重なりあう時間 | ナノ
屋島編 玖





玖拾捌話
 焦燥が高鳴って、やがて静まる






小さく肩で息を吐く望美。
身体には多少の怪我は見られるが、致命傷にまでは至らない。
そして、それは知盛にも言えることだった。
だが、知盛の方が受けた傷が多い。
どれも致命傷にまでは行かなくとも、このままでは出血多量になりかねないだろう。


「……俺一人なら……喜んで……倒れてやるところなんだが……」


それは出来ない、と瞳が訴えている。


「知盛殿っ!」
「来てはなりません!」


声を荒らげる知盛に、浅水は思わず驚いた。
この男も、こんな風に声を上げるのだと。
清盛が熊野へやってくるとき、まれに知盛も付いてきていた。
そんな彼を、浅水も数回目にしたことがある。
どこか気怠げでいながらも、清盛や時子には常に誠実であったように思える。
そこまで考えて、あぁ、と納得する。
きっと知盛が今倒れることが出来ないのは、ここに時子がいるからだ。
守るべき相手が側にいて、どうしてその人を置いて倒れることが出来ようか。
浅水だって、危険な場所にヒノエを一人残していくことは出来ない。
それならば、何があろうともヒノエと共にいる。


「いたぞ、平家一門だっ!」
「ちょうどいい、ここで討ち果たしてくれる!」


望美たちより遅れてきた源氏の兵が、平家の軍を見付けて一目散に駆けてくる。


「あらま、厄介なことになりそうだこと」
「浅水。そんな悠長なこと、この状況でよく言えるね」
「この状況でなくて、いつ言うのよ」


浅水の言葉に力をなくしたヒノエが頭を抱えた。
さて、源氏の神子様はこれをどう対処するのか。


「お手並み拝見といこうじゃない」


いくら何でも、味方に剣を向けることは出来ない。
かといって、何をしないわけにもいかない。


「駄目!待って!!」


声を張り上げて制止をかけるが、目の前の敵に我を忘れた兵たちがみるみるうちに距離を詰める。
このまま兵たちが平家の軍へ攻撃するかと思われた瞬間。


── ククッ……虫ケラどもが、調子に乗っておるではないか……


どこからともなく聞こえてきた声に、浅水は周囲を見回した。
すると、今まで天気だったはずの空が、一瞬のうちに暗くなる。


「何、これ……」
「一体どうなってんだ?」


訳が分からない。
突然の雲行きに、思わずヒノエと顔を見合わせる。
すると、



シャン




という、鈴の音が聞こえたような気がした。
注意深く周囲を見回していれば、後方にいる兵たちから、どよめいた声が上がる。


「かっ、身体が動かない!?」
「あっ、あれは何だ?」
「うわぁぁっ!」


それは次第に大きくなり、殆どの者たちが半狂乱状態に陥った。


「お前たち、落ち着け!」


あらん限りの声で、九郎が兵たちを落ち着かせようとするが、一度伝わってしまったことは恐るべき速さで細部にまで伝わってしまう。
小さく舌打ちをしてから、案を求めるように弁慶を見やる。
それを察知して頷いてみせるが、中々妙案は浮かばない。
さて、どうしてこの場を納めようか、と思案にふければ「父上?」という知盛の言葉が聞こえた。
まさか、と思って知盛を見るが、その場にいるのは彼一人。
周囲には誰の姿も見当たらなかった。


そう、先程まで話を聞いていた、二位ノ尼も。


何故、と思わずにはいられなかった。
だれかに状況を説明してもらいたくて顔を見回すが、生憎、誰も見ていなかったようで済まなさそうに首を振る。
こうなってしまっては、知盛本人に尋ねるしかない。
そう思い、相手の側へと近寄れば、今度は知盛自身がその場から逃走を図る。
逃すわけにはいかないと、その場の誰もが知盛を捕まえようとしたが、なぜか伸ばした腕は彼を捉えることができなかった。


「まさか、あの知盛が逃げるとはね……」


目の前から姿を消した知盛を見、浅水は溜息と一緒に言葉を続けた。
あの知盛が、敵に背を見せてまで戻ろうと思うほどのものがあるのだろうか?


「何か、よほどのことがあったということでしょうか?」


浅水と同じことを考えていたのか、弁慶は考える姿勢のままポツリと呟いた。
海を見詰めていたヒノエは、そんな弁慶の言葉を継いだ。


「平家の奴らはみんな、海上に逃れたみたいだね」
「海上……ならば、あの船は全て平家のものとういうわけですね」
「それ以外考えられないだろうね。オレがここにいるんだ。熊野は中立を守ってる」


くだらないことを聞くなとでも言わんばかりに、ヒノエの機嫌が悪くなる。
ヒノエが言ったことは、弁慶だって重々承知なはず。
敵を欺くにはまず味方から、とはよく言うが、弁慶の場合は真っ先に疑ってかかることが前提だ。
とういうことは、ヒノエが平家に手を貸して、船が出るように手配した、と考えて間違いはないだろう。


「ホント、アンタって嫌な奴だな」
「今は褒め言葉として受け取っておきます」


真意を悟り、顔をしかめてみせれば、いつも通りの笑顔が変えさえる。
嫌みのつもりで言ったのに、それが全然通じないというのも面白くない。
まぁ、そうでなくては軍師などやっていられるはずがない。


「あれ?」


そんな中、海上へ逃れた平家の船を眺めていた景時が声を上げた。
突然のことに、みんなは景時が見ている視線の先を目で追うことにした。


「平家の船の上で子供が立ち上がったけど……あんな子供、平家にいたっけ?」


首を傾げながらの景時の言葉に、確認しようと誰もが平家の船を見る。
そうすれば、確かに船の上には一人の子供が立ち上がっている。
その子供を見た瞬間、浅水はザワリと全身の毛が総毛立ったのを感じた。


「ちょっと……冗談じゃない……」


僅かながら感じるのは、黒龍の気。
だが、それも生きているかどうか、ハッキリとわかる訳じゃない
そして、そんな代物を持って、何も言われない人物となれば、ただ一人。


「平清盛、か……」
「清盛?まさか、そんなハズないだろ?」


浅水の言葉に、ヒノエが軽く一蹴する。
確かに、平清盛はどう考えても子供じゃない。
そもそも、今の平家で子供がいるとすれば、安徳帝のみのはずだ。
だが、戦に参加しているとは考えられない。
戦から離れ、守られるようにしているはずだ。


それらと自分の知っている史実をふまえて、考えてみる。


この世界は、自分たちの住んでいる世界と限りなく似ているようで、決定的に違う。
まず怨霊と呼ばれるものの存在。
確かに、霊とか呼ばれるものは存在するが、怨霊とは明らかに違う。
更に言うなら、今のこの状況で、清盛が生きているということ。
史実ならば、清盛は熱病により、既にこの世を去っているはずなのだ。
それなのにその事実は、なかったこととして葬り去られている。
そこまでわかれば、後は簡単だ。


「平清盛殿、自らおいでになりましたか……」


だが、その前に聞こえてきた言葉に、やっぱりと思う。。
弁慶は平家に潜入したことがあるから、顔と名前は知っているのだろう。


「あんまり嬉しくない状況なのは、確かだね」


はぁ、と小さく溜息を吐きながら、浅水は小太刀を鞘から抜いた。
それと同時に、髪を一つに結っていた紐を取り外す。
そうすれば、つやのある髪がサラリと背に広がった。


「浅水?お前は一体何を……?」
「ちょっとね、用事があるんだ」


こんな場所で、髪をほどいた浅水の姿に、ヒノエが訝しげに尋ねてきた。
それを笑ってやり過ごしながら、目当ての人物の姿を探す。


「ね、リズせんせ。ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」
「翅羽……?」


突然の申し出に、リズヴァーンは思わず目をしばたかせた。








ごめんなさ……眠気のせいで文章が書けない……orz
2007/6/24



 
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -