重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 拾肆





百拾漆話
 空隙を満たす欺瞞






その日は、朝から京中が沸き返っていた。
それもそのはず。
神泉苑でついに、源氏と平家の和平が結ばれるのだから。
梶原邸でも、朝からこれから執り行われる和平についての話題一色だった。


「しっかし、望美はまだ寝てんのかぁ?相変わらず朝に弱いんだな」
「でも、譲からしたら役得だろうね。望美の寝起き姿を見られるわけだから」


福原から、遅れて到着した将臣が、望美がまだ起きていないことを聞かされると、過去を懐かしむように言った。
それをフォローするわけではないが、浅水が一言付け加えると、なるほどなと深く頷かれる。
譲がどれほど望美のことを想っているか、こちらの世界へくる前から嫌というほど知っていた二人である。 
離れていた将臣は知らないだろうからと、二人がようやく相思相愛になったと教えてやれば「ようやくかよ、長かったな」としみじみ呟いたほどだ。
これで、将臣の心配の一つも消えただろう。


「おはよ〜」


少し控えめに、けれどしっかりした挨拶をしながら部屋の中へ望美が顔を出せば、全ての視線が彼女へと向けられる。


「やっと起きてきたね」
「遅いぜ、望美」


ようやく見えた顔に返事を返せば、将臣の言葉に九郎が思わず指摘する。
だが、その後話題に上がったのは、お互いの立場のことで。
やはり、お互いが敵将だとは名乗り出るまで気付かなかったらしい。
その時の感想を素直に口にすれば、今度は望美が仲裁に入る。
それでようやく終わったかと思いきや、将臣はクルリと振り返り、ヒノエを見た。


「けどよ、ヒノエが熊野別当ってのは信じられねぇよな」
「あぁ、それはそうかもしれんな」
「オイオイ、俺まで巻き込むなよな」


三人が顔を見合わせ、そのまま笑いあう姿は以前と変わらない。
八葉として接していた時間が長かったせいもあるのだろう。
戦場で、お互いの姿を見ていなかったせいもあるかもしれない。
どちらにせよ、顔を見るなりいがみ合うよりは全然いい。


「戦いが終われば、怨霊もみな戦う必要がなくなる」


ポツリと呟いた敦盛に、リズヴァーンが顔を向けた。
相変わらず顔の半分をマスクで覆っているため、表情はうかがい知れない。
けれどその瞳に、どこか哀愁を感じるのは気のせいだろうか。


「怨霊の存在理由もなくなる。……よいのか?」
「あ、そっか。忘れてたけど、敦盛さんって」


リズヴァーンの言葉の意味に気付いた望美が、敦盛を見る。
どうやら、彼女は本気で敦盛が怨霊だということを忘れていたらしい。


「それで、良いと思います。いずれ浄化されていき、京の気に戻る。私もそうですが、みな、望んでいることだと思います」
「京の気……えっと、京の龍脈に戻っていくってことですか?」


敦盛が望美に説明する姿を微笑ましく見ながら、怨霊が消えていけば敦盛もやがて消えるのだと、浅水はそっと目を伏せた。
普通にしていれば、生きている人と変わっているところは見当たらないのに。
けれど、彼の姿は生前のときと何一つ変わらない。
身長が伸びるわけでも、歳を取るわけでもないのだ。
そう思うと、どこか寂しかった。
このまま昔のように一緒にいられればとも思うが、それは叶えられないのだ。


本当だったら、自分も敦盛と同じ存在になっていたかもしれないのに。


だが、そんなことを言っては敦盛に対して失礼なことになる。
怨霊であったとしても、敦盛は敦盛でしかないのだから。


「ああっと、そいつはちょっと待った方が良いと思うな」


突然聞こえてきたヒノエの声に、何かあったのかと浅水は閉じていた目を開けた。
目に入ってきたのは、シャムシールを構えているリズヴァーンの姿。
それにギョッとして、一体どうしてこんなことに、と周囲の様子を探る。


「ええ、まだ全てが終わったわけではありません」
「それに、浅水が何かを感じるらしいからね」
「浅水ちゃんが?」


ぴ、と指を刺され、今度は浅水の方へ視線が集中する。
けれど、話の内容がわからない浅水には、一体全体何のことやら。
頭の上に疑問符を浮かべていると、ヒノエの言葉を聞いたリズヴァーンがシャムシールをしまった。
その後、床に置いてある何かを拾う。
それを見て、リズヴァーンが何をしようとしていたのかを知る。
チラリとしか見えなかったが、恐らくあれは白龍の首についている物と同じ。
それを破壊することで、五行の流れに返そうとしていたのか。
けれど、思いとどまったのはヒノエの言葉。
自分が何かよからぬことが起きる、と先日ヒノエに言ったあの言葉を、彼が覚えていたのだ。


「浅水ちゃん、一体何が起きるの?」


真剣な顔をして問うてくる望美に、浅水はゆっくりと首を横に振った。


「わからない。わからないけど、嫌な予感がするんだ」
「浅水姉さんの予感は当たりますからね。用心するに越したことはないかもしれません」
「だろうな。ヤバイ雰囲気はぷんぷんしてるからね」


そう言って、望美に源氏と平家のことを聞かせてやれば、次第に彼女の顔に厳しい物が走る。
せっかく和平が結ばれる日だというのに、ヒノエは望美を煽ってどうしようというのか。
これ以上何か言う前にと、浅水は口を開こうとすれば、弁慶が先に口を開いた。


「ヒノエ、彼女を余り不安にさせる物ではありませんよ。せっかくのよき日だというのに」
「何言ってんだ。オレは正しい判断が出来る奴に、オレの知ってることを言ってるだけだぜ」


またしてもこの二人の口論が始まるか、と思ったちょうどそのとき。


「あーっ!!」


思わぬ人物の登場に、その場の誰もが言葉を無くしたのである。
部屋に入ってきたのは景時で、彼の話によると神泉苑には既に人が集まっているらしい。
やはり、長く続いた戦いにようやく幕が下りるというのは、誰しもが注目しているらしい。
それもそうか、と思わず納得せずにはいられない。


戦を戦で終わらせるのではなく、一人の少女の力で終わらせるとなれば尚更。


これを望美に言えば、自分だけの力ではないと答えるのだろう。
けれど、白龍の神子としてこの地にやって来た望美だからこそ、成し遂げることが出来たのだろう。


源氏の大将である九郎と、還内府である将臣。

熊野別当であるヒノエが八葉として選ばれなければ、今回の会談は起こらなかっただろう。


そして、望美が白龍の逆鱗を使って、運命を上書きしていなければ決しておとずれることのなかった運命でもある。
たまたま浅水の運命を救おうとして、将臣以外のみんなで時空を越えたことも、理由の一つだったかもしれない。
いくつもの重なりあった出来事が、今回のことを引き起こした。
そう、考えていいだろう。


「神子。運命を変える力は、あなたの意志の力。変わった運命を見届けに行こう」
「うん、そうだね。行こう!神泉苑に」


望美の言葉を引き金に、みんなは神泉苑に向かうことにした。





頼朝と清盛、そして後白河院がなにやら話している。
どうせ今回の和平についてだろうが、頼朝と清盛の間に流れる空気は、冷たいを通り越して冷え切っている。
どちらも険悪なのは、仕方のないことかもしれない。
お互い、納得していないのはどう見たって明かだ。


「でも、ちゃんとなるよね……」
「多分、大丈夫だと思うよ」


祈るような気持ちで目の前の光景を眺めている望美の頭を、軽く撫でてやる。
うん、と小さく頷いた望美は再び視線を三人へやる。


「……我は、約定を守る」
「こちらも異存はない」


悔しそうに歯がみする清盛と、必要以上のことを言わない頼朝。
だが、二人が言った言葉は、だれもが待ちに待っていた言葉でもある。


「けど、三種の神器は一つ欠けている」
「清盛は一体どうするつもりなんだろうね」


どこか興味津々としているヒノエに、面白がっているな、と嘆息をつく。
確かに、興味がないわけではない。
三種の神器を返還しないとなると、清盛は何をするつもりなのか。


「神子、あれは……」
「まさか」


白龍と望美が思わず顔を見合わせる。
何かに気付いたらしいが、一体何だろう。


「そういえば、何か忘れてる気がする」


どこか感じる違和感に、浅水は思わず首を傾げた。
清盛に関することで、何か大切なことがあったはずだが、それを思い出すことが出来ない。
胸につかえたような違和感が、どうしようもなく気になって仕方がない。


「頼朝!貴様だけは討つっ!」
「あっ!」


そう言って、清盛は自分の懐から何かを取り出す。
それを天高く掲げることによって、浅水たちの目にもそれはよく見えた。


「そうだ、清盛は黒龍の逆鱗を持ってたんだ」


どうしてこんな大切なことを忘れていたのだろう。
自分はあの黒龍の逆鱗の力を抑えるために、過去に四神に力を借りたというのに。
掲げられた黒龍の逆鱗が淡く光り始める。


「そうはいきませんわ」


すると、頼朝を守ろうと、いずこからか政子が現れた。
それには誰もが目を見開いた。
それはそうだろう。
先程までは頼朝しかいなかったはずなのだ。
ところが、頼朝の前にはいつの間にか政子が立っている。
どちらかといえば、リズヴァーンの鬼の力と近いかもしれない。


だが、浅水が感じたのは、恐怖。


なぜ恐怖を抱いたのかはわからない。
けれど、今の政子から感じる気配は、浅水を震え上がらせるのに充分だった。


「あれは、何……?」


得体の知れない気配は、明らかに人が持つべき物ではない。
白龍や四神たちに近い物だ。
けれど、その気配は清浄というより、禍々しい。


「浅水、大丈夫か?」


カタカタと小さく震えている浅水に気付いたヒノエが、側へとやってくる。
その腕にしがみつくように捕まりながらも、視線は目の前の光景から離されることがない。
清盛の持つ黒龍の逆鱗の力が、政子の身体を傷つける。


「対価は、己が魂で支払ってもらいますわ!」
「何っ?!うわあああぁ!」


政子の身体が光を放てば、清盛の姿を跡形もなく取り込んでしまう。
それを目の当たりにした平家の兵士たちは、清盛が化け物に飲み込まれたとパニックだ。

飲み込まれた。

確かにその言葉が一番しっくりするのかもしれない。
政子の身体が光った次の瞬間には、政子の中に消えるように、清盛の姿がなくなってしまったのだから。
頼朝は、そんな政子の姿に驚く様子もない。
初めから、彼は政子が何であるか理解していたのだ。


「……これだけでは、まだ……足りないわ。もっと強い魂がたくさん……欲しいわ」


そう言った政子が、次に目を付けたのは望美だった。










中途半端……
2007/8/3



 
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