教室の扉を開くと、一週間ぶりに見る顔触れにみょうじは安堵する。
自分の席へリュックサックを置きに行こうとして轟と目が合い、その席に集まる飯田と緑谷に気が付いてみょうじは思わず声をかけた。

「三人とも無事で良かったよ」
「心配かけたな、みょうじくん」

ニュースを聞いた時にはまるで現実味のなかった話だが、彼らの表情を伺ってみるとみょうじの中でも徐々にそれがきちんと輪郭を持ち始めた。
話そうか迷ったが、隠すのも不自然に思えたみょうじは件のヒーロー殺しの愉快犯と遭遇したことを話す。

「怪我とかしなかった?」

自分たちのほうが大変だったろうに、真っ先に緑谷からそんな言葉を掛けられた彼女は一瞬面食らってしまった。
労うつもりが逆に労われてしまったことに驚いて、二回ほど瞬いてから大丈夫だと笑う。

職場体験も終了すると、次は期末試験が控えていた。



「最近虫増えて来たなぁ…」

徐々に暑くなってきた気温に、開放し網戸にしていた窓の外を眺める。
夜なので見えるようなものは月以外に何もないが、車の走行音やバイクのエンジン音がそこからは時折聴こえていた。
みょうじはテーブルの上に広げていた問題集に一度目を落としてから、持っていた筆記用具を置いて椅子から腰を上げる。

蚊取り線香を取り出してきて点火すると、暫くそのゆらめく煙を見つめ、少し噎せた。
しっかり燃え始めたのを確認して線香立てに置くと、虫が苦手な彼女は箪笥から長ズボンを引っ張り出し着替えてから勉強を再開した。



ファミリーレストランの四人掛けテーブル席。
その向かいに座る男の貧乏揺すりで手元が微動する。さして気にはならなかったが、切島は解らない問題の手順を確認するべく問題集から顔を上げた。

「ここ教えてくれ」
「…なんでこんな初歩で躓くんだ?」

そう言いながら彼にも解りやすいよう一から説明を施す爆豪に、切島はさらりと感謝を告げる。
そのお陰か、次の問題は難なく解けた。
スパルタ講師さながらに一時間ごとのノルマを課す爆豪に急かされながら、切島はちらと時計を確認した。
あと五分で一区切りつくが、課された勉強範囲内にはあと二問残っている。
焦りを落ち付けようとアイスコーヒーが入ったグラスに手を伸ばしてから、通り道を挟んだ隣の個席に見知った顔があるのを発見した。

「あ、みょうじ」

切島がそう呟くと、伏せられていた睫毛が徐ろに持ち上げられる。訝しげに左右をきょろきょろ確認して、それから声の主を見つけた。

「切島くん。…と爆豪くんも」

ついでのように付け足された自分の名に彼女を一瞥すると、スパルタ講師は何もなかったかのように手が止まっている生徒の頭を叩く。

「手ェ止めんな」
「わるいみょうじちょっと待ってくれ」

言う通り二、三分待ったみょうじに、問題を解き終えた切島が一緒に勉強しようと提案する。

「…いいの?」

顔色を伺う相手は爆豪である。
世辞にも機嫌が良いとは言えないが、決して悪くもない彼のその眉がぴくりと動いて、勝手にしろと言う。
せっかくなので言葉に甘えることにしたみょうじは荷物をまとめると、店員に声をかけ切島の隣に移動した。

「分かんねぇとこあったら爆豪に聞けよ」
「勝手に決めんな」
「…あ、じゃあこの問題いいかな」
「おい」

眉間に皺を寄せながら文句を言いつつも結局は丁寧に教示してくれる爆豪に、みょうじは彼女の指先に視線を落とす彼の顔を見た。
聞いてんのか、との確認と共に瞼が持ち上がり、瞳がかち合う。
頼まれたから教えてやっているのに、なぜお前は人の顔を見ているんだ。
そう言いたげに鋭い目が細められると、みょうじは次の瞬間ふわりと微笑った。

それから何を言葉にするでもなく爆豪に教えられた通りに問題を解いていく彼女に、その微笑の理由を聞き出すことは叶わなかった。

つい30分程前から、試験範囲の勉強を終えたらしいみょうじは視線だけで隣の切島を観察していた。
解答を書き込み、赤ペンで丸付けまでされた勉強用ノートの1ページ、その隣に彼女は鉛筆を走らせている。
当の切島は問題を解くのに集中して気が付いていないが、その向かいで頬杖をつく爆豪は手持ち無沙汰にその筆の行先を眺めていた。

ぴた、とその手が止まる。下を向いていた睫毛が瞬いて一点に視線が移り、かと思えば今度は爆豪を向いた。

「爆豪くん、何飲む?持ってこようか」

先から一口も減っていない切島のアイスコーヒーに構わず、もう底が見えている爆豪のグラスを指しながらみょうじは言った。
自分で用意するから構うなと席を立った爆豪の背中を、空のグラス片手に彼女が追う。
ドリンクサーバーで無糖紅茶のボタンを押しながら、その口が開いた。

「切島くん、すごい集中力だね」

みょうじも大概だと思ったが、爆豪はただ黙って白磁に珈琲が注がれて行く様を眺めていた。
そんな彼の横から名前を呼び掛ける声がして、そちらへと顔を向ける。
そこでは丸い瞳がこちらを見ており、彼女は人懐こい猫のように目を細めた。

「勉強、教えてくれてありがとう」

ちょうど解らないところあったから。
そう言うみょうじに、しかしほとんど自分が教えずとも解けていたではないかと彼は思った。
たった一つ、二つヒントを教えたくらいで礼を言われるのがどこか歯痒くなって、目を逸らしながら短い返事で答える。

席に戻ると、本日のノルマをようやく終えたらしい切島が伸びをしていた。

「お。おかえり」

言いながら戻ってきた二人に視線をくれると、もう暗くなっている外に気付いて自分の勉強に付き合わせてしまったことに謝罪する。

「いいよー」

彼の隣に収まって行くみょうじの笑い顔が不快で、その時ばかりは何故か爆豪の胸に染みを作る。
眉根を寄せて険しい顔をしている彼の元へ夕飯を奢るから好きなものを頼めとメニューを差し出してくる切島に、別に食べたくもなかったが一番高いステーキを頼んで細やかな腹いせをするのだった。

「ごめんなみょうじ、遅くまで付き合わせちまった」
「ううん。勉強はかどったから」
「もう暗えし帰り送ってくぞ」

そんな会話を交わしながら、みょうじはとんかつを一切れ口に運んだ。隣の切島であればそのまま口に放り込んでしまいそうなそれを半分齧ると、彼女は大丈夫だと言って笑う。
それが妙な胸騒ぎがして爆豪はナイフを持つ手を止めた。
今の今までそんなことはなかったのだが、何かが引っかかる。何かが気に食わない。
きっと自分は、そうだ。
"みょうじ なまえという人間が気に食わない"。
そうに違いない。
考えてみようにも答えには直結せず、急拵えだが安易にそんな結論で片付けようと、爆豪は口に放り込んだ肉塊を咀嚼して飲み込んだ。

べんきょう

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