただではいかないだろう。


「……わ、この……」


どこからか聞こえてくる人の声。
この声は、聞き覚えがある。


「ねぇ、声が聞こえない?」
「声?」


訝しげに眉をひそめたヒノエに、軽く頷く。
そうすれば、みんなが声を聞き取ろうと耳を澄ませる。
けれど、雨音でかき消され、人の声など聞こえない。


「聞き間違いではないのだろうか……?」
「けれど、せっかくの手がかりです。諦めるわけにもいきませんよ」


すっかり諦めかけている敦盛に、やんわりと弁慶が励ましの声を掛けてやる。
再び声を探し始めたとき、望美が突然その場から駆けだした。
荼吉尼天を見付けたのかと、慌てて望美の後を追う。


「この世界を喰らい尽くして、私は更に強大になるのよ」
「そうはさせない!」


望美から遅れてその場に辿り着けば、彼女が声を上げている最中だった。
もしや、と思い望美の視線の先を見れば、そこには政子と似ても似つかぬ荼吉尼天の姿。


「あれが本来の姿、ってところか」
「随分と禍々しい気をしてるじゃないの」


京で感じた物と全く同じ気配に、浅水は少しだけ身を震わせた。
それに気付いたヒノエが自分の方に浅水の身を引き寄せる。
相変わらず、こういう気配りには抜け目がない。


「そう、あなたたちも来たの……大人しくしていれば見逃してあげたのに、残念ね」
「みんな、くるよっ!」


緊迫した望美の声に、誰もが身構える。
もちろん、浅水もヒノエからそっと離れて小太刀を構えた。
今まで何も出来ずに、見ていることしかできなかったのだ。
最後くらい、自分も彼女のために、手伝いたかった。

望美は八葉と一緒に術を使って荼吉尼天を攻撃する。
もちろん、術を使わない人は自分の武器で直接攻撃だ。
浅水も、初めのうちは直接攻撃をしていたけれど、ふと思うところがあって、後方支援の譲がいる位置まで下がる。


「浅水姉さん、どうしたんですか?」


弓を構えながら、どこか怪我でも?と問う譲に、そうじゃないと慌てて答える。
そうしたのは譲の言葉に、ヒノエと弁慶の視線が光ったのを見たからだ。
これでもし本当に怪我でもしていたらと考えると、戦闘が終わった後が怖い。
弁慶はその綺麗な笑顔のまま、どす黒いオーラを放つのだろうし、ヒノエはその麗しい顔で日がな一日自分の隣にいるのだろう。
ヒノエに関しては別に構わないかもしれないが、弁慶は泣いて遠慮したい物だ。
浅水は小太刀を眼前に横に構え、目を閉じる。


(四神は未だ、私に力を貸してくれるかしら……?)


時空の狭間で四神に会った後、浅水は彼らと一度も話す機会がなかった。
否、機会はあったのだろうが、まさかこうなることまでは予測していなかった。
けれど、熊野でリズヴァーンから小太刀を受け取り、和議の話をしているときには確かにその存在を感じた。
だから、可能性がないわけではない。
ただ、時空を越えたこの世界でも、四神が力を貸してくれるかまでは、わからない。


(お願い、私の声が聞こえたら今一度、あなた達の力を貸して)
── 汝の願いとあらば


四神の声が聞こえたような気がして、浅水は思わず顔を上げた。
目の前の小太刀を見れば、僅かに光を放っているような気がしないでもない。
多分、四神が力を貸してくれているのだろう。
でなければ、小太刀が光を放つなどあるわけがないのだ。


「……ありがとう」


そっと、礼の言葉を呟く。
例えそれが白龍を見定めるためでも、自分に力を貸してくれたことに変わりはない。


「望美、どいてっ!」


小太刀を軽く一降りしてから、小さく地を蹴る。
目の前にいる望美にどくよう声を掛けてから、荼吉尼天に一撃を加えるために斬りかかる。
その刀身に四神の力が宿っているせいか、思っていた以上に深手を与えることに成功したらしい。


「神子!」
「うんっ!」


白龍に促され、望美が一歩前に出る。
そんな望美の邪魔にならないようにと、浅水はその場から少し離れヒノエの隣へと移動した。


「浅水、怪我はないかい?」
「大丈夫、どこも怪我はしてないよ」


心配そうに尋ねてくるヒノエに、自分の無事を伝える。
そうすれば、安心したのかヒノエの顔にも笑みが浮かぶ。
そのまま望美の方へ視線を移す。
封印の言葉を口にすべく、望美が口を開く。



「めぐれ、天の声

 響け、地の声

 かの者を、封ぜよ!」



力強く封印の言葉を言い切れば、荼吉尼天を光が包んでいく。


「キャァァァァァァァ!!」


断末魔の叫び、そう呼べばいいのだろうか。
自分の身体が浄化されることに、苦しんでいるようにも思える。
荼吉尼天を包んだ光は、次第に集束され、弾け飛んだ。
キラキラと、光の粒子がその場に降り注ぐ。
気付けば、降っていた雨はいつの間にか止んでいたようだ。
オレンジ色の太陽が周囲を染め上げている。


「勝った……私たち、世界を守れたんた!ありがとう、みんな!」


粒子の名残がなくなると、ようやく望美が声を上げた。
くるりと振り返り、みんなの顔を見回して望美が礼を言う。
その表情は明るく、本当に全てを成し遂げたというもの。
そんな望美の表情につられて、誰もが笑みを浮かべさせる。


「やっと全部が終わったな」
「清盛殿は消え、荼吉尼天も倒しました。これて、我々の世界もこちらの世界も、平和が訪れますね」


晴れ晴れとした表情の中に、暗い顔が約一名。
暗い顔、というよりは思案顔と言っても良いのだろうが、見事荼吉尼天を倒したというのに、その顔はないんじゃないかと浅水は思った。
普段なら、自分から声を掛けようとは思わないのだが、やはり全ての元凶を倒したことで気分が高揚しているらしい。
すたすたとその人物の目の前まで行き、正面に立つ。
すっ、と片腕を持ち上げれば、何かするのかと視線が集まる。
けれど、相手は浅水が正面に立っていることに気付いていないらしい。
気配に敏感なはずなのに、そこまで思案に耽っているのか。
浅水は溜息一つ吐いて、ソレを相手にした。


「なっ……何をする!」


一方、その相手は突然額に訪れた衝撃に、思わず手で押さえた。
そして顔を上げたところで、正面にいるのが浅水だと理解する。
けれど、何をされたのかまで理解していないのか、きょとんとした様子でじっと浅水を見つめている。


「せっかくみんなが喜んでるってのに、一人だけ暗い顔してる理由を聞きたいんだけど?」
「あ、いや……どうやって元の世界に帰るのか気になってな……」


しどろもどろに答える九郎に、思わず失笑を堪えた。
自分相手に、九郎がこんな態度を取るとは思わなかったからだ。
だが、九郎の言葉に彼同様、考え始める者も現れる。
逆効果だったかと、小さく舌打ちすれば、ヒノエが浅水の肩を軽く叩く。


「明日にしようぜ、そういうのは。で、今日は祝勝会!なっ、それでいいじゃん」
「お前らは気楽だな……」


やれやれと首をゆるく振る九郎に、少々カチンときた。
どうしてこの男は、その場の空気を読むことが出来ないのだろう。


「まぁ、帰りは大丈夫でしょ。白龍がいるし、私もいるし」
「どういうことだ?」
「それは後からのお楽しみ。とりあえず、今日はお祝いでいいじゃない」


ねぇ?と周囲に同意を求めれば、あちこちから是という声が上がる。
やはり、先の事を一人で勝手に考えていたらしい。
そういうことは弁慶に任せればいいのだ。
というより、九郎よりも弁慶のほうが適役のはずだ。
それに、弁慶が今何も言わないのも、何か考えているからかもしれない。


「とりあえず、皆さんお疲れでしょうから、うちに来てください」
「ありがと〜」


譲がみんなを自宅へ招待しているが、一体この格好でどうやって帰るつもりなのだろうか。
確かに、歩いて帰れる距離だが、この時間帯だ。
誰かが外にいないとも限らない。
まぁ、見られたらそのときはそのときと、腹をくくる以外ないだろう。
となると、問題は有川夫妻だろうか。
突然こんな大人数、更にはコスプレと取られかねない格好だ。
驚かないはずがないだろう。


「……どうして、私はまだ存在しているのだろう?」


そんな中、自分の手を眺めながら自問自答している敦盛の姿が目に入った。
怨霊である敦盛は、全てが終わったら己も消滅すると信じていた。
けれど、現実はどうだろう。
荼吉尼天を倒し、全てが丸く収まったけれど、彼はそのまま存在している。
敦盛には悪いが、彼が消えなかったことに浅水はそっと安堵の溜息をついた。


「まだ存在し続ける意味があるということだろう。それまでは……」
「はい、そうですね」


リズヴァーンに諭され、静かに頷く。
けれどその表情は一点の曇りさえないように見える。


「ここがお前のいた世界、ね」
「そうだよ、でもあっちの世界とどこか似てるかもね」


例え形が変わったとしても、根本的なところは変わらない。
ならば、似ているところがあったとしても、おかしくはない。
一言で言うなら、平行世界のような物。
ただ少し、それぞれの背景が違うだけ。
でも、その人の本質も、変わらないと思う。
それは、考えすぎだろうか。


「それじゃ、ひとまず移動しましょうか」


譲の言葉で、再び十二人の大移動が始まった。
けど、と浅水は再び先程の考えを頭に浮かべた。
史実の藤原湛増もヒノエのような性格だったら嫌だと思ったことは、浅水の心に留めておく。
別に。史実の藤原湛増が好きで、彼を好きになったわけじゃない。
チラリと隣を歩くヒノエを盗み見れば、自分の目の前で揺れる緋色の髪。
鮮やかなその朱は、いつだって浅水の目を捉えていた。



湛増が、ヒノエだから。



だから自分は恋に落ちたのだ。



十年前、熊野で初めて彼に出逢ったその時に──。










あ、はは……色んな意味でゴメンナサイ。
もう一話、続きます。
2007/8/8



 
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