重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 陸





百玖話
 わたしを嫌いじゃないなら、どうか今、抱き締めさせて






なぜだろう。

熊野で望美たちと再会してから、この違和感を拭うことが出来ない。

死んだ自分が過去に戻ってきたから、運命が変わった。

そう思ったはずなのに、どうしてもそれ以外の何かがあるように思えてならない。

いくら原因を考えてみても、理由は見付けられなかった。
だが、確実に今の自分が辿っている道は、過去に通らなかった物だ。
その証拠に、熊野路で道をふさいでいた貴族と後白河院の元を、難なく通り抜けたのだ。
確かに、先を急ぐことが出来るのは嬉しい。
嬉しいが、こうもとんとん拍子で進んでいては、何かあると思って間違いはないだろう。



だって、自分を見るみんなの視線が、以前までのそれとは違うから。



話をすれば、それまでと何ら遜色ないのだが、話していないときの自分を見る目。
それが、違う。
変わらないのは将臣ただ一人だけ。
将臣は、行動も態度も、何も変わってはいなかった。
それが尚更、不信感を煽られる。
彼だけが何も変わらないのは、平家にいたためか。
それとも、それ以外に理由があるのか。
そして成長した白龍の姿。
確か、白龍が成長した理由が、五行の力が強まったからだったような気がする。
熊野に来るまでに、望美が今までより多くの怨霊を封印していたのなら、それも有り得るかもしれない。
だって、熊野では怨霊が現れることは滅多になかったから。
もし京で成長していたのなら、将臣が知らなくても納得がいく。
自分だって将臣と同様、途中で京を離れたのだから。
でも「忘れてた」と言った望美の言葉がわからない。
説明を忘れていたのだろうか。
だがそれとは違うような気がする。



わからない。



まるで解けることのない謎かけのようだ。
いっそのこと、気付かなければ良かったのだろうか。
ただ、彼らに再会できたことを喜んで、それで終わり。
そうすれば悩むことはなかっただろう。
だが、気付いてしまったことを、そのままにしてはおけなかった。


自分に負い目があるから。


だから、こんなにも彼らの目が気になるのか。


「浅水?」


ぽん、と軽く肩に置かれた手でハッと我に返る。
振り返れば、そこには首を傾げるヒノエの顔。
その顔がどこか不安げなのは、自分の気にしすぎだろうか。


「どうかしたのか?何か考えてたみたいだけど」
「あ、うん。ちょっとね」


曖昧に笑って誤魔化すが、今の自分が上手く笑えているか自信がなかった。
一度疑問を持ってしまうと、全てを信じられなくなりそうで。



「何を知っているの?」と。



そう、問いかけてしまいそうで。
折角の再会も、あまり喜ばしい物とは思えなくなってしまう。
再び思考の渦に落ち始めた浅水は、ヒノエの表情に陰が走ったのを気付けなかった。


「あのさ、浅水」


そっと、浅水の手を握り、手を繋ぐ。
突然のことに、浅水は意識をヒノエの方へ向けずにはいられなかった。
みんなのいる前で──今は最後尾を歩いている──ヒノエがこんな行動を取ったことがあっただろうか。
誰もいない場所でなら抱擁されたことはあった。
でもそれだって、人目をはばかっていたようにも思う。
いつ誰が振り返って、この状態を見るかもわからないのに。
日置川峡へ行っていないから、今の姿の自分が女だと知っているのは限られている。


ヒノエ、弁慶、敦盛、リズヴァーン、将臣、景時。


それ以外は、まだ自分を男と信じているはずだ。
それなのにこんなことをしていたら、ヒノエが男色と取られかねない。
あぁ、でも普段のヒノエを見ていれば、そう思うはずもないか。
そう思い直し、瞬間でも、彼を心配した自分がバカだったかもしれないと思う。


「何?」


繋がれた手はそのままで、返事を返す。
実際、手を繋がれるのは嫌いじゃない。
自分以外の人の体温を感じることで、自分が生きているのだと実感することが出来るから。
欲を言えば、誰かに抱きしめてもらいたいと思っていたりもするが、さすがにそれはどうかと思った。


手を繋いでもらえるだけで、充分。


きゅっと握る手に力を入れれば、ちょっとだけ驚いたように瞬きされた。
普段なら、浅水だってその手を離していただろうから。
半ば予想を裏切られた行動に、目を見張ったといった方が正しいか。


「お前一人で、何もかも背負わなくていいんだ」
「え……?」


言われた意味がわからない。
自分一人で、何を背負うというのか。
熊野を背負っているのはヒノエで、自分はその補佐。
確かにヒノエの負担を減らしたいとは思っているが、全ての負担を一心に受けようとは思っていない。
となると、彼は何を示している?
何のことを言っている?


「オレは望美の八葉だけど、その前に、一人の男でもあるってこと」
「ヒノエ?何を言ってるの?」
「わからないなら、今はそれでもいいさ。でも、いつか……」
「ヒノエ」


話の途中で割って入ってきた声に、ヒノエが舌打ちをする。
そんなことをするような相手は、一人しかいない。
そう思って視線を移せば、やはりそこには弁慶の姿があった。


「相変わらず、アンタは無粋なことしかしねぇよな」
「何を言うんですか。こんな場所で、そういうことをしようとする君がいけないんでしょう?」


そういうことってどういうことだ、と思わず聞きたくなったが、下手に口を出しても弁慶には適いそうにない。
浅水は事の行く末を、黙って見守ることにした。


「こういう場所じゃなければいいってのかよ」
「さて、どうでしょうね?」


含み笑いを浮かべる弁慶の顔が、妙に輝いている気がするのは気のせいではないだろう。
いつにも増して、生き生きしているような気がする。
何か良いことでもあったのだろうか。


「で?用があったわけじゃないんだろ?」
「用がなければ浅水さんと話してはいけないんですか?」


酷いな、と表情を曇らせる弁慶に、ヒノエが睨む。
その視線を感じたのか、肩を竦めながら前を行く望美たちの方へ顔を巡らせる。
それにつられるように視線を動かせば、いつの間にここまで来たのだろうか。
目の前には、熊野川が見えていた。


「ヒノエ、わかってますよね」
「あぁ、当然だろ」


二人だけで会話をされては、何のことかわからない。
それに首を傾げるが、そういえば、熊野川で怨霊と戦うのではなかったか。
もう少し進んだ場所に、女房が一人いたはずだ。
それが熊野川の氾濫の原因。
そしてその怨霊を倒せば、将臣が望美の元を離れていく。
過去の出来事を思い返しながら、今回も自分は大人しく見ていることに決めた。
どうせ前と同じように、自分は戦闘に参加させてもらえないのだろう。
ヒノエと弁慶が自分の側にいることが、何よりの証。


「九郎さん、わかってますよね?」
「あ、あぁ。ちゃんと覚えている」


前を歩く望美と九郎も、ヒノエと弁慶と似たような話をしている。
一体何の話をしているのやら。
望美の笑顔が妙に黒い気がするし、手はいつでも腰にある業物を抜けるように準備されている。


「何のことだ?」


そして、その話しについて行けない将臣が、望美の様子に困惑した様子で問いかけている。
こんなシーン、見た覚えがない。
それに、望美はどこでそんな笑顔を身につけたのか。
やはり、目の前にいい見本がいたせいか、とチラリと弁慶を見る。
はぁ、と大きく溜息をつけば、ことりと弁慶の首が傾げられた。


「僕がどうかしましたか?」
「別に、何でもない」


気にしないで、と告げてから、再び歩き出す。
望美たちはすでに女房の元まで行ったのだろう。
見慣れない女性の姿が見えた。


「あなたが怨霊だっていうのは、もうわかってるんだからね!」


望美の声がその場に響く。
それに、あれ?と首を傾げた。
様子を見れば、将臣も九郎も、それ以外の人たちもすでに戦闘体勢に入っていて。
確か、女房と何か話をしてから、怨霊と気付くのではなかっただろうか。
これでは始めから、ここにいるのは怨霊だと知っていたようではないか。


「ヒノエ、浅水さんを頼みます」
「当然だろ」
「本当は僕が君を守りたかったんですけどね」


最後に意味深な捨て台詞を残し、弁慶も望美たちの元へと急いだ。
あまりの展開の速さに、浅水は一人、取り残されたような感覚を覚えた。
過去にあったことと、今起きていること。
基本的には同じだが、同じようで全く違う。


これは、何を意味している?


知らないのは多分、自分だけ。
会話の断片から、みんなはすでに知っていたのだろうと予測がつく。


容赦ない怨霊への攻撃。


そして、望美の封印。


これらは、浅水が経験したものと、似ているようで異なっている。
目の前で繰り広げられることに変わりはない。
でも、やはりそこへたどり着くまでの道筋が違う。


「先輩!封印をっ」
「うん」


怨霊が弱ってきた頃を見計らって、望美が怨霊を封印する。



「めぐれ、天の声

 響け、地の声

 かの者を、封ぜよ!」


封印の言葉が終わると同時に、温かい光が怨霊を包み込む。
怨霊はそのまま、光の粒子となって大気に溶けていった。
何度か目にしているが、望美の封印には感嘆の溜息しか出てこない。
怨霊が消えると同時に、その場が清浄となる。
その瞬間が、浅水は好きだった。


「翅羽さん、無事ですか?」


いつかと同じように自分の元へ駆けてくる望美。
あのときは、望美を酷く羨ましく思っていたが、今はそうじゃない。
そんな望美を誇らしくさえ思う。


「うん。望美たちが怨霊を封印してくれたからね。私は傷一つ無いよ」
「よかったぁ」


その場に座り込んで、心底安心したように言う望美に、大げさだね、と笑って答えれば、キッと鋭い視線が投げられる。


「大げさなんかじゃありません!翅羽さんに何かあったら、みんな悲しむんだからね!!」
「……ごめん」


望美のあまりにも真剣な様子に、思わず謝罪の言葉が口に出た。
何より、彼女の瞳の端に浮かんだものを見たために、謝罪の言葉を言わずにはいられなかった。





何があっても人前で涙を流したことのない望美が。





自分のために、涙を浮かべただなんて、衝撃以外の何物でもなかった。










熊野編とは色々と変わってます
2007/7/16



 
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