重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 拾





百拾参話
 語ろう、いまこそ真実を。






翌日。

広間で会った弁慶は、昨夜のことなどなかったかのように浅水に接してきた。
それをありがたいと思う反面、やはり心苦しさがあった。
だが、弁慶が何も言わないのに、自分がわざわざ言うこともない。
それを知っているからこそ、浅水も普段と変わらずに接することにした。
久し振りにみんなで譲の朝食を食べ、少しのんびりとする。

何気ない日常が、幸せなんだと。

改めて思う。
だがそれは、この場にいる誰が欠けても駄目なんだろうと、浅水は広間の柱に背を預け、ぼんやりとみんなの姿を眺めた。
もし、他のみんなもそう思ってくれているとしたら、自分はどれだけ酷いことをしたのだろう。
けれど、あの場はあれ以上に良い手段などなかったはずだ。
それに、後悔はしていなかった。
今更あのときのことをいつまでも思っていられるわけでもない。


「なぁ、そういや別当とはいつ会えるんだ?」


しばらくして、将臣が声を上げた。
それに、浅水と将臣以外の面々が顔を見合わせる。
逆に、そんな態度を取られて、浅水と将臣が顔を見合わせ互いに首を傾げた。


「俺、何か変なこと言ったか?」
「さぁ、私にもよくわからないんだけど」


何か考えがあるのだろう事はわかる。
わかるが、それが何かまでは浅水にもわからなかった。
そもそも、別当ならこの場にいるのだ。
将臣以外はその事実を知っているのだから、それを言わないということは既に打ち合わせ済みか。


「将臣くん。熊野別当と会う前に話があるんだけど、いいかな?」
「あ?ああ、いいぜ」


望美が将臣の前に座り言葉を紡ぐ。
その瞳が真剣なことに気付いたのか、将臣の目も鋭くなる。
それが合図だったかのように、誰もがその場で居住まいを正した。


「将臣くん、と翅羽さんは信じられないかもしれないけど、私たち、少し先の未来から時空を越えて熊野に来たの」
「はぁ?そりゃまた、突然だな」


望美の言葉に、思わず将臣が素っ頓狂な声を上げる。
だが、その事実を知っている浅水は、少しだけ目を細めた。
彼女は一体、何を言おうというのか。
将臣に自分の命に関わるという事を言った時点で、何を言うのかは大体想像が付く。
もし自分のことを言うつもりなら、自分も、彼らに告げねばならないだろう。


全てを。


いい加減潮時だろう。
すでに望美と譲は自分のことを知ってしまったのだから。
それなのに、今でも浅水ではなく翅羽と呼んでいるのは、自分が知らないと思っているから。
本当なら、再会したときにでも浅水と呼びたかっただろうに。


「んで、わざわざ未来から来たって事は、そうしなきゃならない理由でもあった、と」
「うん……」


将臣に話を持ちかけたときとは打って変わって、今の彼女は俯いてしまっている。
応える声も、どこか沈んでいるようにも思える。


「望美がそこまでするってことは、浅水に関係してんのか?」


その言葉に、望美の肩がビクリと目に見えて震えた。
ああ、やっぱり。
やはり望美は告げるつもりなのだ。
将臣には事実を、そして、自分にはこれから起きる未来を。


「…………」


だが、望美は沈黙を守るばかりで、次の言葉が続かない。
広間には重い空気が立ちこめた。


「望美さん、辛いなら僕が話しましょうか?」


ためらいがちに、弁慶が望美に救いの手を差し伸べてやる。
その言葉に、ハッとして望美は顔を上げた。
僅かに潤んだ瞳が弁慶を捉える。
幾度となく言葉を発しようと口が開かれるが、やはりそのまま口が閉じられ、顔が畳に向けられる。
そんな望美の様子に、弁慶は仕方ないですねと苦笑を零した。
彼女がそれを言葉に出来ないであろう事は、誰もが想像出来ていたらしい。
朔が望美の側へ行き、宥めるように彼女の背中を撫でる。
それを目にした人たちは、自然と、視線を彷徨わせる。
そんな様子に、何かただならぬ物を感じた将臣は、弁慶の方へと視線を移す。
この状態では望美が話をするのは無理だと悟ったのだろう。

弁慶に説明してもらったほうが手間は省ける。

だが、自分で説明するのが一番早いのだろう。

浅水は溜息一つ付いてから、その場に立ち上がった。
そのまま障子の方へ歩き、開け放たれた障子から外を眺める。


「翅羽?」


突然そんな行動を取った浅水に、ヒノエから訝しげな声がかかる。
みんなの方を向いていないからわからないが、恐らく誰もが自分の方を向いているのだろう。
その証拠に、将臣に説明する弁慶の声が聞こえない。


「望美たちが時空を越えたのは、浅水が死んだからだよ」


そっと呟けば、その場の空気が固まった気がした。
一つ息を吐いてから、広間の方を振り返る。
自分を見るみんなの目が痛い。


「死んだって……何でお前がわかるんだ?」
「わかるでしょ。将臣たちの従姉妹に関係する話、そして未来から時空を越えた望美たち。更には、望美と、みんなの態度から」


将臣だってバカじゃない。
必要最低限の情報さえ与えれば、後は自力で答えに辿りつける。
けれど、先程から自分を見るヒノエの視線だけはいただけない。
それは怒りにも似た強い眼差し。


「翅羽、お前が昨夜言ったあの言葉は嘘なんだな」


そうきたか。

真っ先に思ったのは、それだった。
将臣に話した理由はヒノエには通用しない。
それに昨夜、ヒノエにハッキリとしたことはわからないと告げたばかりだ。
それなのに死んだと口にしたせいで、それが偽りだと思われた。


「嘘じゃないよ」


そう言ったところで、信じてはもらえないだろう。
けれど、事実だ。
これから先のことは、わからない。


「なら何でっ!」
「ヒノエ」


その場に立ち上がりかけたヒノエを、弁慶が留める。
小さく舌打ちして彼が浮きかけた腰を、再び下ろすのを見ると、今度は弁慶が浅水を見た。


「先程の望美さんの言葉に、君は驚いた様子がなかった。理由を聞いても良いですか?」


問いかける弁慶の目は、どこか剣呑だ。
この場にいるのは、軍師としての弁慶。
そう、思わずにはいられない。
どう答えるべきか。
舌で唇を湿らせながら考える。
夢で見た、は多分通じないだろう。
かといって、自分も未来から時空を越えてきました、だけでは納得してもらえそうにもない。
結局、それについても後から説明しなければならないのだろうが。
ぐるりと広間を見回して、浅水はふいに、視線を一点で止めた。
その視線の先にいるのは、リズヴァーン。
もし彼が、今もアレを持ってくれているのなら。
僅かな希望を抱き、浅水はリズヴァーンの前へと歩を進めた。
そんな浅水を、誰もが目で追う。
弁慶の質問に答えずに、一体何をするつもりなのかと、気になったのだろう。


「ねぇ、リズせんせ」


リズヴァーンの目の前まで行くと、その場に膝をつく。
相も変わらず寡黙な彼は、全てを見透かしているような瞳で、浅水の姿を正面から捉えた。


「私の小太刀は、リズせんせが持っていてくれたりするのかな」


ふわりと笑みながら問えば、僅かにその瞳が見開かれる。
パチパチと数回瞬きしてから「そうか」と小さく呟く。
自分が尋ねた言葉から、彼は全てを理解してくれたようだった。


「お前の物だ、受け取りなさい」


どこからともなく小太刀を取り出せば、それを浅水へと手渡す。
小さく礼を述べてから、それを受け取る。
それを手にした瞬間、欠けていた物が戻ってきたという感覚を覚えた。
それだけ、この小太刀は自分の身体の一部になっていたということか。
リズヴァーンから受け取った小太刀を、自分の腰にはく。
すると、それを見ていた数名が小さく声を上げた。


熊野に来たときには既に浅水の手元にあったはずの小太刀が、今までなかったことにようやく気がついたのだ。


そうしてから、再び立ち上がり弁慶の方へ向き直る。
やはり彼も、失念していたといわんばかりに顔をしかめていた。


「これで、答えになった?」


ニ、と口端を斜めに引き上げれば、わざとらしくつかれる大きな溜息。


「全く、あなたという人は……」


緩く首を振りながらも、弁慶は全てを理解したはずだ。
そして、未来を知る彼らも自分のした行動で多少の理解はしたはず。

となると、残るは一人。

未だ、何のことかわからず、一人取り残されている将臣を見る。


「望美たちはもう知ってるからね。改めて、自己紹介といこうか」
「一体どういうことだ?」


話しについて行けず、目を白黒させている将臣に、ちゃんと説明するから、と笑って誤魔化す。


「翅羽って名乗ってるけど、私の本当の名前は七宮浅水。正真正銘、将臣と譲の従姉妹だよ」


それだけ告げると、さすがに将臣も驚いたらしい。
身を乗り出すように浅水をマジマジと見つめている。


「う、そだろ……」
「嘘なんかついても仕方ないよ。で、さっき将臣に言った言葉なんだけど、理由はそれだけじゃないんだよね」


そこで一度、言葉を句切る。
みんなの顔を見回して、ヒノエの元で一度止めた後、最後に望美を見る。





「私も、望美たちと同じように時空を越えて、もう一度、この熊野へやってきたから」





その言葉に、望美の目が極限まで開かれる。
直後、その目に浮かぶ透明な雫。
その姿に、罪悪感ばかりが募っていく。
自分はどうして人を傷つけるようなことしかできないのかと、反省しなければならないことが増えていく。



ヒノエを沢山傷つけて。



弁慶も傷つけて。



望美だって、今こんなに傷ついてる。



それだけじゃない。
自分が気づかないだけで、傷ついてる人は他にも沢山いるはずだ。


「望美」


名を呼べば、その瞳からはいくつもの雫が零れ落ちていて。
手を広げ、彼女を招けば、弾かれたように飛びついてくる。


「……浅水、ちゃん。浅水ちゃんっ!」


自分にしがみついて、泣き声を上げる望美の背を優しく撫でてやる。


「ごめんね、望美。今まで黙ってて」


望美を受け止めながら謝罪の言葉を掛ければ、ただ首をしきりに横に振って否定する。
それに今一度謝ってから、今度は譲へと視線を向ける。


「譲にも、黙ってて悪かったね」
「俺も、今思えば浅水姉さんには酷いこと言ったし。謝る必要なんか……」
「うん。でも、ごめん」


顔を逸らして眼鏡のフレームをしきりに直す譲に、苦笑を覚える。
そして、驚いたまま声も出ないのか、はたまた怒りが天を貫いたのか。
一言も言葉を話そうとしないヒノエに、視線をやる。
その表情から察するに、前者らしい。


「説明、必要だよね?」
「あ、あぁ」


ためらいがちに問いかければ、ようやく我に返ったように瞬きする。
慌てて取り繕うその様子に、失笑を隠し得ないが、ここで笑うのは失礼だろう。
未だ、亡霊でも見るような視線に、どうしたもんかと考える。
驚かないはずはないのだ。


まして、同じ時空を越えたということは、自分の死を経験しているということなのだから。


そして、この世界で一度死した者が蘇るのは、怨霊としてだ。
敦盛が良い例である。
これから説明するのは少々骨が折れるかもしれない。
何せ、自分でもよくわかってないところがあるのだ。


「そうですね、浅水さんには、これからじっくりと説明してもらいましょうか」


先程までの態度はどこへやら。
にこにこと満面の笑みを浮かべながら、瞳だけは笑っていないその顔で、弁慶がこの場の気持ちを代弁した。
それに、どれだけ弁慶が怒っているかを理解した浅水は、乾いた笑いしか出てこなかった。










あ、あれ?おかしいな。
これだけで本宮が終わらなかった……orz
2007/7/24



 
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