夕食を終えると肝試し大会が待っていた。
クラス対抗で個性を使っての驚かせ合いらしいが、どうにも気乗りしなかったみょうじは体調が優れないからと相澤に許可を取り参加しなかったのだ。
宿舎で休んでいろと言われたが、暗くひっそりとした木々の中のほうが落ち着いて、彼女はそこに身を置いていた。

悲しみを忘れることは、きっと心にとっては良いことだ。
けれど。心が軽く思える程、それでいいのかと疑ってしまうのだ。このまま、居なくなった人たちを忘れてしまうのが酷く恐ろしい。
忘れた一瞬は心が楽に思えるのに、今度は重い罪悪感に苛まれる。
家族はもうこの世に居ないのに、自分だけ生き延びていいのだろうか、こんな所で笑っていていいのだろうか。
忘れたい、のに。忘れたくない。
そんな矛盾した感情が鬩ぎ合って心をぐちゃぐちゃに掻き乱していく。

「……ごめんなさい、」

木の幹に掌を押し付けたまま、震えた声が地面にぽつりと落ちた。

そんな時だ。
なにか焦げ臭い匂いがして、肝試しをしている筈の方角から黒煙が上がっているのが見えた。距離はそう遠くない。

「山火事…?」

咄嗟にその火の元を辿って行くと、妙な人影が見える。それがこの不審火の正体であると気が付いた瞬間、みょうじの頭にマンダレイの言葉が響いた。
ヴィランが複数襲来していること、会敵しても戦闘を行わず、屋内に避難すること。

今回の合宿は、万全を期したと言っていた筈。どうして、なぜ。
考えてみても出ない結論を投げ出して来た道を振り返るが、しかし。今動けばヴィランに勘付かれてしまいそうだった。
息を殺してやり過ごそうとした時、ヴィランと思わしき二人の会話が聞こえてきた。

「爆豪とかいう奴探さなくていいのか?生け捕りにすんだろ」
「トゥワイス。お使いなら奴らに任せとけ」

ヴィランの口から出てきた思わぬ人物の名に、みょうじは息を飲んだ。
つまり爆豪が、狙われていると。
二人の会話が漏れて来て、彼らがプロヒーローの足止めをしていることも解った。
どうにかしてこのことを報せなければ。
けれど、果たしてヴィランに気付かれずにこの場を離れられるだろうか。
いや、ゆっくり。
ゆっくり確実に、ばれないように動くのだ。息を殺し、足音を立てないよう静かに。

速まる鼓動を悟られぬよう胸を押さえながら、草の音ひとつ立てないよう、膝をつきながらマンダレイがいる筈の方向まで進んで行く。
彼女に伝えれば自ずと全員にテレパスで行き渡る筈だ。
数メートル進んだ所で、みょうじは人の気配を感じて動きを止めた。それが自分と同じ目線で、草陰に隠れているのを見つけて側に駆け寄る。

「青山くん……」

小声で呼びかけたみょうじの言葉に反応して彼女を見た青山の足元には、耳郎と葉隠が倒れていた。

「……みょうじさん…?」

どうしてここに、そんな視線が向けられるが、今は一から説明をしている暇はない。
口早に爆豪が狙われていることだけ説明したみょうじの目に、ガスマスクを装着して倒れている耳郎と葉隠がとまる。どうしたのかと問えばこの先でガスが発生しているらしい。
行き止まり。そう思った瞬間また、ぴくりと脳に直接言葉が聞こえた。マンダレイの声だ。

イレイザー・ヘッドの名の下に、生徒総員戦闘許可が下された。
それからみょうじの目的でもあった、爆豪が狙われているという事実も。
かっちゃん、という言い回しから察するに緑谷がいち早く気付いて伝達してくれたのだろう。
一先ずは先を急ぐ理由が無くなり、青山と共にその場でやり過ごすことにした。

「ガス、晴れてきたね…」

滞留していたガスが霧散して行くのを感じながら、みょうじは塞いでいた口と鼻で空気を吸い込む。
何の変哲も無い、それはただの空気に戻っていた。
安心したのも束の間。みょうじが進んで来た方向から先ほどの二人組がこちらへ歩いて来る。

何か、彼らに動きがあったということだろうか。プロヒーローの足止めをやめた。つまり。
"目的を達成した"。

みょうじの頭には最悪の仮説が思い浮かぶ。
手を握り締め肩を震わす彼女に、青山はもう草叢を挟んだだけの近さに迫るヴィランの存在を知らせた。
咄嗟に二人で息を殺すが、継ぎ接ぎの男、荼毘はこちらに意識を向けている。
見つかってしまう、そう思った瞬間、トゥワイスと呼ばれていた男が彼に声を掛けたことで意識が逸れた。
それから直ぐにもう一人、女子高生のような身なりの少女が彼らに合流する。
撤退が近い、そう予感したみょうじは焦燥した。

だめだ、このまま行かせてはならない。
殺されない確証がどこにあろう。
爆豪を彼らに渡してはいけない。
彼には未来があるのだから。
ヒーローになるのだから。
帰りを待っている人がいるのだから。

私とは、違って。

青山の制止の声を振り切って、個性を発動したみょうじが草叢から飛び出したのと、空から何かが落下して来るのは同時だった。

「かっちゃん!?どうしてっ…!」
「無事だったのか…!」

緑谷や轟、障子がヴィランを下敷きにして降ってきたと思えば、みょうじを見て驚愕する。
ヴィラン達も同様の反応を見せたことに彼女はやはり、と確信した。
緑谷達の顔色を伺うに、きっと彼らは爆豪と共に行動していた筈なのだ。
それを今叩き落としたヴィランに何らかの形で奪われたのではないだろうか。
みょうじはそう推測しながら、自分に意識を向ける彼らに対峙した。
この姿で前に出てしまった以上、うまく爆豪になり切らなければならない。緑谷達にもばれないように。
一か八かの賭けに等しいが、どうにかして"確認"させなければ。

「…誰がこんな雑魚に攫われっかよ」

緑谷達三人がみょうじを爆豪と思い込んで駆けようとして来るが、その間を青炎が遮る。

「…どういうことだ」
「おや、おかしいな」

ちゃんと"獲った"筈なんだが。
そう言いながら仮面を外す男は、口からビー玉程の大きさの水晶をふたつ取り出した。
どういう個性かは分からないが、きっとそれが。
水晶を奪還しようとみょうじが駆け出した途端、男の手にレーザーが飛んだ。青山の仕業だ。
取り零したその一つを障子が奪還し、もう一つに轟が手を伸ばしたが、しかしそれは荼毘に取られてしまった。

「確認する。解除しろ」

荼毘の言葉を受け不機嫌そうに男が指を弾くと、障子の元に常闇、ヴィランの手中には爆豪が現れる。
その瞳がみょうじを向いて眉根がぴくりと動いた。てめぇ、出て来た声には動揺が視えた。

「っ!……まさか、」

先程登場した爆豪の正体がみょうじであったと瞬時に理解した緑谷は、彼女にこう叫んだ。

「みょうじさん駄目だ、逃げて!!」
「!」

みょうじが緑谷の声を聞いたその瞬間、彼らの前に見覚えのある霧が現れた。
USJ事件で現れた、黒霧と名乗るヴィランである。

「そろそろ時間です」

何をもたついているのかと問う黒霧は、みょうじと爆豪との間で視線を彷徨わせる。そこへは動揺も迷いも垣間見えない。

「こっちだろ!あっちさ」
「…いや、"両方"だ」

ちぐはぐなことを言うトゥワイスの言葉へ荼毘がそう重ねると、仮面の男、コンプレスの手が彼女に伸びる。
使い物にならない両腕をぶら下げた緑谷が脚力だけで飛び出したが、手が使えないのではきっと太刀打ち出来ない。
みょうじがせめて爆豪を助けんと伸ばした手が彼に届くより先に、彼女はコンプレスの手中に収められてしまった。

「手土産まで用意してくれるとは、"成功以上"ですね」

そんな言葉を残して、ヴィラン達はワープゲートの中に姿を消した。

爆豪とみょうじを奪われた緑谷の無念の叫びが木々の間で木霊する。
体が動けば。手が使えれば。もっと強ければ。二人を救けられたかもしれない。
そして爆豪を救おうとしたみょうじのことは、それ以上に自分の落ち度だと自らを責める。
ヴィラン連合の襲撃の目的。爆豪は"その一つ"であり、誰もそれだけとは言っていなかったのに。
彼女は体調不良で宿舎に居ると聞いていたので大丈夫だろうと思い込んでいた。マンダレイのテレパスで彼女の身も危険だと報せるべきだった。

緑谷は予感していたのだ。みょうじをヴィラン連合の"頭脳"に接触させてはならないと。

さいらい

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