重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 漆





百拾話
 捻じ伏せる






熊野川の怨霊を封印した後は、本宮大社へ向かって真っ直ぐ進んでいた。


「ねえ、ヒノエくん。この森を抜ければ、本宮大社の境内なんだよね?」


歩きながら、望美が確認するようにヒノエに確認する。
それに笑顔で答える姿は、いつもの彼と大差ない。


そう、望美に対しては。


逆に、浅水に対しては、まるで壊れ物を扱うように繊細、と言えばいいのだろうか。
いつにも増して気を遣っているのがわかる。
今までのヒノエを思えば、考えられない事ではないけれど。
自分にまで、そんな態度を取っていたことはあまりない。
ヒノエのなれない行動に、ついついそっと溜息を付いてしまう。
もちろん、本人にそんなところを見せてはいけない。
見せたら最後。
どんな反応が返ってくるか、怖くて想像もしたくない。


(そろそろ本宮って事は、将臣がまた離脱、か)


これから先のことを思い、将臣の後ろ姿をチラリと見る。
将臣と再会してからはそう意識したことはなかったけれど、改めて見れば、三年という月日が彼を成長させたのだと思う。
昔からアバウトな性格ではあったが、それに懐の広さも加わった。
守るべき者たちができたから、それに見合うだけの力も手に入れた。
でも、将臣という基本は変わっていない。
望美や譲を見る時の視線が、時折酷く優しい物になる。
無意識なのだろうそれは、本人すらも気付いている様子はなかった。


「お兄ちゃん、だね」


小さく呟く。
浅水と将臣は同い年だから、どちらが兄だ姉だ、ということはなかった。
けれど、お互いにそういう対象に憧れていたことも事実。


「あ?」


浅水の呟きを聞き取ったのか、それとも偶然か。
歩きながら将臣が顔だけ後ろを振り返った。
少しだけ速度を速めて将臣の隣へ移動すると、現代にいた頃より少しだけ高くなった頭を見上げる。


「将臣って、確か本宮大社までなんだよね?」


確認のために問えば、歯切れの悪い返事を返しながら、髪を掻いた。
そんな将臣の態度に首を傾げる。
まさか違うとでも言うのだろうか。
だとしたら、どこまで将臣は同行するつもりなのだろう。
そう思っていたのが顔に出たのか、将臣はチラリと視線をどこかへ移した。
そんな将臣の視線を追えば、ヒノエと共に歩いている望美が目に入る。


「もしかして、望美が何か言ったわけ?」
「あぁ……まぁ、な」


将臣が言葉を濁すのは珍しい。
彼がそうするときは、自分にとって都合の悪いことがあるか、何かを隠しているかのどちらかしかない。
だが、浅水に隠し事をして、何も得をすることはないはずだ。
となると、将臣の都合が悪くなるようなことを、望美が言ったのだろう。


「何を言われたのか、興味があるんだけど」
「言ってもいいんだけどよ、俺も自分の命は惜しいからなぁ」


腕を組んで、真剣に考え込んでしまう。
命が惜しいと言わせるくらいだ。
望美は彼に対して、随分と物騒なことを言ったのだろう。


「将臣くん!」


噂をすれば何とやら。
そろそろ森を抜けるという頃になって、望美が小走りで将臣の方へやって来た。
そっと彼の表情を盗み見れば、どこか諦めが入っているように感じられる。
一体彼女は何を言ったのだろう?


「あー、何だ?」
「将臣くんにも用事があるのはわかってる。わかってるけど、この熊野では何が何でも付き合ってもらうって、私再会したときに言ったよね」
「言ったな」


望美の表情が妙に輝いているのは、多分自分の見間違いではないだろう。
周りの様子を確認すれば、誰もが望美と視線を合わせないように明後日の方を向いている。
そう、リズヴァーンはおろか、あの神子第一の白龍までもが。
恐らく、自分がいない間に何かがあったのだろう。
そうでなければ、この状況は考えられない。


「ね、弁慶。これって一体どういうこと?」


側にいた弁慶の外套を掴んで尋ねれば、返ってきたのは彼にしては珍しい苦笑だった。


「察してください」
「いや、察しろと言われても……」


考える要素が少なすぎる、と思わずごちる。
だが、弁慶までもがこんな事を言うとは。
ある意味、最強と言ってもいいんじゃなかろうか。


「だからね」


その間も、望美と将臣の会話は続いていた。
果たして彼女が将臣に何を言うのか、興味がないわけではなかった。
どうして将臣に、何が何でも付き合ってもらうなどと言ったのか。
過去を思い出しても、必ず将臣がいなければならない、ということはなかったはずだ。
望美が攫われたときにはすでに彼はいなかった。
けれど、傷一つ無く望美を救出することが出来ている。
だとしたら、なぜ。


「一緒に本宮大社に来て欲しいんだ」
「はぁ?」


望美の言葉に驚いたのは、将臣だけではなかった。
聞いていた浅水も驚いた。
どうして一緒に本宮大社へ、などと願うのか。
熊野別当とは、本宮大社で面会は出来ないのだ。
それを望美は知らないから、将臣に持ちかけたのか。
将臣の目的も本宮大社だから、そういう理由だから?

否。

用事があるとわかっているのに、無理矢理同行を願うというのは、何かを成すためだ。
他の、何物にも代え難い、何か。
その『何か』は一体何なのだろう。
望美は、何を思っているのだろうか。


「俺が一緒に本宮大社に行ったとして、何かメリットでもあるってのか?」
「……多分」
「おいおい、多分ってのは随分曖昧だな」


肩を竦めてみせる将臣に、望美は俯きかけた顔を再び持ち上げた。
そのまま手招きして、将臣の耳元に顔を近づける。
何がしたいのか理解した将臣は、望美が話しやすいように、少しだけ膝を曲げてかがんでやる。
そうすれば、望美は両手で彼の耳元を隠し、何やら囁いた。
その途端、将臣の顔が鋭い物へと変わる。


「それは本当なのか?」


真剣な眼差しで問えば、同じく真剣な顔をした望美が頷く。
彼女が何を言ったのかはわからなかったが、将臣の心を動かすには十分な物だったようだ。


「仕方ない、俺も一緒に本宮まで行ってやるよ」
「ありがとう、将臣くんっ」


さっきまでの真剣な顔はどこへやら。
途端に満面の笑みを浮かべた望美に、その場の雰囲気もようやく普段の物へと変化した。
だが、その中で一人、訝しげに眉をひそめている人物。
言わずとしれた、浅水である。
将臣が一緒に本宮へ来るだなんて、予想もしていなかった。
すでに流れが変わっている今、何が起きてもおかしくはないだろう。
でも、さすがにこれは変わりすぎてはいないだろうか。
こんな流れ、自分は知らない。
それは、すぐ先の運命すらわからないのと同じである。


「それじゃ、将臣くんも同意してくれたことだし、本宮大社へ出発!」


そう言って、数歩歩き出したところで、何かを思い出したように望美が振り返った。
その先にいるのは敦盛である。
そういえば、本宮の結界は怨霊である彼を拒んだのだった。


「ねぇ、ヒノエ」
「何だい?浅水」


声をかければ、すぐさまいらえが返る。
いつから自分の隣にいたのだろうか。
目の端に、チラチラと彼の朱い髪が見える。


「敦盛って本宮の結界通れるかな?」


通れないとわかっていながら、一応聞いてみる。
その後、視線を向ければ、ヒノエは腕組みをして不敵な笑みを浮かべた。


「通れるさ。何せ、白龍の神子がいるからね」
「ふぅん。望美が、ね」


ヒノエの言葉を反芻しながら、その言葉の意味を考える。
どうしてヒノエは望美がいるからと言ったのか。
敦盛が結界を通れたことに、二人して安堵したはずではないか。
これでは、望美と一緒に敦盛が結界を通過すると、知っているようだ。
前の神子のときの話は、景時しか知らなかったはずだ。
ヒノエが知っているとは、どうしても考えられない。


これでは自分と同じように、すでに一度、この熊野を見てきたようではないか。


そう思って、ふと我に返る。
熊野で再会してから、自分たちが経験してきたことは、今回殆どしていないことに気付く。
熊野路からすぐに熊野川へ来たこともそうだ。
一度迂回するために勝浦へ行き、再び熊野路まで戻るという行程は、見事に省略されている。
熊野川の怨霊も、勢いで封印したような物だ。
もし、何かしらの力で、ヒノエたちも自分と同じように過去へ戻ってきていたら。


「まさか、ね」


いくら何でもありえない、と否定するが、その考えが完全に拭いきれない。
だって、考えれば考えるほど、腑に落ちないことばかりだ。


「さっ、敦盛さん。一緒に行きましょう」
「神子、すまない……」


敦盛の手をしっかりと握り、すたすたと歩を進めてしまう。
いつもなら、何かと理由を付けて望美が触れるのを拒むはずなのに、それすらもしない。


「ホラね、オレの行ったとおりだろ?」
「そうだね」


無事に結界を通り抜けた敦盛の姿に、ヒノエが満足そうに目を細めた。
それに同意しながらも、疑問符は増えていく。

本当に、わからないことばっかりだ。

だから、あの日と同じ事を言えば、わかるだろうかと考えた。
本宮では熊野別当として姿を現さなかったヒノエだ。


「後の問題は、いつ別当が望美たちの前に姿を見せるか、かな?」


前に返ってきた返事は、別当補佐も同じという意味合いの言葉。
同じような言葉が返ってくれば、自分は安心できるのかもしれない。


自分の考えすぎだと。


そうすれば、たまたま流れの違う場所へ戻ってきたのだと、自分を納得させることが出来る。
だが、返ってきた言葉は、浅水の求めているような言葉ではなかった。


「ふふっ、そんな心配しなくても、本宮に着いたら姿を見せるさ」


まるで、鈍器で頭を叩かれたような衝撃。
自分の隣にいるのは、本当にあの日のヒノエなのだろうか。
それとも、自分だけが別な流れに飛ばされてしまったのか。


「翅羽さん、ヒノエくん。追いてっちゃうよー!」


いつまでもやってこない二人に、望美が声を上げる。
気付けば、結界の外にいるのは浅水とヒノエだけで。
それ以外のみんなは、すでに本宮の境内へ入っている。


「ああ、今行くよ。浅水、行こう」


伸ばされる手に、自分のそれを重ねるべきかどうか躊躇った。
自分の知らないヒノエ。
そう思うと、少しだけ得体の知れない人になる。


「浅水?」


いつまでも悩んでいると、さすがに不思議そうに顔を覗き込まれる。
これじゃ、怪しく思われると、躊躇いながらも手を重ねる。





握りしめられた手は、確かに自分の知っている彼の物。





綺麗な指をしているけれど、どこか骨張っていて、やはり男なんだと実感させられる、ヒノエの手。





これから本宮で何が起こるのか。





浅水には、想像も付かなかった。










将臣も一緒に本宮入りです
2007/7/18



 
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