重なりあう時間 | ナノ
屋島編 拾肆





百参話
 愕然としたんだ、これで全部だなんて思ってたことに






弁慶が話したことは、十年前に浅水から聞いた話、そのままだった。


本当の名前は七宮浅水であること。

別の時空にいたのに、激流に巻き込まれ、気付いたらこの世界にいたこと。

そして、本当は十七歳だが、気付いたら七歳程まで身体が幼くなっていたこと。

それに加え、京の星の一族の分家ということ。

もちろん、それが既に失われた名と言うことも付け加えておく。

これは、浅水が実際に言っていたことだ。

それが終わると、熊野での十年間の話になった。
だが、弁慶が知っていることといったら、些細なことでしかない。
熊野での十年間は、自分よりもヒノエの方が詳しいのだから。
だから、熊野では神子をやっていたということと、別当補佐という役職を持っていたこと以外、話さなかった。
弁慶が口を閉ざしたのを見て、補足したのはヒノエだった。
補足したことはもちろん、夢で先を見ることについて。
そして、自分は本名を知ってはいても、望美達の捜し人だと知ったのは、つい最近であることを告げた。


「そっか……でも、どうして浅水ちゃんは、名乗ってくれなかったんだろう」


弁慶とヒノエの話を聞いて、浅水がどんな生活を送ってきたかはよく分かった。
そして、それは辛いだけではなかっただろうことも。
それは浅水の態度でもよくわかったことだ。
もし、辛いだけの十年だったら、ヒノエや弁慶、敦盛と友好関係は築かれていないだろう。


「そうですね。浅水姉さんの真意は分かりませんが、自分だけが変わってしまった、とでも思ったんじゃないですか?」
「譲くん」
「あの人も兄さんと似てるから、全部自分で抱え込むじゃないですか」


譲の言葉に、確かに、と納得してしまった人は望美の他にもちらほらといた。
そこら辺はさすが血縁というべきか。
幼い頃から一緒に育ってきた彼には、浅水の行動パターンもお見通しらしい。


「ねぇ、白龍。白龍は、翅羽さんが浅水ちゃんだって、いつ気付いたの?」
「私は、熊野で大きくなったときだよ?小さいときはわからなかったけど、大きくなったときに浅水の気が、神子と一緒にこの世界へ来た気だとわかった」
「ってことは、そんなに前から白龍は気付いてたって事?!」
「何でそれを言わなかったんだ!」


望美と譲からいっぺんに詰め寄られ、思わず白龍が逃げ腰になる。
二人の勢いに驚いて、すっかり怯えてしまっている。
そんな白龍を見て、立ち上がったのは朔だった。


「二人とも、知りたい気持ちは分かるけれど、白龍を怯えさせてどうするの」


白龍を後ろに庇い、望美と譲を下がらせれば、白龍から「ありがとう」という言葉が返ってくる。
逆に、望美と譲からは「ごめんなさい」と「すいません」の言葉が。


「浅水は、時期が来たら自分で言うと言っていた。だから、私はその言葉を信じて神子に言わなかった」


小さく、弁解のように言う白龍に、望美の表情が幾分和らいだ。


「そっか、ごめんね白龍」
「ううん、こんな事になるとわかっていたら、神子に話していれば良かった」


再度謝ってくる白龍を宥めれば、再び空気が重くなるのがわかった。
ぎゅっと、着物の上から自分の持つ白龍の逆鱗を握りしめる。


これを使って時空を越えれば、浅水を助けられるかもしれない。


否、助けることが出来る。


だが、自分は生きている浅水に会えるけれど、この運命にいるヒノエたちは、浅水を失ったままだ。
だからといって、彼らと一緒に時空を越えることはできない。
そもそも、複数の人数で時空跳躍は可能なのだろうか。
もし可能ならば、連れて行きたい。
連れて行って、生きている浅水に会わせてやりたい。
こんな運命、悲しすぎる。
みんなが幸せになるように、自分はただそれだけを願っているのに。
浅水一人がいないだけで、みんなの気持ちが沈んでしまう。
こんなのは、自分が望んだ運命じゃない。


「白龍……時空を越えるのって、私以外に人がいても大丈夫なのかな?」
「神子?」


問われた意味が分からなかったのか、白龍は首を傾げるばかり。

成功するかもしれない。

だが、失敗するかもしれない。

確率は、半々。

それでも、やらずにはいられない。

すっと息を吸い込み、一度みんなの顔を見回す。
望美の、どこか真剣な眼差しに、誰しもが姿勢を正した。

何かある。

そんな思いを、誰もが胸に抱いた。


「ヒノエくん。浅水ちゃんが、今までのことを覚えていなくても、会いたい?」
「そりゃ、会えるなら会いたいけどね。でも、それはどういう意味だい?」
「僕も聞きたいですね。まさか、望美さんが僕たちを死後の世界へ連れて行ってくれるとでも?」


そんな美味しい話、あるはずがない。
そもそも、死後の世界などに行けるとしたら、自分たちも死なねばならない。


「似たような、話です」
「神子、まさか……」


何か悟ったのか。
リズヴァーンの表情が微妙に変化する。
望美は、リズヴァーンに一つ頷くと、胸にかけてあるペンダントを外し、それを手のひらの上に乗せて見せた。


「これは、白龍の逆鱗。これを使えば、時空を越えることが出来ます」
「待ってください!白龍の逆鱗って、白龍の喉にはちゃんと逆鱗がついているじゃないですか」
「そうだよ。それに、白龍がいるのに、望美ちゃんが逆鱗を持ってるっておかしくないかい?」


譲や景時の質問は、すでに範疇のうちだった。
自分が白龍の逆鱗を出せば、それを疑問に思う人が現れる。
そして、嫌なことに自分が何をしたかを気付く人も。


「……望美さん。もしかしてあなたは、時空を越えたことがあるんですか?」


やっぱり、弁慶にはわかってしまう。
誰よりも先を読む彼に、隠しておこうというのは間違っているのか。
それとも、弁慶がわかってしまうのを理解しながら、自分の代わりに彼が言ってくれるのを待っていたのか。
ただ静かに頷けば、物思いに耽ってしまう。
白龍の逆鱗というアイテムが出たことで、これから先どうすべきかを考えているのだろうか。


「時空を越えれば、浅水ちゃんにまた会えます。でも、その時空にいる彼女は、浅水ちゃんであって浅水ちゃんじゃない」
「よく、わからんのだが」


話を半分ほどしか理解できなかった九郎が首を傾げた。
まるで謎かけのようだ、と誰かが言った。
確かに、そうかもしれない。
でも、間違ったことは言っていないから、それを否定することは出来ない。


「それは、浅水が翅羽だってことかい?」


次に、望美の言葉の意味を考えていたヒノエが口を開いた。
やはり本調子ではないらしい。
彼も、望美の言葉を半分ほどしか理解していない。


「それとはちょっと違うかな」
「……その時空にいる浅水は、そのときの記憶しか持たない」


望美の言葉を補足するように、リズヴァーンが言う。
彼も、望美と同じように幾度も時空を越えている。
彼女がなんのことを言っているか、わからないはずがなかった。


「つまり、彼女自身、これから先に何が起きるかまだわからないということですか」


考え込んでいた弁慶が、ようやくその考えをまとめたのか、誰よりも的確な事を言ってくる。


「そうです。そして、私たちが時空を越えれば、浅水ちゃんの運命を変えることが出来るかもしれない」


望美の一言に、誰もがハッと顔を上げた。
確かに、浅水が自分の身に起こる未来を知らなくても、自分たちは過去としてすでにそれを知っている。
浅水が死なないように、その流れを変えることが出来るかもしれない。


「ですが、それが本当に可能だとして、僕達が無事に時空を越えられるという保証はない」
「それはっ……そう、ですね。確かに、私以外の人を連れて時空跳躍したことはありません」
「だが、試す価値はあると思う」
「それで僕たちに何かあったら、これから先の運命はどうなると思いますか?」
「弁慶さん!」


望美はきつく唇を噛んだ。
痛いところを突かれて何も言い返せないのは、それが図星だから。
一人の命と何千もの命。
そのどちらかを取れと言ったら、弁慶は確実に何千もの命を取るに決まっている。


「それでも、生きている浅水さんに会いたいと思うのは、僕の我が侭でしかありませんが」
「え……?」


今、弁慶は何と言ったのだろう?
もしかしたら自分の聞き間違いかもしれない。
そうでなければ、あの弁慶が一人の命を取るとは思えない。


「望美さんが言ったとおり、僕は振られても尚、彼女のことが忘れられない。今でも、好きみたいです」


少しだけ照れたように微笑みながら告げる弁慶に、誰もがギョッとした。
ここに本人がいたら、とてつもない告白の仕方に、どう反応していただろうか。
だが、問題はそんなことではない。



「弁慶さんって、振られてたんですかっ?!」



衝撃の事実、とはよく言った物である。
そんな中、驚かないのはヒノエと敦盛だけだった。
フン、と小さく鼻を鳴らしながらヒノエが頬杖を突く。


「未練たらしい男は嫌われるぜ」
「おや、そこまで悪態付けるようなら、もう大丈夫そうですね」


ニッコリと満面の笑顔を顔に張り付かせ、軽い皮肉を投げかける。
そのままいつものように口論にならないのは、どちらもそんな気分ではないということか。


「それで、望美さんの持つ白龍の逆鱗の力だけで、本当に僕達も時空を越えられるんですか?」
「神子のもつ逆鱗だけでは、多分無理だよ」


ゆるゆると首を振りながら白龍が告げる。
白龍に無理と言われては、時空を越えることなどまず無理だろう。


「それじゃ、どうやったら時空を越えられるんだい?」


もう打つ手なしと言われたようで、癪に障る。
折角天へ行けるかと思ったのもつかの間、再び地獄に落とされたようだ。


── 我らが力を貸してやろう


ふいに頭に響くような声に、思わず周囲を見回す。
だが、見回したところで誰もいる気配はない。


「今のは一体……?」
「もしかして、四神?」


気配を感じた白龍が問えば、暫しの沈黙の後に応、といらえが返る。


「でも、一体どこから」


突然現れた四神に驚きつつも、なぜ今のこのタイミングで出てきたのか不思議に思う。
これではまるで、自分たちの遣り取りを、初めから見ていたようではないか。


「神子、浅水の小太刀が」


リズヴァーンに呼ばれ振り返れば、彼が持っていた浅水の小太刀が淡く光っている事に気がついた。


「そういえば、浅水さんは雨乞いの舞を舞ったとき、神から力を借りたと……」
「なるほどね。その神が四神だったって訳だ。それだったら、浅水が四神を呼び出したのも納得できる」


弁慶の言葉を受けて、ようやく本来の彼らしい言動が戻ってくる。
それは、生きている浅水に再び出会えるとわかったからか。


── 汝らがあの人の子を求めるならば、我らの力も貸してやろう
── 我らもこのままでは熊野権現には申し訳がたたぬしな
── 何より、天の朱雀に申し訳がたたんか
── さぁ、どうする?白龍の神子


四神達の言葉は、白龍と同じように要領を得ない。
わかったのは、力を貸してくれるということと、ヒノエに申し訳がたたないということ。


「お願いします。力を、時空を越えるために力を貸してください!」


小太刀に向かって深々と頭を下げる様は、一種異様にも見えるが、この際そんなことは言っていられない。


使える物は何でも使おう。


それが例え、神であろうとも。


四神の力添えにより、望美たちは時空を越えた。










最後詰め込みすぎた(泣)
四神が力を貸しただけで時空を越えられるのか?という疑問はスルーしてください
2007/7/4



 
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