重なりあう時間 | ナノ
運命の上書き編 参





百陸話
 集束する恋慕






光の中を流れる。
あまりの光量に、目を開けていることすらままならない。
そう悟った浅水は、大人しく目を閉じていることにした。

この感覚は、初めてこちらの世界へ来たときと似ている。
といっても、最初は激流に流されていたので、どこが似ているのかと聞かれても悩みそうだが。
あぁ、流されるというのは、どちらも似ているかもしれない。
しかし、果たして自分はどこへ行くのだろうか。


『熊野の地ならば、簡単に熊野権化の元へ行けるであろう?』


四神との会話が思い出される。
あの会話の通りなら、自分は熊野の地へ飛ばされるのか。
だが、時空を越えて、たどり着いた先が再び十年前。
そうなったらどうしたものか。
一種の不安がつきまとう。
だが、自分はすでに四神の力を借りて、時空を越えている。
今から問うても、答えは求められないだろう。


あの人たちに、ヒノエに再び会えるのならば、それだけで充分。


本当なら、もう二度と会えないはずなのだから。
四神には感謝してもしきれないだろう。
でも、感謝するのはまだ早いかもしれない。
感謝するとしたら、実際に会ってから。
幼い彼らに会えるのは、それはそれで有り難い。
だが、自分が求めるのは幼い彼らでなく、今の彼らだ。

まぶたで感じる光量が少なくなってきたことで、この移動の終わりが近いことを知る。
再び目を開いた場所で、彼らに再び会えることを願って。
浅水は、流れに身を任せた。





僅かな揺れと、鼻につく潮の香り。
馴染みのあるそれに、ここが海の上だと理解する。
だが、それがいつの海なのかは想像も付かない。
自分が最後に船に乗ったのは、熊野で望美を助けたとき。
それ以外となると、もう数え切れない。

そっと目を開けば、そこが船室の中だとわかる。
どうやらここで自分は寝ていたらしい。
その時点で、望美救出時ではないとわかる。
だが、それだけでは圧倒的にヒントが足りなさすぎる。
上半身を起こしてみれば、姿は生前と変わらない。
ということは、それほど昔というわけでもないのか。


「外の空気でも吸ってこよう」


室内で考えているよりは、外に出た方が何かわかるかもしれない。
そう思い、船室をでる。
できるならば海が見たい。
浅水は甲板へと足を向けた。


「やっぱり海は良いな」


甲板から海を見つめて、ポツリと呟く。
そういえば、自分も海へ出るのは久々じゃないだろうか。
ヒノエよりは確実に多く海へ出ていたが、望美たちについて行ってからというもの、海へは一度も出ていない。
甲板へ出るまでに、水軍の人たちにも会ったが、態度は普段と変わらなかった。
となると、軽く見積もっても二年以内だと考えられる。
そういえば、ヒノエの姿を見かけない。
もし自分とヒノエが一緒に海へ出ていたら、大概は行動を共にしていたはず。


「てことは、ヒノエは一緒に出ていない」


それで大分絞られた。
ヒノエと一緒に海へ出なかったときなど、限られている。
最近を考えると、ヒノエが望美について京に残っていたときか。


「でも、そんなに上手い話があるのかしら」


溜息をついてから、はた、と過去のことを思い出す。
仮に、ヒノエが今望美について行っているとして。
自分とヒノエはこの時期、仲違い中ではなかっただろうか。


京から熊野へ戻る前日、弁慶と二人抱き合っている場所を目撃されて。


そして、勘違いされたまま誤解を解くことも出来ずに、一人熊野へ。
それを思い出して、浅水は頭を抱えた。
ずるずるとその場にしゃがみ込み、更に深い溜息をつく。


「すっかり忘れてた……」


自分の記憶が確かなら、ヒノエの誤解が解けたのは日置川峡だった気がする。
四神から受けた制限は、今までと変わらずに過ごすこと。
ただ、それだけだった。
どうやら、時空跳躍しても、自分以外はその時のままらしい。
つまり、自分は既にヒノエとの誤解を解いてはいるが、ヒノエ自身はまだ誤解したままで。
簡単なことだと思ったが、実際にやってみると難しいかもしれない。
ヒノエはこのとき、自分が話をしようとしても、避けてばかりいた。


まともに話を聞いてくれるとは思えない。


更に、自分から話すことも出来ない。


「てことは、時期が来るまでは何も出来ないってことか……」


随分と気の長い話だ。


「またしても前途多難、ってとこね」


その場に立ち上がり、軽く頭を振る。
夢で先を知っていたときは、いつ訪れるかわからない日々に、身構えることしかできなかった。
だが、すでに経験で知っている未来は、待ち遠しいというよりも、その日が来るまでもどかしい。
途中のいきさつを全て飛ばして、結末だけを知っている推理小説のようではないか。


「でも、流れを変えるなとは、言われなかった」


そう、四神は普段と変わらずに過ごせとは言ったが、未来を変えるなとは言わなかった。
そして、四神が自分に向けて言ったあの言葉。


『次の運命では、汝の望む未来を』


自分の望む未来とは、一体何を指すのか。
もし、ヒノエと共にありたいと願うなら、そうなるように努力してもいいのだろうか。
それとも、別のことを言っているのか。
皆目見当も付かなかった。


「白龍といい、四神といい、どうして神って抽象的か回りくどい言い方しかできないんだか」


だから神というのだろうか。
人の言葉を解せるのなら、せめて人にわかるように話して欲しい。
そう願うのは、許されないことなのだろうか。
願ったところで、その通りにならないことは火を見るよりも明らかだ。
考えても埒があきそうにない。
この件に関して、浅水は考えるのを放棄した。
そんなとき、水軍の一人が自分の方へ近付いてきているのが見えた。
どこか急いでいる様子に、何かあったのだろうかと考える。


「副頭領!急ぎの報告が入ってますぜ」


手に紙を持っているのを見て、鳥を使ったのだとわかった。
そういえば、前にもこんな事があったかもしれない。
確か、そのときの自分は、彼にこう言ったはずだ。


「急ぎ?何があった」
「詳しくはこの紙に」


そう言って紙を渡されると、直ぐさま開いてざっと目を通す。
そうすれば、やはり自分の思っていたとおりで。
それと同時に、自分が立てた仮説が正しいものだと納得した。
紙には、随分と達筆な字で、一文。





頭領が源氏の戦神子を連れて熊野へ。





そう書かれていた。
今がいつなのかわかれば、これから自分がやらなければならないこともわかってくる。
とりあえず、今は船を急いで勝浦へ戻さなければ。


「どんな報告だったんで?」


何か良くない報告だったのか、と自分の元へ来た部下が表情を厳しくしている。
それもそうだろう。
ヒノエがいない今、補佐とはいえ、水軍をまとめるのは自分だ。
自分の命令一つで、彼らを危険にさらすことになりかねない。


「そうだな、いい報告とだけ、伝えておくよ」
「またそうやってはぐらかす。最近頭領に似てきたんじゃないですか?」
「そんなことはないと思うけど」


確かに、ヒノエもよく話をはぐらかすが、自分はそこまで酷くはないはずだ。
だが、このままヒノエとそっくりだと言われるのも癪なので、仕方がないから報告を教えてやろうかと思った。
思ってから、どうせ船を急がせるならば、みんなにも理由を告げなければならない。
そう思い直し、みんなを集めるよう伝令を頼んだ。
少々腑に落ちない顔をしていたが、彼は直ぐさまその場を駆けだした。
それを見送りながら、自分も覚悟を決めなければならないな、と思う。
例えどんな再会になろうとも、もう一度ヒノエに会えるのだから。


「副頭領、集めやしたぜ」
「わかった」


小さく頷いてから、水軍衆の目の前に立つ。
この場にいる全ての水軍衆は、ヒノエに絶対的な信頼を置いている。
湛快の息子だからとか、彼が別当だからという理由ではない。


ヒノエが頭領だから。


だから、付いてきた。
でも、今はその彼がいない。
これから報告することで、彼らの士気が上がるのはすでに知っている。
浅水は目の前の彼らを視界に入れ、スッと息を吸い込んだ。


「野郎共。我らが頭領が、源氏の神子姫を連れて熊野へ戻ってきた!」


その言葉だけで、おぉっ!とあちこちから歓声が上がる。
だが、これで終わりじゃない。


「私たちも、急ぎ勝浦へ戻って、頭領の無事な姿を拝もうじゃないか!!」


言い終わった途端、応!、と声がそろった。
バタバタと駆けだし、にわかに活気づく人々の姿に、ヒノエの存在がどれだけ重要かを再確認させられる。
そして、彼に会いたいという気持ちが、自分にどれほど強くあるのかも。
船足は、先程よりも速くなった。
やはり、誰もがヒノエに会いたいのだろう。
その思い故に、気持ちが募る。


「後は、勝浦に着いたら田辺、か」


どこへ行けば彼らに会えるかも知っている。


彼らにとっては、京で別れたままの自分。
だが、自分は何も言わずに彼らの元を離れた身。
後悔はしていない。
していないが、未練はあるのだ。
リズヴァーンに伝言は頼んだが、それで彼が納得したとは思えない。





あぁ、早くヒノエに逢いたい。










たどり着いた先は勝浦へ向かう船の中
2007/7/10



 
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