重なりあう時間 | ナノ
屋島編 捌





玖拾漆話
 野良猫を手懐ける






「見えた」


再び戦場を駆ければ、白龍が声を上げた。


「神子、平家の軍に追いついたよ」


その言葉に、一瞬の緊張が走る。
ついにここまでやって来たのだ。


「行こう、みんな」


キッと前を見据え、残りの距離を詰める。
これ以上、逃げられないようにと、急いで。
そんな望美の横顔をこっそりと伺い見た浅水は、そっと溜息を吐いた。





平家の軍の間近まで行けば、望美たちの目の前に現れたのは、一人の青年だった。
しっかりと鎧で身を包む姿からは、どこか高貴な印象を受ける。
一回の武士には見えない。
名のある武将か、平家の一人か。
だが、自分たちはすでに一度、戦場でまみえている。

目の前に立ちはだかるのは、平知盛、その人。


「来たな、源氏の神子……」
「知盛……」


知盛の目の前で立ち止まれば、どこか緊張したように固い声になる。
浅水も、後方でこれから先の行方を見ていようと、少し離れた場所にいた。
ところが、視線を巡らせた知盛は、一瞬その動きを止めた。


「ん……?これはこれは、誰かと思えば、熊野の神子姫じゃないか」


じっと凝視した後に言われた言葉に、思わず浅水は舌打ちした。
だが、幸いにも熊野の神子姫という言葉は、聞き流されたようだ。
その代わり、八葉の視線が集まる。


「クッ……わざわざ貴方までこんな戦場に現れるとは。これを、ラッキーとでも、言うのだろうな」


そんなものでラッキーと呼ぶな、と叫びだしたい衝動を必死に堪える。
知盛の言葉で、将臣が平家でどう話していたかがよく分かる。
再会したときもそうだったが、この世界にたどり着いてからも、あちらの世界の言葉をそのまま使っていたのだろう。


「生憎、知盛殿の相手は私ではありませんよ」


生田の戦いのときも見ていたが、知盛のような血の気の多い人と戦いたいとは思えなかった。
心から戦を楽しんでいる知盛相手に、浅水のような素人に毛が生えた人間では、手も足も出ない。
悔しいことに、自分の力量は自分が一番よく知っている。


「つまらん、な……。名だたる熊野の神子姫の剣技、一度は拝見したかったが……」
「冗談じゃない、誰がアンタなんかとやらせるかってんだ」


知盛の言葉に、ヒノエがボソリと呟いたのを、浅水は聞き逃さなかった。
それを少しだけ嬉しく思いながら、知盛の意識が他に行くことを願った。
その願いを天が聞き届けてくれたのか、視線は望美へと移された。


「剣を抜けよ……源氏の神子」
「知盛、まだ戦わずに済む方法は残ってる。お願いだから、話を聞いて」


懇願するように言う望美に、甘いな、と独りごちる。
知盛のような人間は、話し合うよりも剣を交えながらの会話の方が好きだ。


生か、死か。


自分の願いを叶えたければ、目の前の邪魔な物を排除すればいい。


「戦わずに済む方法だと……?くだらんご託を並べるなよ」


案の定、望美の言葉は軽く一蹴される。
戦うしか方法はないのか、そう思ったとき、一人の女性の声がその場に響いた。


「待ってください」


決して大きい物ではないそれは、なぜかはっきりと聞こえた。
一体誰が、と周囲を見回せば、平家の軍の中から、ほっそりとしたか弱い女性が現れる。
だが、儚いわけではない。


「母上……」


その人物の登場に驚いたのは、知盛も同じなようだった。
彼が呟いた言葉で、ようやく目の前の女性が清盛の妻──二位ノ尼とも呼ばれている時子──だと知る。


「知盛殿、話を聞いてみましょう。争いたくないのは私とて同じこと」


そう言うと、二位ノ尼は望美の側へと歩み寄った。


「源氏の神子、でしたね。この尼に、その方法とやらをお聞かせ願えますか」


これはとんだ誤算だった。
まさか、二位ノ尼が直々に姿を現し、なおかつ話を聞いてくれるとは。
この機会を逃してはならないと、望美は二位ノ尼を正面から見つめた。


「……三種の神器を返してください」
「クッ……」


その言葉に、突然笑い出したのは知盛だった。
何がおかしいのか、と睨み返す望美だが、そんな視線は気にもとめずに二位ノ尼を陣の奥へと戻す。


「何を言い出すかと思えば、下らん」
「くだらないってどういうことっ!」
「……お前たちが平家を討ち滅ぼしたところで……三種の神器は取り戻せない……」


聞くだけ時間の無駄だった、と小さく呟く知盛は、次のことを思ってか微笑を浮かべた。
だが、知盛の言葉に、浅水は眉をしかめた。
取り戻せないというのはどういうことだろうか。
考えられるとしたら、既に三種の神器をどこかへ隠したか。


「敦盛、どういう意味かわかる?」


浅水は敦盛の服を掴んで、そっと尋ねた。
一瞬、浅水の顔を見て小さく声を上げたが、すぐさま顔を俯かせる。


「敦盛」


これは何かある。
そう思い、もう一度名を呼ぶ。
そうすれば、微かな声で敦盛は質問の答えを寄越したのだった。

三種の神器は、一つ失われている──と。

それを聞いて、やられた、と思ったのは嘘ではない。
まさか失ったとは思わなかったけれど。
三種の神器がそろわなければ、院も納得しないだろう。
そもそも、どうして失うことになってしまったのか。
それはヒノエも同じだったようだ。


「まさか、失ったとは思わなかったね」
「これで、知盛の望んだ筋書きに再び戻るわけだ」
「まぁ、望美だったら楽勝だろうけどね」


同感、と小さく同意する。
だが仮にもまだ少女である望美が、そこまで強いのはどうかと思う。
強くなければ生きていけないこの世界。
必然ではあるが、悲しくもある。


「さぁ、剣を抜け……俺と戦えよ」


既に自分の業物を構え、戦闘準備は出来ていると言わんばかりに催促する。
望美は、しばらく躊躇った後、腰の剣に手を伸ばした。


「……やる気になったか……それでいい」
「知盛、本当にこうするしかないの?」
「クッ……愚問だな……」


キュッと唇を噛んでから、望美は剣を一気に鞘から引き抜いた。
二人の視線が合う、次の瞬間。
望美と知盛は同時に地を蹴っていた。










あぁぁぁぁ。またもや戦闘シーンを省略しちゃったよ……orz
2007/6/22



 
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