重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 肆





百漆話
 満ちてゆく煌めきはきっと






四神の力を借りて、時空を越えた望美たちは、無事にどこかの地へとたどり着いた。
どこかの地、というのは見渡す限りが自然だからだ。
屋敷の一つも見当たらない。
だが、自分たちがいる場所からそう遠くない場所に、一つの建物が見えた。


「ここは、どこだろう?」


望美は周囲を見ながら、思わず呟いた。
確かにどこかで見た覚えのある場所だが、その地名までは思い出せない。
その事から察するに、ここが京や鎌倉で無いことだけは確信が持てた。


「京で無いことは確かね」
「だからといって、鎌倉でもないな」
「でも、こんな風景に覚えがあるような……」
「それが思い出せないんだよね〜」


それぞれ、銘々に周囲を見回しながら、素直に感想を述べる。
だが、それに加わらなかったのは、熊野組──ヒノエ、弁慶、敦盛──だった。


「まさかここは……」
「多分、弁慶殿の考えている通りだと思う」


敦盛の呟きを聞き取って、誰もが三人を見やる。
ここがどこかわかっているのなら、今すぐにでも地名を教えて欲しかった。


「ヒノエくん、ここがどこか知ってるのっ?」


くい、とヒノエの上着の裾を掴めば、歯切れが良いとは言えない返事が返ってくる。
ヒノエが動揺するなんて珍しい。
それについつい笑みがこぼれた。
だが、今はそんなことをしている暇はない。
一刻も早く、生きている浅水に会いたかった。
会って、文句の一つでも言ってやりたい。


「まさか、たどり着いた先が熊野とは、思いも寄らなかったな」


だから、ヒノエの呟きは望美の耳を通り抜けていた。
その変わり、新たに聞こえてきた第三者の声が、その場に響き渡った。


「お前ら、こんなところで一体何やってんだ?」


声の下方を振り返り、誰もがその目を見開いた。
目の前に現れたのは赤い陣羽織を身にまとった有川将臣、その人だった。


「将臣くん!」


思わず彼の側へと駆け寄る。
目の前の彼は自分たちの元へいなかった為、時空跳躍していない。
そして、この場で彼と再会したというのなら、ここは熊野の地となる。
望美の中で、方程式のように考えがまとまっていく。
確か、彼が自分たちと別れるのは、本宮大社の手前だったはず。
望美は考えをまとめると、将臣の眼前に自分の顔を近づけた。


「おいおい、望美。近いって」


譲が恐ろしい顔で睨んでるぞ、と苦笑しながら自分の弟を示す。
目の前の彼女のことを、自分の弟がどれほど想っているか。
それがわからないほど、将臣も鈍感ではない。


「将臣くん、熊野では何が何でも付き合ってね!ていうか、付き合ってもらうから!」
「は?それは構わねぇけど」


チャキ、と自分の獲物を将臣の方へ向け、有無を言わせぬやり方で──ほぼ脅迫に近い──頷かせる。


「あ、でも……」


更に言葉を続けようとすれば、今度は喉元へ切っ先がが向けられる。
思わず半歩後ずさり、理由を求める為に目だけを移動させる。
誰もが将臣の視線の意味を理解したが、さり気なく視線をずらして明後日の方を見やる。
どうやら、誰一人として今の望美とは、関わり合いになりたくなさそうだった。


「将臣殿、すまない……」


そう思うなら望美を何とかしてくれ、とは、敦盛には言えなかった。
そして、こういうときにって譲も使えない。
これは大人しく彼女に従うべきだ。
長年の経験がそう訴えている。
将臣は両手を上に上げ、全面的に降参した。
そうすると、満面の笑顔でようやく凶器が仕舞われる。
今の数分だけで、どっと疲れたような気がするが、それは気のせいではないだろう。


「んで、お前らこれからどうするつもりだったんだ?」
「とりあえず、翅羽さんに会いに行くの」
「翅羽?」


突然出てきた名前に、将臣はようやくその場に翅羽の姿が無いことに気がついた。
京にいたときは確かにあったのに、今はない。
会いに行くということは、この熊野にいるのだろうか。


「そっか、将臣くんは知らないんだっけ。あのね……」


そこまで言って、ふいに望美は口を止めた。
中途半端にされてはその先が気になる。
将臣はしばらく望美が言い出すのを待っていたが、いつまでたってもその後の言葉が続かない。
更には、こともあろうか「やっぱり止めた」と言うのを止めてしまったのだ。


「おいおい、そこまで言ってそれはねぇんじゃねぇか?」
「後から知った方が、将臣くんが驚くかな〜と思って」


望美の言葉に、なんだそりゃ、と思わずぼやく。
後から知ることが出来るというのなら、あまりとやかく言わなくてもいいか、と簡単に納得する。


「それじゃ、将臣くんも合流したことだし、先を急ごう!」


ぐ、と掴んだ拳を天高く上げ、意気揚々として先を進む。
そんな望美の姿を見て、将臣はどこか懐かしい物を感じた。
現代にいた頃も、どこかへ行くときはよくそうやって手を上に上げていた。
それは、望美が何かを決意したときに良くやる仕草。


「あ、そうだ」


数穂先を歩いていた望美が、ふいに立ち止まって振り返った。
それに続いて後続も立ち止まる。
一体何だろうと首を傾げていると、望美の足はそのままヒノエの前へ。


「ヒノエくんって、確かこのとき浅水ちゃんと喧嘩してたはずだよね?」


ボソリと小さい声で囁かれ、思わず首を傾げる。
小さい声で言ったのは、将臣に浅水が翅羽だと話さなかったからか。
それはともかくとして、熊野へ来た時点で彼女と喧嘩をしていただろうか……。
思わず記憶を辿ってみる。
喧嘩、と一言で言われても、あまり喧嘩らしい喧嘩はしたことがなかったはずだ。


「おや、自分の勘違いを棚に上げるつもりですか?」


いつまでも悩んでいるヒノエに、弁慶からの横槍が入る。


「どういう意味だよ?」
「本当に忘れてしまったんですか?京の梶原邸での一件を」


問えば意地悪そうに笑みを浮かべながら答えてくる。
アンタのそういうところが嫌いなんだ、と小さく零してから、言われた通りの場所を思い出してみる。
梶原邸、と言うからには、そこに自分と浅水もいたはず。
一体何かあっただろうか?
浅水が梶原邸に泊まったのは一日だけ。
それ以外は、自分と六波羅のアジトに戻っていたはずだ。
泊まったときに、何かあっただろうか……。


「……あ」


一つだけ、身に覚えがある。
小さく声を上げ、思わず手で口を覆った。


自分が犯した、最大の勘違い。


熊野で浅水と再会してからも、意固地になって彼女の言葉を聞こうとはしなかった。
実際、自分が謝ったのは、浅水が危機に瀕した後だった。


「どうやら思い出したようですね」
「あれはアンタにも責任があると思うけど?」
「何を言っているんですか。勝手に勘違いをして避けていたのは君でしょう?」


言外に自分のせいじゃないと言う目の前の叔父を、これほど憎いと思ったことはなかった。


「いい?早めに仲直りしてね?じゃないと……」


自分の腰の物に手を伸ばした望美に、一も二もなく頷いた。
なぜだろう。
初めて京で出会ったときは、ここまで過激では無かったはずなのに。
何が彼女を変えたのか、なんて、考えるまでもなかった。


浅水。


全ては、彼女のためだけに。
そのために望美も必死なのだ。
ようやく再会した幼馴染み。
それを知ったのは、すでに彼女を失った後で。
本来なら、望美一人で時空跳躍するつもりだったのだろう。
けれど、ヒノエの想いを知っていたから、無理な賭さえやってのけた。


「ホント、お前はいい女だね」
「今頃気付いたの?ヒノエくんてば、案外女を見る目がないんじゃない?」


ふわりと微笑むそれは、まるで天女のよう。
けれど、ヒノエにとっての天女は望美ではない。


「ほら、早く行こう!」


ヒノエの腕を掴んでぐいぐいと先へ進む望美に負けじと、ヒノエも足早に進んでいく。
それは次第に競争になり、二人が気付いて振り返ったときには、仲間たちの姿は遙か彼方にあった。
休憩もかねて、日陰を選んで腰を落ろす。
吹いてくる風が気持ちいい。


「ちょっと急ぎ過ぎちゃったね」
「オレとしては、このまま先を急ぎたいところだね」
「でも、浅水ちゃんと熊野で再会したのって、どの辺だったっけ?」


う〜ん、と唸りながら考え始めた望美に、思わず苦笑を漏らす。


「もう少し先に行った場所ですよ」
「弁慶さん」


だが、直ぐさま聞こえてきた声に、もう来たのか、と顔をしかめる。
気付けば弁慶だけではなく、他のみんなも追いついたところだった。


「二人して走るやつがあるか」
「そうですよ。いくら先輩が強くとも、ヒノエと二人きりだなんてどんなに危険だと思うんですか!」
「……譲、そいつは聞き捨てならないな」
「ホントのことだろう」
「ま、まぁまぁ二人とも。ちょっと落ち着いて」


一触即発状態の二人を、何とか景時が宥める。
だが、今度はその隙に弁慶と望美が歩き出していた。
それを見て、慌てて二人の後をついて行く。


「でも、もし私たちの方が早くて、この先に浅水ちゃんがいなかったら、自分たちで捜さなきゃいけないですよね?」
「そうですね。もし仮に、いなかったらの話ですが」


弁慶と話していて、望美はどこか違和感を感じた。
違和感といっても、それは本当に些細なことで、気のせいだと思えばそれで終わってしまいそうな程。
何だろう、と隣にある弁慶の顔を凝視する。
すると、その視線に気がついたのか、少々居心地が悪そうな笑みが返ってきた。


「僕の顔に、何か付いてますか?」
「いいえ。あ、そっか。そうなんだ」


ぱん、と小さく手を叩いて、一人納得した望美が弁慶の数歩先へ出る。
くるりと弁慶の方を振り返り、満面の笑みを浮かべる。


「弁慶さん、ちゃんと笑えてますね」
「え?」
「いつもの弁慶さんは、顔が笑ってても目だけ笑ってないんです。でも、今の弁慶さんはちゃんと笑えてる」


望美に言われて、思わず自分の頬に触れる。
今まで自分の笑顔をそう評する人はいなかった。
だが、今の自分が笑えているとすれば、それは望美のおかげだろう。
もう二度と、会えないと思っていた人に、再び会う機会を与えてくれたのだから。


「僕が笑えてるのは、きっと望美さんのおかげですね」
「それは私じゃなくて、浅水ちゃんのおかげですよ」
「そこへたどり着くまでの道は、君が開いてくれたでしょう?」
「へへっ、弁慶さんにそう言われると、嬉しくなりますね」


照れたように笑う望美の姿に、再び笑みを浮かべる。
そのまま暫く歩を進め、そろそろ新熊野権現へ差し掛かろうとした頃だった。
ピタリと弁慶の足がその場に止まる。


「弁慶さん?どうしたんですか?」
「望美さん、先程自分たちで捜さなくては、と言ってましたよね」
「え?はい……」


突然の話題に、どうかしたのかと首を傾げる。
気付けば、他の面々もつられたようにその場に佇んでいる。


「その必要はないと思いますよ」
「弁慶さん、どういう事なんですか?」
「ですから、あなたが探さなくても、向こうから出迎えてくれるということですよ」


綺麗なまでの笑顔を顔に浮かべながら、視線は一本の木に注がれる。
一体何事か、と弁慶の視線の先を追うように、みんなの視線もその木に集まる。


「そろそろ、出てきたらどうですか?」


そこにいるんでしょう?と尋ねる声は、どこか楽しそうだった。
そこでようやく、自分たちが今いる場所が、かつて浅水と再会した場所だと気付く。


「相変わらず、見付けるのが早くて嫌になるね」


嘆息混じりに吐かれた言葉は、以前と全く同じ物で。
それに、少しだけ寂しさを覚えた。





やはりここにいる彼女は、自分たちの知っている彼女とは違うのだと。





けれど、生きて再会出来るというのは本当に嬉しくて。





木の上から浅水が姿を現すのを、誰もが心待ちにしていた。










今回は望美たちの視点
2007/7/12



 
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