ヒーロー基礎学の授業の後、1年A組の扉を開け入って来た一人の男子生徒が居た。
既に着替え終えて戻っていた数名のクラスメイト達は顔を見合わせると、その中の一人が彼に声をかける。

「君、勝手に他クラスに入ったらだめだろう」
「…ん?」

委員長として注意した飯田に、謎の青年はその顔をじっと見つめると何かに気が付いたように声を上げて笑い始める。
ひいひい腹を抱えつつも気が済んだようで、目尻に浮かんだ涙を指先で拭いながら青年は彼に問い掛けた。

「飯田くん、僕のこと忘れちゃったの?」
「むむ…」
「みんなも?」

顎に手を当てて思案する飯田と共にクラスメイト達もその顔を凝視するが、やはりその顔に心当たりはなく腕を組んだまま常闇が口を開く。

「…何奴」
「へへ、教えちゃおうかなどうしようかな」

その返答を聞いた彼がまた悪戯っぽく笑って、答えを勿体つける。
そうして口元に弧を描きその口が開きかけた瞬間、彼のすぐ後ろの扉が乱暴に開け放たれた。
そこに立っていた爆豪へとクラスメイト達の視線が移り、青年もそれにつられるように彼を見る。

「あ、爆豪くん」
「…ンなとこ突っ立ってんな、邪魔だ」

そう言いながら青年の横をすり抜けていく爆豪の姿に、上鳴はまるで信じられないものを見るような目を向ける。

「あの爆豪が初対面の人相手にモブ扱いしねぇ…!?」

しかし、まるでわけが分からないのは彼のほうで、クラスメイト達の驚いたような顔が自分に集中するのに眉を顰める。
青年のほうを見れば、いつもよりも少し切れ長ではあるが子供のように細められた目が笑っていた。
まったく下らないことをしていると思いながらも、爆豪は呆然としているクラスメイト達に何ひとつ教えてやりはしない。
そのまま頬杖をついて黙り込んだ。

爆豪の口を割るのは早々に諦めて、葉隠の文字通り透明な瞳が青年を見つめる。

「う〜ん…でもどこかで見覚えない?笑った顔が誰かに…あ、私分かっちゃったかも!」

彼女がそう声を上げたのと同時に、再度彼の背中の扉が開いた。
そこから姿を現した轟、緑谷、切島が不思議そうな顔をして教室中を見渡している。
それから視線が一周して青年の顔を向くとその口が開いた。

「何してんだ」
「僕は誰でしょうクイズ」
「そんなんクイズになんねぇだろ」

轟の問い掛けに答えた青年の言葉に、切島は冗談をと言わんばかりに笑い飛ばす。

「みょうじさんだよね」

緑谷がそう声を掛けるまで結局青年が何者であるか判らなかったクラスメイト達はどこか訝しむような顔をしていたが、彼の声に反応して笑った青年を見てようやく本人だと気がついたらしい。

「てかおめーら鈍すぎな」
「瀬呂お前分かってんなら教えろよ!」

その後次々と残りのクラスメイト達が教室に戻ってくる頃には予鈴が鳴り、次の授業が始まるのだった。



「みょうじお前よ」
「うん?」

その日の放課後、リュックサックに筆記用具を詰める彼女の元へとやって来たのは峰田である。
そんな彼の顔を見降ろしてみょうじが視線を送ると、思いの外不躾な言葉が飛んで来た。

「タマついてんのか?」
「………えっ」

それを耳にしていた、みょうじの前の席の八百万が声もなく口元を手で押さえ軽蔑の視線を峰田へと送る。
聞かれた当の本人は目をぱちくりと瞬かせると、たま、…たま、とぽつりぽつり溢してからその意味を理解したようで、その瞬間急激に顔が沸騰した。

「わたっわた私のはその、ほら!あれだよ……なっなんでそんなこと聞くの!?」
「純粋な興味」

視覚情報を基にしている彼女の個性は、もちろん身体的な特徴もそれに準ずる。
あくまで彼女の身体を基に形作るため個性由来の器官や生殖機能までは再現不可能だが、峰田が言ったようなものを"搭載する"ことは原理としては可能だろう。

「しかしあれだな、その反応はお前もしかして処…ぅぐっ!」

峰田が言葉を言い切る前にその顔ごと口を塞いだみょうじは、そこで息をついてようやくまだ一人として帰っていないクラスメイト達の視線が自分に集まっていることに気が付いた。
呆けた顔をして、三拍程の間の後に彼女は回らない頭と口で弁明する。

「………ちがうよ!?…あっいや!….その、あのそうじゃなくて…なにがって聞かれるとあれだけど…でもこれはほんと…」
「るっせぇどうでもいいわ!」

扉に手を掛けた瞬間峰田の言葉を聞いて思わずぴた、と立ち止まってしまった爆豪は、そう怒鳴り散らすと開けた扉をピシャリと閉じて帰っていった。

「…最低だわ、峰田ちゃん」

もはや真っ赤な顔を両手で覆い隠すだけのみょうじの背をさすりつつ言う蛙吹に、峰田は悪びれもせずに返答する。
そんな彼にテープが飛んで来ると忽ち頭から足の先までをぐるぐると覆った。

「オイラはついてるか聞いただけだもんね〜…んぶっ」
「それがもう既に下品なのですけど…」
「ありえないわぁ峰田〜」
「…なんか、悪ぃ」

女子達のブーイングの中に混じって男子からも峰田の代わりに謝罪の声が上がるが、その中の何名かにみょうじの動揺の原因の是非を気に掛けている者がいたことはまた別の話だ。



7月上旬に迎えた期末試験は筆記を終え、残るは実技演習のみとなった。
A組の生徒達がB組の拳藤から聞いていた情報では対ロボット演習の予定であったが、相澤がマフラーのように身に付けている捕縛武器の中から登場した根津は今回から内容を変更するのだと説明する。
ヴィランを確保するかもしくは一人でも逃走できれば合格という試験で、みょうじは飯田、尾白とチームになりパワーローダーと対戦することになった。

試験開始後作戦を立て始めた三人は、個性の相性を考慮して応援を呼ぶことを選択した。

「恥ずかしいなこれ…」
「…なんかアイスみたい」
「行くぞ二人とも!」

飯田の機動力を頼りに、その背に尾白が掴まり更にその背中に子供の姿になったみょうじが貼りつく。
落とし穴だらけの道を飯田のエンジンで突き進むと、落とし穴が開くより速い彼の脚なら突破出来そうであった。
が、中々そう簡単には行かず先よりも巨大な落とし穴が彼らの前に立ちはだかる。

「尾白くん、俺の脚に尻尾を巻き付けろ」

そう言って尾白とみょうじが飛ばされた先にはパワーローダーが待ち構えていたが、二人で突破し脱出ゲートを無事潜る事ができた。

「やったな委員長!」
「飯田くんありがとう」

かくして試験に合格した三人であったが、クラスメイト達の中にはそれが叶わなかった者も居た。
彼らには相澤の予告通り学校にて補習地獄が待っているかと思いきや、またもそれは彼得意の合理的虚偽であったことを明かされる。

何はともあれ全員で林間合宿へ行けることに、この時みょうじは安堵して居た。
安心し過ぎて居たのかもしれない。

せくはら

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