まるで女帝だ。
と彼は笑みを引きつらせた。

司が一人の少女を大切に囲っているという噂自体は、以前から言われていたことであった。
司によって蘇らされていった復活者達の中には、その少女の正体も顔すら知らぬ者が増えて行き、彼女の存在についての噂は都市伝説のように尾ひれがついて広まる。
何せあの霊長類最強と呼ばれる男の"特別"であるのだ。
恋仲であるにせよ、そうでないにせよ、第二位の地位を確約されているようなもの。

幻は初めから少女の名前だけは知っていた。独自に調査を進める中で、初期の頃の復活者達に尋ねると皆一様に同じ名を口にしたからだ。
彼女との接触は難しいと考えていた幻だが、駄目元でと部屋へ向かったその日、意外にも向こうからやってきてくれた。
噂に聞く謎多き深窓の姫君などとは程遠い、自分に何を問うと口にするその瞳がギラついていることに、彼女は気付いているのだろうか。

「いやね、単刀直入に聞いちゃうと」

僅かな動揺が悟られぬよう、幻は敢えて勿体つけるように一呼吸空けた。
急かすように睫毛がこちらを向く。顔立ちこそ幼いが、その表情の造形は見た目通りの年季の入り方ではない。

「なまえちゃんって司ちゃんの何なわけ?」

彼女の覇気に溢れる顔が、今度は一転呆けたような不恰好なしかめ面に変化した。
はて、本当に同一人物だろうか、と疑えるほどに。

「残念ながら、こっちが聞きたいよ」

少々機嫌を損ねたように息を吐きながら、なまえは司と出会ってからのことを話した。
司に目覚めさせられた時二人だけであったことから、恐らく自分は試しに蘇らされたのだろうこと。
彼は初めからなまえに何も教えず、城の規模が大きくなるにつれ彼女と他者を隔離するようになったこと。
大まかに言えばその二つがはっきりとなまえにも理解できている司に関しての事象であった。

恐らく、この国で過ごしている復活者全員。
彼らが解っていながら知らぬ存ぜぬふりをしている司の罪に関して、彼の思想に関して、そして石化復活の方法に関する事項が、なまえの知識からは綺麗に抜け落ちている。
これはきっと、司がそう仕向けたからに他ならないと幻は機敏に察知した。
そして同時に司の弱点も暴いてしまった。

「なまえちゃんは知りたい?」

司のことを、さ。



知りたいならこの場所へ行けと彼に言われた通り、なまえはある岩陰に身を隠していた。
まるで博物館のように、石化した人間達の像が彼女の記憶の中よりもずっと多く立ち並んでいる様が一望できる、そんな場所で。
何を待っているのか、は本人にも分からない。ただそこで"何か"を待っている。

日が沈みかけた頃、草木を踏むような足音が聞こえてきた。それは段々と近付いて、石像の前で立ち止まる。
その人影の正体が司だと気がついた時、許しもなく部屋から出たことを勘付かれればと反射的に脈拍が早くなったが、呼吸を整えた。
ある一つの石像に司の視線は集中している。顔は見えないが、男であるようだ。

次の瞬間、司の掌は男の頭蓋を打ち砕いた。
鈍い音を立てて像は地に転がり、その拍子に左の手首がもげた。
そこでようやく伺えた像の男は、30代程のように見える。
まるで造作もないことのように、司は踵を返しその場から立ち去って行った。

一部始終を目の当たりにしたなまえは暫く放心していたが、司が戻ったということは自分も部屋へ戻らなければ不味いことに気付いて大慌てで部屋へ戻る。
見張りの男達は幻が上手く言い包めてくれたらしい、昼間から姿が見えなかった。
なまえが寝床に就いてから思考出来るほどには余裕を取り戻した頃に、部屋の入り口で物音がした。
司が戻ってきたのだろう。
人間半身分程度の間隔を空けて敷かれた獣の毛皮に包まってすぐに眠るのだろうと思っていた司は、なまえの枕元に影を落とした。
何か、今日のことが彼に伝わっているのではなかろうかとつい身を固くした瞬間。

大きな掌が、なまえの頭を優しく撫ぜた。
髪の流れに沿って数回撫で付ける指先は、先ほど"殺人"を犯していたものと同じとは到底思えやしない。
まさか彼は毎夜、"こう"しているのだろうか。
事実、なまえが起きている間に司が寝床に就く場面に遭遇したことは今までに一度もなかった。
司はなまえより遅く眠り、なまえより早く起床するからだ。

石像を壊した彼の姿を見た瞬間、戦慄したのと同時に今までの不可解な謎が解けた。
この城の周辺に30代以上の人間の石像がただひとつも見当たらないことが。
理由を推測するには彼のことを知らな過ぎる、それでもその感情を知ろうとした。
大人が、嫌いなのだろうか。不信になるような出来事があったのだろうか。大切なものを奪われたのだろうか。社会の理不尽に。
想像では全てを知り尽くすことは出来ない。

が、僅かに震えていた指先はきっと、気のせいではないと彼女には思えてならなかったのだ。

reason

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