それからひと月近く経った頃、幻はまたふらりと彼女の前に現れた。
間隔が空いたのは周りに二人の繋がりを気取られぬようにだが、なまえはまだ彼の企みについて何も聞かされていないことに気付いている。
が、何となく予測はついた。
幻は司に何らかの形で対抗するつもりなのだろう。とはいえ彼のような軟派な男が単独で動くとは思えないし、それなりに大きな敵対勢力が"外"にあるのではないだろうか。
司が統べる国だ、内側の人間は日頃彼の圧倒的な力を見せつけられれば本能的に従属せざるを得ないものだろう。

しかしその様を知っているはずの、更に言えばこの軽薄さの男が"そちら側"につくとなると、それなりに勝算が見込めるという証拠でもある。
そこまで考えてなまえは、ある一つの仮説にもういちど辿り着いた。
初めから考えていた筈ではないか、司を起こした張本人。それが彼女の幼馴染である男とすれば、幻がそちらにつく可能性は多分にある。
なんといってもあの男の頭の中には科学に関する膨大な知識がこれでもかと詰め込まれているのだ。起きているのならこの非常事態にも文明作りを楽しんでいるのに違いない。
きっと、今頃他人を巻き添えにして。
本来ならば司にも聞けた筈だったが、どこかで聞くことが怖かったのだ。
それが見当違いなのであれば、この変わり果てた世界でどうやって彼を見つけ出せば良いのか彼女には判らなかったからだ。

「浅霧さん」

いつになくまっすぐな声が、幻を呼ぶ。
静かにふるわせていた唇を開いた彼女の、見たこともないほど真剣な瞳が揺らいだ。

「石神 千空、ってひと知ってる?」



司が統べる国を発ち、幻はひとりある場所を目指して歩いていた。
森の中をただひたすら一方向に進んで行くだけのことだ、距離はあるが何という事はない。
彼が向かっているのはこの石の世界で原始の人間達から成る唯一の村である。
石化から目覚めさせられてすぐ、彼が司から与えられた指示によって見つけた村でもあった。
そして同時に見つけたのが、村の外れに位置する小さな"王国"と、それを統べる者。

目的の村が目と鼻の先、という所で彼は一度足を止めた。
崩壊前の世界、彼がまだメンタリストとして舞台に上がっていた頃の記憶が蘇る光景を見たからだ。
そこは彼が石化以前から好んでトリックの仕込みにも使用していたイヌホオズキの群生地であった。
少しばかり懐かしさが込み上げてきた彼は、常備している仕込み袋の中にその花を拝借した。
いつか使えるかもしれないと思ったものは懐に忍ばせておくに限る。

そんな寄り道をしながらも、無事に辿り着いた村の外れの国。
以前訪れた時よりいくらか賑やかになったその国には、見覚えのあるフラスコや試験管などのガラス容器まで備えた研究室まで出来ている。
"科学王国"らしくなってきたじゃない、一言零しながら口元に純粋な笑みを湛える。
この短い期間にここまで文明を進められるものかと感心した幻は、しかしそこに誰の姿も見えないことに首を傾げた。

「?」

なにやら村の方向から喧騒が聴こえてくるのに気付いて橋へ足を運ぶと、村の奥に皆が集まっているのが目に入る。
余所者である人間が村への立ち入りを許されているわけはないのだが、そこには探していた人物の姿もあった。
村の催し物だろうか、彼が村に立ち入っているのだ、どさくさに紛れて応援に加わっても少しくらいなら許されるだろう。

そう判断した幻が村の最奥部に到着したとき、前回の来訪で自身を痛めつけてくれた男マグマと、村の出身にして王国民である少年クロムとの試合中であった。
クロムは槍の先端に西瓜の被り物を引っ掛けたそれをマグマへ向けたまま微動だにしない。
一見それだけでは状況を把握するのに苦心する光景だが、研究室にあったガラスを見た彼はマスクを通して一点の光がマグマの衣服を照らしているのに気が付いた。
現代人なら小学生で習う、集光による発火の原理だ。実際に虫眼鏡で実験したことがある人も多いのではないだろうか。
一定時間、同じ場所に光を当て続けて温度を上げなければならないのだが、相手が動いてしまう為にクロムは苦戦している様子だ。
これはメンタリストである自分が一肌脱いでやる他ないだろう。
此度の来訪の目的を"彼"に伝える為にも。



いしがみ、いしがみ、呪文のように唸る男がその名を耳にした瞬間からもう既になまえは、手応えを感じていた。
幻は、間違いなく彼を知っている。
動揺で一瞬開かれた目と、僅かに左右に振れた瞳がそれを物語っていたのだ。

「うーん…知らないなぁ」

暫く記憶を探る素ぶりを見せてから心底残念そうな声色で紡がれた答えが、真実でないことは簡単に判る。
彼を鋭く見つめ返した瞳は、応以外の返答を良しとしなかった。
彼が嘘をついたのにも理由がある。唸りながらその実考えていたのだ、この質問の意図を。
石像の破壊を知ってもなお司に付くとした上で探りを入れているのか、それとも全く別の私情なのか。
幻は未だ彼女のことを測りかねている。立場も人柄も今ひとつ掴み所がない。それも当たり前といえよう、彼女自身もよく解らないと言うのだから。

兎にも角にも、彼が「千空を知らない」というのは嘘になるだろう。
だから敢えて石神、と唱えたのだ。
自分が知っている"千空"が彼女の言う"石神千空"だとは限らないが、恐らくそのような珍しい名前の男はそういない。
ここは自分が知っている"筈"のことを話しておくのが得策だろう。

しょうがないね、観念したようにかぶりを振り、幻はなまえに真実を告げた。

「千空は死んだよ」

司ちゃんが、殺した。

secret

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