重なりあう時間 | ナノ
屋島編 漆





玖拾陸話
 怖じ気づいた昨日






逃げていった平家を追って、ただひたすらに、走る。
ここで平家を討ち取りたい。
そう思っているのは、源氏の兵たち。
もちろん、九郎もその中に入っているのだろう。
だが、いくら一門を捨てたとはいえ、敦盛にしてみれば辛いことだと思う。
そして、浅水の心の内も、いささか複雑であった。


(史実と同じだったら、平家はここで滅びない)


ぎゅっと胸元を握りしめ、自分に言い聞かせる。


もし、将臣が平家にいなければ、こんな思いはしなくて済んだのかもしれないのに。


熊野で将臣と再会した後、那智の滝で二人きり。
そこで交わした話の中で、自分は彼が還内府だということを知った。
すなわちそれは、同じ八葉である九郎たちと敵対しているということ。
幸いにも、お互いの立場というのは知らないらしい。
だが、戦も既に終わりが見え始めている。


いつ戦場でまみえても、おかしくはない。


そもそも、大将同士が顔を知らないというのだから、それには呆れてしまう。
ただ、顔を知っていれば何かが変わるわけでもない。
ここから先は、決して避けては通れない道だろう。


「見えた。神子、あの船だね?平家の人がいる」


走りながら、船とその船に集まる人影を見付け、白龍が望美を見た。


「どうやら連中に追いついたみたいだね。行こうか?」


それに続いて、ヒノエがクイ、と顎で示す。
望美は、しっかりと船と平家の人たちを視界に入れた。


「もちろん!これ以上、平家を逃がしたりはしない」


大きく頷きながら、走るスピードを更に加速させれば、行く手を遮るのは平家の武士たち。


「待て!ここから先は、我らが相手だ!」
「方々、今のうちにお逃げ下さい!」


武士の姿を確認すると、望美は腰にはいていた刀を抜いた。
さすが、幾多の戦場を駆けてきただけはある。
その一連の動作は流れるようで、隙がない。
接近戦の望美や九郎に続き、ヒノエと先生が斬りつける。
後方支援の譲と景時は、少し離れた場所からみんなが戦いやすいように攻撃を加える。
弁慶、朔、白龍、浅水は、それから更に離れた場所で、襲いかかろうとする武士たちを抑える。
それ以外に、源氏の武士たちも加わったことにより、思っていたよりも早く先へ進むことができた。


「みんな、急ごう。もう少しで追いつける!」


先陣を切って先へ進む望美の耳に、何かが飛んでくるような音が聞こえた。
だが、それは僅かな音で、騒がしい戦場においては、本当に音がしたかどうかさえ怪しい。
だから、それに気付いたのは、それが間近に迫ってきたときだった。


「えっ……?」
「駄目だ、先輩!!」


望美を庇うように、誰かが彼女を抱きしめた。


「譲っ!」
「譲くん!」
「譲殿!」


仲間たちの悲痛な叫びが望美の耳に届いてくる。
だが、彼女には一体何が起きたのか理解出来ていないようだった。


「──っ!」


声を上げた人物がようやく誰か分かって、望美はハッとした。
小さく頭を巡らせれば、そこに見えたのは一本の、矢。


「譲くんっ!?」


慌てて声を上げたのは、譲が死んでしまうと思ったからか。
彼が自分の死を夢に見ていると知っているのは、浅水とヒノエ。


そして、望美。


譲の腕の中から逃れようと身を動かせば、少しだけ腕の力が緩められる。
それが分かると、傷の具合を見ようと慌てて弓が刺さった場所を探す。


「……大丈夫です。着物の袖を貫かれただけみたいですから」


それよりも先に、やんわりと望美の肩を掴んで、自分の無事を知らせてやる。


「着物の……袖を?」


信じられないといった様子で呟けば、身体はなんともないと笑顔で返される。


「よかった……」


小さく安堵の溜息を漏らすと、その場にへなへなと座り込む。
よほど気を張っていたのだろう。
望美の目尻には、僅かに涙が浮かんでいる。
他のみんなも、譲が無事と分かりホッとしたようだった。


「浅水は、こうなるってわかってたのかい?」


一人、様子が変わらない浅水に、ヒノエが問いかけた。
夢で未来を知っていれば、それに対する心構えは出来る。
熊野にいたときから浅水も夢を見ていると知っているヒノエは、今回のことを夢に見たとでも思ったのだろう。
そしてそれは、望美も一緒だったようだ。


「そうだ、譲くんの夢って……。ひょっとして、今のことじゃない?」
「え?まさか、そんなはずは……」


ぽん、と軽く手を叩きながら尋ねれば、困惑したような表情になる。
どうやら、腑に落ちないところがあるらしい。
だが、望美から譲の悪夢は今のとは全然違うのか?と問われると、はっきりとそうだと断言することが出来なくなる。


「……でも……本当に、俺の夢は今のことを……?」
「きっとそうだよ!譲くんの見た夢は今のことだったんだ。もう悪いことはこれで終わり。譲くんは大丈夫だよ!」


ねっ、と納得させるように言う望美に、今度こそ譲の意識は揺らいだ。


「俺は、助かる──死なずに、済むんでしょうか?」


何かに縋るように望美を見れば、そこには満面の笑みがあった。


「うん、私はそう思うよ。夢で見たことは終わったんだよ」


もう、大丈夫。
再度そう言われ、譲の顔にもようやく笑みが戻ってきた。


「そうですね。きっと……そうなんでしょう。先輩と一緒に生きていられるなんて……」


夢みたいだ、と小さく呟いた譲に、夢じゃないよと望美が返す。
やっている二人は良いのだろうが、見ているこちらにしてみれば、随分と熱い。


「二人とも、ここが戦場だって忘れてるんじゃない?」
「それだけ、譲が無事で嬉しかったんだろ」


望美が笑顔なら良いじゃないか、と続ける辺り、やっぱり熊野の男だと、内心溜息を吐く。


「……私からしてみれば、これは大事の前の小事だと思うけどね」
「どういうことだ?」


肩を竦めて呟けば、耳にしたヒノエが振り返る。
その視線は鋭く、真剣。


「私が見てる夢は、間違っても今のこれじゃないってこと。ヒノエならその意味、わかるよね?」
「まさか……」


浅水の言葉を反芻しながら、ハッと気付く。
望美と譲に視線をやれば、そこには仲むつまじく譲の無事を喜ぶ望美の姿。
だが、浅水の言葉を理解するなら、譲の生命の危機は今じゃない。


「せっかくの喜びに水を差すのもアレだし、黙っててよ?」
「黙れって……それじゃ、譲は……」


信じられない物を見るように、ヒノエは浅水を見た。
黙れと言うことは、譲を見捨てるということか。
なにより、血の繋がりのある従兄弟を。


「大丈夫。譲は絶対に、死なせない」


どこからそんな自信が来るのか。
だが、それは決して自分の力を過信しているわけでもない。
大丈夫と言うからには、何か考えがあるのだろう。


「その言葉、信じて良いんだよな?」
「出来ない約束はしない主義だよ」


そう、出来ない約束はしない。
浅水はいつだってそうだった。
出来ないときは出来ないと、はっきり宣言した。
それをしないということは、譲を死なせるつもりは毛頭ないのだろう。


「先輩、この戦いが終わって、もしも、二人とも無事に元の世界に帰れるなら……」
「帰れるよ、きっと」


先を仮定した話をする譲に、望美がハッキリと言い切る。
譲の不安をかき消すのは、いつも望美だった。


「行きましょう、この戦いを終わらせて、俺たちが帰るために」
「うん」


二人の会話を聞きながら、譲の「帰る」と言う言葉が、ヒノエの中で引っかかった。
今まで露程も考えたことはなかったが、浅水も望美たちと同じなのだ。
もしかしたら、この戦いが終わったら、元いた世界に帰るかもしれない。


「浅水も、この戦いが終わったら帰るつもりかい?」


そっと囁かれた言葉に、浅水は儚げに望美と譲を見た。


「……前にも言ったじゃない。私は二度と月には帰れないって」





そう、それは熊野でも言われた言葉。





弁慶と二人で考えても、その意味が分かることはなかった。





その言葉の意味をヒノエが知るのは、あと少し──。










ヒノエと浅水より、望美と譲のが甘いってどうよ?(爆)
2007/6/20



 
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