翌日早朝5時、普段通り目を覚ましたみょうじは宿舎の周りを走り込んでいた。
その日の起床時刻は5時半だったが身に付いた習慣が彼女の目を冴えさせ、動いていなければまた悲しみに飲まれそうになる。

最近、寝付きが悪い。消灯は早かったが、結局みょうじが眠りに入ったのは3時を過ぎる頃だった。
日に日に入眠障害は悪化していて、目の下の隈が酷くなる一方だ。

昨夜は特に緑谷、爆豪と話したことを思い返しながら、10年前の事件について考えていたらまた一人鬱屈とした気分になってしまった。
けれど。
二人が自分の話を受け入れてくれたということがみょうじの心を少しでも和らげてくれたのは紛れも無い事実だ。
歩数に換算すればたったの一歩だが、先日祖母を失った日より確実に前に進んでいる。

そろそろ集合時刻が迫っているため宿舎の正面入口へ戻って行くと、そこに一人準備運動をしているクラスメイトが居た。

「おはよう、轟くん」
「…みょうじ。おはよう」

その左右非対称の色をしたふたつの瞳は、じっと彼女を見据えて口を開いた。

「顔色悪いぞ、大丈夫か」
「うん、ちょっと寝不足…」

いつぞやこんな会話を上鳴としたことを思い出しながら、けれど今回は本当に寝不足のせいであった。
緩やかな階段5段分を挟んでみょうじを見下ろして居た轟は、彼女の髪が跳ねているのを見つける。
みょうじの瞳が彼を見上げると、あ。と音を溢して階段を上がってきた。
跳ねた毛束を直してやろうと髪に手を伸ばす。
すると、それと同時に彼女の白い腕が伸びてきた。

「「癖ついてる」」

…あ。
二人ぶんの同じ言葉がバスとアルトの調和を奏でて、それから互いの瞳がかち合うとまた同じタイミングで音が溢れる。
それが面白くなったのか、照れ臭そうに笑ったみょうじにつられて轟の口元も弧を描き、一度か二度お互いの髪を撫でつけ合っていると背中から声が掛けられた。

「轟くん、みょうじくん、おはよう。何をしているんだ。慰安会か?」

不思議な挙動をする手を掲げながら首を傾げる飯田に、みょうじが含み笑いをしながらそんなところ、と返すと轟の髪から指が離れた。
頭を撫でるみょうじの顔が母親と重なった。以前病院で見たものとは印象が少し違う。
慈愛に満ちた瞳の中で儚げな愁いがその奥に眠っていて、手を離せばふわっとどこかへ飛んで行ってしまいそうな。
思わず触れた髪の毛を咄嗟に掴んでしまいそうになるのを、彼はその腕から力を抜いた。



この合宿の趣旨は個性を伸ばすというもので、各々がそれぞれの個性に見合った課題を熟す中、みょうじは一人シャトルランをしていた。
というのも、明確に何メートル間隔と定まっているわけではない。
各々鍛練に励む生徒を瞬時に模し、相澤の元まで戻る。それから個性を解いてまたもう一人の元へ。
彼女の個性で再現できる範囲に絞ればもう少し減るが、単純計算でこれをA組、B組合わせて生徒40人分往復しなければならない。
他者の再現で目の瞬発力を鍛えると共に個性使用中において必要不可欠な持久力も鍛えられる、一石二鳥の特訓だ。

「はっ、は、…こ、口田くんそんな声でるんだ…っ…」
「….っ!?」

声だけを頼りに口田の元へやって来たみょうじはへろへろであったが、可能かどうか分からなかった彼の再現を試して来いと相澤から言われて探し出したのだった。
瞬時に個性を発動するが、やはり彼を再現することは不可能だ。
恐らく声帯が特殊なのだろう。そう思いながらもはや誰なのかわからない姿をしながら元来た道をみょうじは戻って行く。

「…だれだ」
「私が、聞きっ…たい…です…」

喋りながら個性を解かれ、次へと走る。
祖母が亡くなってから相澤は何かと気に掛けてくれるが、授業とあれば容赦しないのがみょうじには有り難かった。
気を遣われるのは落ち着かないし、こうして絶え間無く身体を酷使していると余計なことを考える余裕もなくなる。

「お…お借りしま…」
「あれあれA組じゃないかぁ!?こんな所で油売ってて良いのかい!?」
「訓練だよ」

瞬時に姿を借りた相手はB組の物間で、みょうじに難癖を付けようとする彼に拳藤の手刀が降りてきた。
わるいな、と一言謝りながらみょうじを見た彼女は目をぱちくりと瞬かせて笑った。

「なんか本物よりキリッとしてるな」
「えぇ、失敗だ…!」

みょうじはまた相澤に駄目出しされることを嘆いて頭を抱えた。
そうしてA組、B組合わせて最後の一人の姿を模したみょうじは、棒になりかけていた脚をフル稼働させながら相澤の元へ走って来る。焦る彼女には構わず、相澤はみょうじの姿をまじまじ見つめていた。

「流石にA組連中は安定しているが…」
「先生、はやくっ…」
「なんであいつだけそんな抜きん出てるんだ」

彼女の後ろから猛追してくる鬼の形相をした爆豪が、相澤の後ろに隠れる爆豪の形をしたみょうじを捕らえんとする。

「おいコラてめぇ勝手に借りんなクソがァ!!」
「ひぃっ…ごめんなさいぃ…」
「ッてめぇ…気持ち悪ィから俺の顔で日和ってんじゃねぇ!!つか早く消せ!!」

気弱な爆豪に噛み付く本物へは訓練に戻れと言いつつ、相澤はそこでようやくみょうじの個性を解いてやった。
頭に血が上った爆豪はまだ何か彼女に言いたげだったが、相澤に急かされて爆風を撒き散らしながら自分の持ち場へと戻って行く。

「まぁ粗方良いだろう。少し休め」

怖かった、と胸を撫で下ろすみょうじは、どっと押し寄せた疲労からその場に倒れこむ。
仰向けに転がって呼吸を整えながら空を見ていると、訓練開始からこの一瞬まで総ての悲しみを忘れていた自分に気が付いた。
胸は先よりも軽く感じられる。
今だけだとしても、ほんの少しでも。
それはきっと沢山動き回ったから。
それから皆の顔を見て言葉を交わしたから。
最後の爆豪は、本当に恐ろしかったけれど、彼のお陰でもある。
それら総てに感謝を感じつつ、落ち着いてきた呼吸を行いながら目を閉じた、瞬間。
耳を疑う言葉が降ってきた。

「さぁ、もう一周行くぞ」



昼の訓練で全員疲れ切っていたが、畳み掛けるように夕食は自分達でカレーを作れと言われるのだった。
前向きに解釈した飯田の呼び掛けにより、A組の面々は動き始める。
火起こしはほぼ轟と八百万に任せ、みょうじは食材を切るのに尽力する。
それを見ていた耳郎が声を掛けた。

「なまえ、手際いいね」
「そうかな。…あ、爆豪くんすご」

トントンと野菜を切っていく爆豪を横目に見ながら、意外だなぁ、と溢したみょうじに悪鬼の如く鋭い視線が突き刺さる。
きっと昼間のことを根に持っているのだ。
そう思いながら、彼の視線から逃れるようにみょうじは手元の包丁に意識を向け直した。

がっしゅく

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