重なりあう時間 | ナノ
閑話 肆





閑話 肆
 並び立つ両雄の夢






翅羽さんが浅水ちゃんだと知ってから、私たちは時空を越えた。
今までは一人で時空を越えていたけど、今回は違う。
さすがに、将臣くんも一緒にっていうことはできなかったけど、これだけの人数で時空を越えることが出来るかどうかは、実際不安だった。
だって、白龍にこの世界に連れてこられたときだって、将臣くんと浅水ちゃんだけ、別な時間に流れ着いてしまったから。
もし、この中の誰かが別な時空に行ってしまったら、今度こそ探すことは出来ないかもしれない。


一種の賭のような物だ。


けど、私の持つ白龍の逆鱗だけじゃ、力が足りないと言われて希望が絶たれたと思った。
そんなとき、救いの手のように伸ばされた四神の声。
そういえば私、どこの時空でも四神の力を借りることはしなかった。
四神は私たちが浅水ちゃんを求めるなら、力を貸してくれると言ってくれた。
そして、天の朱雀に申し訳が立たないとも。
天の朱雀ってヒノエくんのことだよね?
けど、申し訳が立たないって、どういう意味なんだろう?
熊野権現は熊野の神様だって話を前に聞いたことはあるけど……。
何にせよ、浅水ちゃんにもう一度会うためには、四神の力が必要だ。
なりふりなんか構っていられない。


「お願いします。力を、時空を越えるために力を貸してください!」


頭を下げて力を請えば、四神は快くその力を貸してくれた。
誰一人欠けることなく、無事に時空を越えることが出来たんだもん。


時空を越えた私たちがたどり着いたのは、熊野。


どうして熊野にたどり着いたのかはわからない。
だって、浅水ちゃんが命を失わないように助言するだけなら、わざわざ熊野でなくても良いはずだもん。
そう、屋島で戦が始まる前で充分。
それなのに、この熊野へやってきたということは、ここで何かをやらなければならないことがあるんだ。
運命を上書きするときに、やっておかなきゃならないことっていうのは、その人によって違う。
そう、九郎さんだったら腰越状が必要だったし、弁慶さんは八咫鏡の欠片がなきゃいけなかった。

だから、ここで何かあるんだと。

将臣くんに再会するまでは、そう思ってた。


「お前ら、こんなところで一体何やってんだ?」


再会した将臣くんは、何も知らないその顔で私たちに笑顔を見せてくれる。
でも、ゴメンね。
私は将臣くんが平家で還内府と呼ばれていることを、知っている。
それを知っているからこそ、今の私たちに出来ることがあった。


「将臣くん、熊野では何が何でも付き合ってね!ていうか、付き合ってもらうから!」


本宮へ着く手前で将臣くんがみんなの元を離れるのは知っている。
けど、私が考えたことを実行するには、将臣くんも一緒に本宮へ来てもらわなくちゃならない。


だって、熊野から戻れば、福原で偽りの和議が開かれる。


浅水ちゃんの運命を変えるために私たちは時空を越えたけど、どうせ熊野まで来たなら、浅水ちゃんの命が失われない運命にすればいい。
和議を本物の物にさせる。
今までそんなこと、考えたことがなかった。
でも、思えばそうなんだよね。
一人一人が幸せになる運命を選ぶくらいだったら、みんなが一気に幸せになる運命にすればいい。
そんな簡単なこと、どうして思いつかなかったんだろう。
八葉の中には源氏・平家の両大将と、熊野別当がいるんだから。
やろうと思えば、出来なくはないハズなのに。


「それじゃ、将臣くんも合流したことだし、先を急ごう!」


将臣くんには、まだ浅水ちゃんのことは黙っていよう。
そして、浅水ちゃん……今は翅羽さんだっけ。
あの人に、事実を話すときに言った方が、将臣くんも驚いてくれるよね。
でも、何か忘れてるような気がするんだよね。
熊野で何か、重大な事があったと思うんだけど。


「あ、そうだ」


思い出した。
熊野へやって来てしばらくは、浅水ちゃんとヒノエくんの間に流れる空気が険悪だったんだ。
あんな思いは一度だけで充分。
浅水ちゃんもヒノエくんも、意地っ張りだから、中々仲直りしてくれなかったんだよね。


「いい?早めに仲直りしてね?じゃないと……」


脅しも含めて腰の剣に手を伸ばせば、ヒノエくんは直ぐさま頷いてくれた。
うん、これで不安要素の一つは無くなったね。


「それと、熊野にいるうちに源氏と平家の仲を取り持ちたいの。だから、黙って私に協力してくれる?」


今ここで将臣くんが還内府だとは言わない方が良い。
弁慶さんじゃないけど、切り札は、最後まで取っておかないとね。
もちろん、使い方を間違えたら切り札の意味はなくなるけど。
伝言ゲームのようにみんなに伝えてもらったら、後は浅水ちゃんの登場と、本宮に行くだけ。
面倒な手順は全部省略させちゃおう。
熊野川の氾濫も、あの狸爺の再会も。


「相変わらず、見付けるのが早くて嫌になるね」


あのときと同じ台詞で私たちを出迎えてくれた浅水ちゃんは、私の知ってる生前の浅水ちゃんと同じで。
けど、違っていて。
こんな気持ちは、何度も経験した。
自分は知っているのに、相手は知らない事実。
一応、初対面じゃないから、私のことは覚えてくれているけど。
でも一緒に過ごした時間は限られている。


「っ……翅羽さんっ!」


将臣くんにも告げてないから、彼女が名乗っていた名前を呼ぶ。
勢い余って押し倒しちゃったのは、愛嬌って事で。
でも、会えて嬉しいことに変わりはない。
浅水ちゃんとの再会を果たしたら、さっき言った私の言葉をヒノエくんが早速実践してくれた。


そう、浅水ちゃんとの仲直り。


二人がお互いに想い合ってることは、前から気付いてた。
もちろん、最初は男の人だと思ってたから、熊野で女の子って気付いてからだけど。

二人が一緒にいるのが凄く自然で。

逆に、仲違いしてると不安になる。

私も、譲くんとそう言う関係になれたらいいけど、今はそれどころじゃない。
熊野にいるうちに、やっておかなきゃいけないことがあるんだから。


「仲直り、だね」
「うん」


白龍の言葉に、私は素直に頷いた。
けど、浅水ちゃんの顔は不思議そうにしてて。
どうしてかと思ったら、白龍が大きかったことに驚いたんだと知った。
そうだよね、前に熊野に来たときはまだ白龍が成長してなかったんだよ。
まぁ、過ぎたことは仕方ないよね。
気を取り直して、熊野路を進み、あの煩い貴族と狸爺を通り抜ければ、熊野川。
もう、めんどくさい。
私たちはさっさと先を行くんだから。


「めぐれ、天の声

 響け、地の声

 かの者を、封ぜよ!」


みんなが怨霊を弱らせてくれたところを見計らって、封印する。
そうすれば、熊野川の氾濫も収まって、先へ進める。
けど、その前に。
ヒノエくんに守られて無事だとはわかっているけど、浅水ちゃんの無事が気になって仕方ない。
だから、浅水ちゃんの元へ行って、無事を確認すれば大げさだと笑われる。
その言葉に、つい、気が立った。


「大げさなんかじゃありません!翅羽さんに何かあったら、みんな悲しむんだからね!!」


どうしてこの人は、自分のことを軽く見るんだろう。
もっと自分を大事にして欲しいのに。
私がそう思っていても、浅水ちゃんには伝わらない。

それが悔しくて、悲しかった。

目尻に浮かぶ雫を堪えれば、浅水ちゃんから謝罪の言葉が返される。
謝って欲しい訳じゃない。
ただ、もっと自分のことを知って欲しいだけ。
みんながどれだけ浅水ちゃんを大事に思っているか、知って欲しいの。
失ってからそれに気付くなんて、愚かでしかないんだよ。





本宮大社まで目と鼻の先。


「一緒に本宮大社に来て欲しいんだ」


そこまで行ったときに、将臣くんにもう一度念を入れる。
ここで離れられたら、意味がない。
だから、渋っている将臣くんに、少しだけ。
私が持っている情報を教えてあげる。
嫌でも食いついてくる情報を。


「浅水ちゃんの命に関わることなの。将臣くんにも協力して欲しいんだ」
「それは本当なのか?」


ホラね。やっぱり、行方がわからない従姉妹のことになると、途端に目の色が変わる。
将臣くんも、浅水ちゃんのことが心配だったんだよね。


「それじゃ、将臣くんも同意してくれたことだし、本宮大社へ出発!」


しようとしたけど、敦盛さんのことを忘れてた。
私が手を繋いでないと、本宮の結界に阻まれるんだよね。
前は私が言っても拒否されたんだけど、今回はそんなことされなかった。
私が手を差し出せば、躊躇いながらもその手を取ってくれる。


「翅羽さん、ヒノエくん。追いてっちゃうよー!」


やっぱり今回も最後まで結界を通らない二人に声を掛けて、先を急ぐ。
本宮までくれば、もうこっちの物。
後は、和議を迎える前に源氏と平家、熊野の仲を取り持つ。


そうすれば、誰もが幸せになれるだろうから。

これ以上、血の涙を流さなくてもすむように。

誰もが、幸せになれる道を、選ぶんだ。


本宮での夜は、長い。
敦盛さんの発作も起きないから、晩ご飯を食べたらお風呂に入って寝るだけ。
それだけなんだけど、浅水ちゃんのことが気になって仕方なかった。
散歩してくると言って部屋を出れば、どこからともなく敦盛さんの笛の音が聞こえた。
その音を頼りに敦盛さんを探せば、庭に出て、月の光の下で一人舞う浅水ちゃんの姿が見えた。
浅水ちゃんの舞は、私のとも、朔のとも全然違う。

一言で言うなら、神聖。

いかにも、神子っていう感じ。
でも、浅水ちゃんは神子じゃないんだよね。
四神に協力してもらえるほどの力を持っているのに、そうじゃないなんてちょっと不思議。

「いつまでも起きてないで、そろそろ寝ることをお勧めするよ」

浅水ちゃんのその言葉に、いつの間にか舞が終わっていたことを知った。
そして、彼女の前に姿を見せれば、私以外にも結構沢山の人たちが集まってた。
今なら、聞きたかったことが聞けるかな。
浅水ちゃんの夢のことを。


「あのねっ、翅羽さん」
「明日。全て明日にしよう」


言いかければ、逆に遮られる。
そして、言われた言葉に違和感を感じる。

明日。

明日、浅水ちゃんも何かするつもりなんだろうか。
だとしたら、一体何?
聞いてしまいたいけど、教えてくれないことはわかってる。
だから、今日は大人しく寝るしかなかった。





翌日。
朝ご飯を食べた後、いつ別当に会えるかと言った将臣くんに、私は全て話すことに決めた。


これから先に起こりえる、運命を。


でも、覚悟してたはずなのに、肝心の言葉が出てこない。
口を開いても、震える唇は言葉を紡いではくれなくて。
言わなきゃと思えば思うほど、紙よりも白い顔をした、二度と動かない浅水ちゃんの姿を思い出す。
だから、浅水ちゃんが言った言葉に、私は驚いた。


「私も、望美たちと同じように時空を越えて、もう一度、この熊野へやってきたから」


何故、どうして。
その言葉が頭の中を駆けめぐる。
だって、浅水ちゃんはあのとき確かに死んだのに。
ヒノエくんが、他の戦死者たちと一緒に浅水ちゃんを弔ったのを、私は知っている。
だから、浅水ちゃんが説明を始めたとき、怒濤のように質問した。
どうやって時空を越えてきたのか、とか。
どうして生き返ったのかとか。
それを答える浅水ちゃんも、どこかわかっていないところがあるみたいで
四神の力を借りたっていうのが、一番大きいみたいなんだけど。
ついつい話が逸れていくのを、この人が見逃すはずがなかった。


「思い出話に花を咲かせるのも悪くはありませんが、そろそろ本題に入りましょうか」


その言葉で、空気が変わる。

本題。

それは、この場で源氏と平家の仲を取り持つこと。
みんなには詳しいことを言ってない。
だから、将臣くんが平家だってことを知らない人も、結構いるはず。


「私のもう一つの呼び名はね、源氏の神子なんだよ、将臣くん」


それを告げれば、案の定驚いた様子の将臣くん。
それに続くようにして、九郎さんにも名乗ってもらう。
それが終わってから、将臣くん。
将臣くんが名乗ったら、さすがにみんな驚いてたけど、元々平家だった敦盛さんと浅水ちゃん、ヒノエくん、弁慶さんは驚いた様子がなかった。
さすが、熊野関係者。
そして、源氏と平家の大将が名乗り上げてから、最後に熊野別当であるヒノエくん。


「このまま運命を進めても、どこかで誰かが必ず悲しむことになる。だから、そうしないためにも、平家にいる将臣くんの協力が必要なの!」


私ができることは些細なことだけど。
その些細なことを見逃したらいけないんだ。
頭を下げるくらい、いくらでもやる。
それが本当に必要だとわかっているから。
誠心誠意、頼み込みさえすれば、将臣くんだってわかってくれると思ってるから。

だって、和議は平家にとっても悪い話じゃないはず。

三草山での戦の時、経正さんと会ったけど、あの人だって戦が好きだって様子じゃなかった。
平家にだって、和平を望んでる人がいる証拠だ。


「一言で協力って言われても、どんな内容かを聞いてからじゃないと、話にならねぇな」


将臣くんの言葉に、顔がほころぶのがわかった。
話を聞いてくれると言うことは、考えてくれるって事。
これで、将臣くんが協力してくれると言ってくれれば、和議はなったも当然。
もちろん、それが大変だっていうのはわかってる。
私が考えていた事をみんなに話せば、考え込んでいた将臣くんも、何とか納得してくれた。
和議が行われるのは福原で。
その時は、文をしたためて敦盛さんに平家へ行ってもらうことにする。
将臣くんと敦盛さんで、清盛を説得してもらうためだ。
源氏側は源氏側で、やってもらうことがある。
そして、あの法王相手にも。
とりあえず、九郎さんたちに説明する時間はまだあるから、将臣くんにしてもらいたいことだけを伝えてしまう。
全てを伝え終われば、これから平家に戻っていろいろと準備しなきゃいけないからって、将臣くんは熊野を去る意志を伝えてきた。
私たちも、京に戻ってから、いろいろと考えなきゃいけない。
頼朝さんと政子さんの企みを、成功させないためにも。





この運命で、誰もが幸せになれる未来を作るんだから。










望美視点での総集編。
屋島編終了時〜前回まで。
2007/7/28



 
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